第65話 エルダーリッチ
泉を出発したダイバー達は、ハーピィ渓谷の出口へと向かった。
彼らが進むごとに、霧は少しずつ晴れていくようだった。
途中、谷の出口付近まで見送ってくれたアンジーとお別れをした。
「必ず、またすぐに会いに来るよ」
マックがそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑み、霧の中へと去っていった。
ダイバー達は西に進み続ける。すると彼らは前方から吹いて来る風を肌に感じた。
「渓谷の終わりが近いみたいです! この風はきっと、谷の外から吹き込んできているんですよ」
「本当かデルン! よし、あと少しだ!」
それを聞いたダイバー達は歩調を速めた。長く続いた暗い谷の冒険が終わり、ようやく太陽の光が浴びれると知った彼らの足運びはどこか軽やかだ。
だがその先には、日の下に出るために乗り越えねばならない最後の障壁が待ち受けていた。
「またお前かよっ」
そう、エルダーリッチである。
外に出るにはどうしても通り抜ける必要がある場所に、奴は堂々と待ち伏せしていたのだ。
ダイバー達は左右に分かれて、岩陰からそっと奴の様子を覗き見ていた。
「……よし。今度こそ俺が倒してやるぜ」
「待ってくださいネベル! リッチに剣は通じないのです。また同じ目に遭うだけですよ!」
「ムム…………」
だがしかし、そう何度もやられっぱなしではネベルの留飲は一向に下がらない。
ネベルは勝ち筋を見つけるために、注意深く奴とその周辺を観察した。
この辺りの霧は比較的薄い。谷の底ゆえ日の光はかなり遮られているが、視界は良好である。
だが渓谷の端であるため、戦闘スペースは極めて狭そうだ。
そうした情報をまとめた結果、ネベルは一つの可能性に行き着いた。
「デルン、谷の出口はもう少しなんだな」
「はい、すぐ近くです。わんちゃん走ってエルダーリッチを素通り出来ませんかね」
「いいや、それよりもっと面白い作戦がある」
「本当ですか!? さすがネベルさん! ん、面白い???」
ネベルは思いついた作戦をダイバー達に話した。それを聞くと彼らは戦々恐々と震えあがっていたが、実際ネベルの作戦が最も確実だという事になり、仕方なく実行に移すことにした。
作戦はディップ達による陽動から始まった。
「こっちだ!化け物め!」
ディップ、デルン、フリークの三人は一斉にエルダーリッチの前に飛び出すと、それぞれが奴の注意を引くように銃撃や魔法などの攻撃を行った。
――ズババ、バババッ
銃弾の嵐が飛び交う。だがやはりエルダーリッチにダメージは無い。
まんまと現れたディップ達をみると、エルダーリッチはまるで食事を待ちわびていた子供のように、剣と王杖を交差させ、ガチガチと音を立てながら近づいてきた。
「気を付けろ! あの攻撃が来るぞ」
エルダーリッチの剣に黒いオーラが集まっていく。そして闇の刃は、ディップに向かって真っすぐ放出された。
しかも今度は霧のような隠れられる場所がない上に、刃の速度も上がっていたのだ。
「大丈夫、私に任せてください!」
そう言うとフリークは魔法の詠唱を行った。
「幻魔に誘え、ダークヘイズ」
彼の手から放たれた陽炎のように揺らめく漆黒の闇は、エルダーリッチのデスブレードとぶつかると互いに相殺し合った。
「よし、今だ」
「うん!」
ディップの合図でロンドはスリングショットを使いある物を投擲した。エルダーリッチの近くに落ちた物体Xの正体は、ネベルの持つ混合爆薬だった。
そしてネベルは走りだす。エクリプスのギアを操作し、カートリッジを装着。これでいつでもフェイタルブランドが撃てる状態になった。
だがもちろん、いくらFBといえど実体のない相手には効果がない。
ネベルの狙いはエルダーリッチでは無かったのだ。
エルダーリッチが接近してくるネベルに気が付く。
ネベルはエクリプスを構え迎え撃つ。
だがその瞬間、重厚なスナイパーライフルの射撃音が鳴り響いた。
着弾箇所は、ネベルの足元にあった混合爆薬だった。
爆発の寸前、ネベルは神がった反射速度でジャンプすると、真下に超速展開シールドを投擲。
シールドごしに爆風を受け、そのまま天高く跳ね上がった。
そして、上へ上へと飛翔するネベルの目の前には、迫りくる渓谷の岩壁が……。
「……これが、天井ぶっ壊し作戦だッ!」
ネベルはエクリプスで渓谷を斬り裂いた。
分厚い岩の壁はパン切れのように崩れ落ち、そこから強烈な太陽の光が差し込んでくる。
突然差し込んだ太陽光に当たったエルダーリッチは、一瞬で灰と化したのだった。
そこまでは良かったのだが、ネベルが斬りさいた渓谷の欠片はまるで雨のように下にいるダイバー達にも降り注いだ。もし、数十トンもあるその雨粒に押しつぶされれば、その時点で即死である。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! 逃げろぉぉぉっっ!」
ダイバー達は出口を目指して命がけで走った。
ディップは降り注ぐ岩をエナジーライフルで破壊しながら、落ちていく岩を踏み台にし悠々と地上に降りてくるネベルを睨みつけた。
「アイツの作戦は、今後二度と採用しちゃダメだな!」
だがそのようにして、ようやく渓谷を通り抜けたダイバー達に待っていたのは完全な歓喜とはいえなかった。
なぜなら、出口の先に広がっていたのが砂の大地だったからだ。
「なんだこれ、砂漠じゃねーかぁぁぁ!」
「騙された? クソ、あの使長!!!……っ」
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