第70話 異種族間交流
バルゴンの言うケイブロングヴェルツというのは、この先にあるドワーフ達の大国だという事が明らかになった。
そこでは十数万人が山に掘られた鉱山の横穴で暮らしているらしい。とてもコロニーとは比べ物にならない規模だ。
しかも驚くべきことに、その国ではドワーフと人間が共に暮らしているのだそうだ!
「どっひゃ~~! おぬしら、北大陸から歩いてここまで来たというのは本当なのか?!」
「僕たちが旅を始めたのは東大陸の端からですけどね」
「白絹の森で、アタシ達の飛行船ティクヴァが墜落してしまったです。それでここまで歩く羽目に」
「なんと……。そりゃまた凄いのぉ。てっきりわしと同郷の者たちかと思っておった」
バルゴンも旅の話を聞いて驚いていたが、ダイバー達の衝撃もすごかった。
魔界には人間がいない。なのでケイブロングヴェルツに暮らす人間とは、元はコロニーで隠れ住んでいた住人達という事なのだ。
ディップは一番価値があるという輝石黄蛇の首の下の皮を一生懸命はぎ取っていた。フリークはロンドと一緒に狙撃地点にいるマックを迎えに行っている。
その間、残りの四人と一匹は、ドワーフと一緒に簡単な食事休憩を取っていた。
というのもバルゴンが持っていた包みからベリーパイの香ばしい匂いが漂ってきて、それまで完全栄養サプリばかりだったダイバー達の食欲がピークを迎えてしまったからだった。
「(モグモグ)う~ん、まあまあね。 ねえ、もう一つ頂戴」
「グッハッハッハッ。妖精どのは大食漢じゃの~。ほうれ、もっと食え」
「わーい! いただきまーす」
ピクシーは美味しそうに赤い果実の乗ったベリーパイを頬張る。とても幸せそうだ。
しかし一方で、ネベルが暗い顔で俯いているのに望は気づいた。
「ん? どうしたのネベル君。もしかして口に合わなかったの?」
「いや、パイは美味いさ。ただ」
するとネベルはバルゴンにこう尋ねた。
「さっきの話、俺にはとても信じられないんだ。魔合の夜、魔界のモンスターの大量虐殺を見た人間たちの恐怖と恨みは生半可じゃない。少なくとも俺の行った事のあるコロニーではどこもそうだった。そんな人間とミュートリアンが共に暮らせるのか。まさかとは思うが、ドワーフは人間たちを奴隷にしているんじゃないよな」
「ええっ まさか!」
それを聞くと周りのダイバー達はぎょっとした目でバルゴンの顔を見た。だがバルゴンは慌ててそれを否定した。
「そんな訳なかろう! わしらと人間たちは仲間であり成長しあえる良きパートナーなのじゃ」
「なら、その経緯を教えてくれないか」
「うん。いいじゃろう」
するとバルゴンは、ドワーフ達が人間のコロニー〈ゼルエル〉と協定を結ぶことになった理由を語った。
「交流があるまで〈ゼルエル〉に関しては、同じリ・ケイルム山脈の麓にある街だという認識しかなかった。それまで、そこにどんな種族が暮らしておるのかも分からなかった程じゃ。だがある日、わしも含めて10人ほどの戦士達が、アイアングロー鉱山に出たという魔物を討伐した帰り道の事じゃ。〈ゼルエル〉がオーク共の群れに襲われているのを見つけての。異種族といってもなぶり殺しに遭うのを見過ごすわけにはいかない。わしらはすかさず助けに入ったのじゃ」
〈ゼルエル〉の住人達もエナジーライフルなどで応戦をしていたが、あいにく〈ゼルエル〉に戦闘を専門にする人間はいなかったのだ。彼らにとって、ドワーフの戦士たちの救援はまさに天の助けだった。
話を聞いてデルンが頷く。
「なるほど。それから人間との交流が始まったんですね」
「そうじゃ。だが待て、まだわしの話は終わっておらん。そしてわしはオークを前にいささかなりとも怯むことなく先頭切って突っ込んだのじゃ。迫りくるオークを千切っては投げ、千切っては投げを繰り返し……………………」
いつの間にかバルゴンは、気持ちよさそうに自分の武勇伝を語りだしてしまった。これはドワーフにとっての一種の文化のような物だったのだ。
だがそんな戦いの話よりも、キャンディはバルゴンの持つ武器の方に興味を惹かれた。
「バルゴンさん。先ほどから気になっていたのです。その大きくて美しい戦斧はドワーフの国で作ったのです?」
「おお、おぬしこの武器の良さが分かるのか。うん、その通りじゃ。ほれ、よく見るがいい」
「うわぁ、いいんですか? ありがとうございますです! うひひ…っ」
バルゴンはキャンディが戦斧をよく見れるように、彼女の近くで戦斧を立てかけてあげた。本当はキャンディが自分で持っていろんな角度から観察したかったのだが、キャンディの腕力では100キロ越えの鋼鉄の塊を持ち上げる事はできなかったのだ。
「わしらドワーフの武具職人の腕はピカイチじゃ。それにケイブロングヴェルツには良質な鉱石が取れる鉱山が二つもあるから、このような優れた武器も作れるのじゃよ」
「それは羨ましいです。〈ダイバーシティ〉じゃ鉄はレリックを溶かしてしか手に入れられなかったから。もしよかったら、工房を見学してもいいです?」
「おお、大歓迎じゃ! 戻ったら技術工房部に案内してやろう。まあ、工房長のゴ・オルゴンは少し頑固なドワーフでの。彼はおそらく入室を許可しないだろうが、わしの酒飲み仲間で〈ゼルエル〉のメカニックのハリスならばこっそり見学させてくれるはずじゃ」
「本当ですか?! ありがとうですっ (うひょひょ)」
かの有名なドワーフの工房を見れる事になり、嬉しくなったキャンディは気持ち悪く笑った。
「なあ、そのハリスって奴は、工房に入室を許可されているのか?」
それほど頑固なドワーフが、はたして人間のような部外者を仕事場に入れるのだろうかとネベルは思った。
「ハリス・シャムは素晴らしい技術者じゃ。もちろん鍛冶ではわしらに遠く及ばないが、人間たちの持つレリックという機械的な技術は工房の開発に革新をもたらしたそうじゃ。ケイブロングヴェルツでは今、人間とドワーフが協力しあって、どんどん新しい発明品が生まれておるのじゃよ」
「……………………」
ネベルは思わず言葉を失った。バルゴンの話は、彼にとって驚きに満ちたものばかりだったのだ。
これまで人間とミュートリアンは、お互いに憎み争いあう存在だと思っていた。彼自身も例外でなくミュートリアンに殺され、殺してきた。
だがここ数年と数か月の冒険の間で、その考えは大きく変わった。
ミュートリアンの中にも分かり合える者たちの存在を知った。また、ドワーフとコロニー〈ゼルエル〉に関しては、異なる両者が交わる事で優れた生産性を生んでいるというではないか。
魔合によって二つの世界は融合を果たした。
人間たちは突如現れた魔界のミュートリアンたちに恐れを抱き、彼らと敵対する事を選んだ。
しかし、何かのきっかけがあって分かり合う事さえできれば、不条理極まりないこの世界も少しはマシになるのかもしれない。
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