第72話 逆さづりのマージペガサス
それはイグメイア砂漠を脱出したのち、リ・ケイルム山脈の麓の道を進んでいたときの事だ。
きっかけはロンドの何気ない一言だった。
どんな場所だって暑さ50℃の砂漠よりはずっと良い場所に決まっている。
だが現在ネベル達が歩いている所も中々の殺風景が続いていた。
どこもかしこもゴツゴツした岩だらけ。しかもケイブロングヴェルツに行くまでに、何度も山道を登ったり下ったりしなければならない。
バルゴンは、こんな険しい道を四日も歩き続けてここまで来たそうだ。
「バルゴンさぁん。どうしてわざわざ、こんな辺ぴな場所まで来たんですかぁー?」
変わらぬ景色に退屈し始めていたロンドは、相手に対する失礼など考えもせずにそう尋ねた。
少し考えれば、ケイブロングヴェルツの戦士であるバルゴンが遠征してきたのはなんらかの任務が原因であることは容易に想像はつく。
しかしバルゴンは、そんなロンドに対して少しも苛立ちを見せたりする様子はなかった。
それどころか一瞬ポカーンと呆けた表情を見せたかと思うと、彼はハッと小さな目を見開いてこう言った。
「いかんっ。すっかり用事を忘れておった!」
「用事ぃ? 用事って?」
すると望が尋ねる。
「バルゴンさん。もしかして他に何かしなきゃいけない事とかがあったの?」
「ううむ………」
バルゴンは両手を組んで考えこむ。
「うん………いや、いいのじゃ。急ぎの用ではないからの。今はおぬし達をわしらの国に案内する方が大事じゃ」
「ヘイッ、本当にいいのかい? 場合によるけど、オレたちは君の用事を優先してもいいんだよ」
「ああ、いいのじゃよマック。何せわしの用事というのは、くだらない宝探しなんだからの」
宝探し。
その魅力的な響きを持つ言葉を聞いて、ピクシーはとても興奮した。
「ええっ! 宝探しぃ~~!?! 何それ、超面白そうじゃーん!!」
「グッハッハッハッ そんなに気になるか、妖精どの」
「もちろん!!!」
「うん。これはわしの先祖の話なのじゃが……。およそ700年前、バ・エニゴンという男がおった。彼はいくつもの土地を征服しヴァイキング王と呼ばれていたそうじゃ――」
するとバルゴンは、彼の家に伝わっているとあるオトギ話をダイバー達に語り始めた。
――ヴァイキング王バ・エニゴンはとても強く、とても強欲なドワーフだった。剣と斧の達人で、六つのガレオン船も持っていた。
「この世のすべては俺の物。お前の物も俺の物だ」
それがエニゴンの口癖で、あちこちの種族や部族に毎日のように戦をふっかけ続けた。
一方その当時、リ・ケイルム山の頂上には、恐ろしいドラゴンが住んでいた。
その名も、逆さづりのマージペガサス。超最悪の寝坊助である。
そのドラゴンは44年4か月の眠りから目覚めると、山からおりて人里に向かう。
そこに住まう全ての生物たちを重力魔法を使って宙に浮かせ逆さづりにし、恐怖のどん底にある彼らの悲鳴を、寝起きの目覚ましベル代わりにする。
それが、マージペガサスにとって至上の喜びだったのだ。
逆さづりのマージペガサスは、残忍で恐ろしく強大な力を持つドラゴンだった。
だが奴の寝床には、山ほどの金銀財宝が蓄えられていた。
その噂をヴァイキング王バ・エニゴンは聞きつけた。
そして彼は、ついにマージペガサスに戦いを挑んだ。
ドラゴンとドワーフの戦いは7日7夜にも渡り繰り広げられた。
エニゴンは何度も重力魔法で弾き飛ばされるが、その度に立ち上がる。
エニゴンの執拗な攻撃に、マージペガサスもだんだん疲れを見せ始めた。
その隙を彼は見逃さなかった。
戦斧はついに、マージペガサスの心臓を打ち砕いたのだった。
そしてバ・エニゴンは山ほどの金銀財宝を手に入れ、彼は英雄と呼ばれるようになったのだ。
だがエニゴンは強欲な男だった。手に入れたマージペガサスの財宝を自分の物だけにしたかったエニゴンは、その在りかを誰にも明かす事なく死んでいったのだ――。
そこまで一気に語ると、ドワーフの戦士バ・バルゴンは一呼吸置いた。
するとピクシーは、彼にこう言った。
「ははーん、わたし分かっちゃった! つまり君のいう宝探しっていうのは、大昔のヴァイキングがドラゴンから奪った財宝の事なんだね!」
「うん。そのとおりじゃ!」
「うわぁっ スゴーい!スゴーい!!」
「…………でもさ、エニゴンは隠し場所を誰にも言わなかったんだろ。だったら探しようなんて無いんじゃないのか?」
ネベルがそう尋ねると、バルゴンはこう答えた。
「確かにそうじゃ。だが実はな。エニゴンは酒の席で一度だけ、隠し場所についてのヒントを仲間に話してしまった事があったのじゃよ」
「な、なんて言ったんです?」
「うん。それが何ともチンプンカンプンな詩的めいた物でな。【月夜の調べ】と【七色に輝く水晶】という二つの言葉じゃったのだ」
「えーと……、それだけです? 【七色に輝く水晶】なんて聞いた事もないですが、そういう水晶の下に隠したって事でしょうか。【月夜の調べ】に関しては何のことかさっぱりです」
キャンディは謎の暗号に頭を悩ませていた。
また、二つの言葉を聞いたデルンは苦笑しながらバルゴンにこう言った。
「ク、なんていうか 話に聞いたエニゴンの人物像に比べると随分ロマンチックじゃないですか」
「グッハッハッハッ そうじゃろう? だからこの財宝の隠し場所を示す唯一の手掛かりも眉唾物でな。わしの家系の者たちはずっとエニゴンの宝を欲していたが、これまで真剣に探そうとはしなかったのじゃ」
するとディップは何かを察してこう言った。
「これまではしなかった、か。そんな雲を掴むようなオトギ話にも拘わらず、お前はその財宝を探そうとしている。つーことはだ。状況が覆るような何かが最近あったわけだな?」
バルゴンは頷いた。
「この間、国の若い戦士が【月夜の調べ】と【七色に輝く水晶】の二つを見たと言って来たのじゃよ」
イグメイア砂漠とリ・ケイルム山の境目付近には、暗闇洞窟という今はもう使われなくなった古い坑道が存在した。
月夜の晩、若いドワーフの戦士が偶然その近くを通りかかった時、とつぜん洞窟の奥から不思議な歌声と七色の光が溢れ出したのだという。
「まあ、その若い戦士はビビってすぐにその場から逃げだしてしまったらしくての。噂が本当かどうかも怪しいのじゃが」
もしかしたらドワーフの若い戦士が恐怖のせいで見間違えただけなのかもしれない。根拠はあまりに薄かった。
しかし、バルゴンの話は既に、ダイバー達の持つ冒険心を大きく焚きつけてしまっていた。
「面白そうだな。行ってみようぜ!」
「ええ、こういった探索は久しぶりです」
いつの間にか乗り気になっている彼らを見て、バルゴンは驚いていた。
「お、おぬしら。ケイブロングヴェルツに向かうのではなかったのか」
「フッ、優先順位って言葉を知らないのか?」
「えっと、私はどっちでもいいからね。はは……」
望はあきれた顔で、来た道をワクワクで引き返そうとしているダイバー達の事を眺めていた。
「オイこら。その暗黒洞窟ってのはどっちにあるんだ」
「言っとくがかなり危険じゃと思うぞ。あの強欲なバ・エニゴンがなんの罠も仕掛けていないハズがない」
「罠~? そんなの俺たちにとってはいつもの事だぜ」
「ノープロブレム。だね」
「ふぅー、まったく大した奴らじゃ」
するとピクシーは、元気に羽を羽ばたかせながらこう言った。
「さあ行こう! 私の財宝が待っているんだ!」
「妖精どの?!?」
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