第64話 魂の泉
その秘所には薄っすらと幻想的な光を放つ泉があった。
渓谷中に点在する小さな渓流の終着点であり、清流とともに谷の微精霊たちはいつしかこの泉に流れ着く。
それにより、辺り一面が精霊結晶で覆われるほどの極高濃度の微精霊が集まる特殊な空間が生み出されていたのだ。
そして、この泉の側では、霊もハッキリとした形を保ち、音を聞く事が出来た。
──かすみ草の花のような綺麗な白い髪、碧天のように純粋で弱い心を見通す瞳。
間違いなく、目の前にいたのはアンジーだった。
彼女を前にして、長い間マックの中で溜め込んでいた思いが一気に溢れだしてきた。その中で、彼の口から最初に出てきた言葉は謝罪だった。
「あの朝、オレが呑気に寝ていたせいで、君を救う事が出来なかった。あと少し駆けつけるのが早ければ、違う結末もあったかもしれないのに!」
己の罪の告白と共に、マックの目からは大粒の涙がこぼれる。
「ゴメンッ 君を死なせてしまった。オレは、守れなかった!!!」
悔恨の想いは止まらない。涙はどんどん落ちていく。
すると彼女のヒンヤリとした白い手が、涙で濡れたマックの頬に触れた。いや実際には霊体なので接触する事など出来ないが、確かにアンジーはマックの涙を手でふき取った。
「アン……?」
アンジーは優しく微笑んだ。そしてマックの瞳をじっと見てかぶりを振ってみせた。
するとマックは、もう一度会えたら彼女に言おうと思っていた事を思いだす。
「……そうだ。オレが伝えたい言葉はもう決まっていたんだ。ありがとう、また気づかせてくれて」
それを聞くとアンジーは満面の笑み浮かべ口を何かを口ずさんだ。そして二人は抱き合った。
「愛してるよ。アン」
二人がいればどんな世界でも幸せ。少なくとも、今この瞬間に彼らを邪魔する者は存在しない。
そんなマック達の様子を遠くから見守る者たちがいた。彼の痕跡を追跡し、遅れてこの場にやってきたダイバー達である。
「ああ! マックさんがいたよぉ! おーい、おーいっ」
「オイ馬鹿、空気を読め空気を。今は出ていく時じゃないだろが」
大きな声を出すロンドを黙らせるために、ディップは彼を思いっきり殴った。今はマックとアンジーを二人きりにしておく事が、大人としての気遣いだと思ったのだ。
「痛いよディップさぁん! 何も殴らなくてもいいじゃないかぁ!」
「お前がガキなのがいけねえんだ」
「あー、ガキって言ったな?! おれだって、立派なダイバーなんだぜ!」
「コイツ、生意気な」
ピーチクパーチクピーチクパーチク...
だんだんと大きな声で口論を始める二人に対し、デルンはこう言った。
「二人とも、もう少し静かに。そんな大きな声ではマックさんに気づかれてしまいますよ」
「……あれも死霊系モンスターか? エクリプスの刃が効かないなら、魔法を試してみるか」
「うわぁ!ネベルさん、何言ってるんですかっ! 姿が変わってますけど、あれはモンスターではありませんから!」
また、マックとアンジーが霊という形でも再び巡り合え、それを見た望は思わず感涙していた。
「うぅ よかったね、マックさん……! また二人が会えたんだね。うわぁーんっ」
「おお、よしよし。好きなだけ泣いていいんですよー」
このような騒がしいギャラリー共がいては二人っきりのムードなど作れるはずもない。けっこう前からネベル達に気づいていたマックは、そっと彼らに声をかける。
「えっと、君たちは一体何をしてるんだい?」
「ゲ。 ……なんだよ、もういいのか?」
「そりゃあね。(あれだけ騒がしかったらね…) もしかして、オレ達に気を使ってくれたのかい?」
「バカ、そんなんじゃねーよ」
「ハハ、サンキュー。みんな」
するとフリークがこう言った。
「何はともあれ、これでハッピーエンドって事ですね。いやー良かったですねぇ」
「えっと、そうなるのかな」
「ええ、きっとそうです。さて良い区切りも付いた事ですし、そろそろ私たちもこの鬱陶しい霧の渓谷を出るとしましょう。もうそろそろ出口も近いハズですし」
それを聞くとディップはフリークの方を振り向いてこう言った。
「オイオイ、薄情な奴だな。今すぐか? もう少しここに居てもいいだろう」
「いや、あのエルダーリッチの事もあります。ここに留まるとかえってアンジーさんの霊を危険に晒す事になりますよ」
「それもそうか…………って、お前のその後ろの奴らは何だぁっっ?!!!」
「ん? ああ、これですか」
よくよく目を凝らした結果。濃い霧だと思っていたフリークの頭上の白い帯状の塊は、おびただしい数の霊たちの連なりである事が分かった。
とてもぼんやりとだが、その白い塊の中に目や口のような物がかすかに蠢いているのさえ見える。
「キモイですっ!」
「ええ~、キャンディさん。そんな酷い事言わないでくださいよ」
「キモイです!!!無理です!!!近づかないでくださいです!!!」」
そういって彼女は一目散にフリークから逃げ出した。
「いや、これはちょっと……僕もひいちゃいますよ」
「お、お前の後ろのヤバい数の幽霊! もしかしてフリーク、実はシリアルキラーとか極悪詐欺師とか、恐怖の大魔王だとかなのかぁ??」
「嫌ですね~。私がそんな平気で人を痛めつけたり、騙したりする最悪な人間なはずないじゃないですかぁ」
「…………」
「あれ」
フリークの背後にいる無数の死霊たちを見れば、彼を遠ざけたくなるのも当然だった。
その場にいた全員が、フリークから一定の距離を取った。
(ヤバいってっ、あれはヤバいよぉ!)
(イエス……尋常ではないよね)
(あの死霊の量を見ましたか? きっと大量殺人鬼だったんですよ。まさか僕たちも狙われていたんじゃ……)
(でも待って、まだフリークさんが殺したって決まったわけじゃなくない?)
(それはそうだな。あの人数を一人で殺すなんて、いくら魔法が使えたって不可能だ)
(キモイですぅーー!!! 今のフリークさんは生理学的に受け付けられませんですッ おえっ)
「おーい、皆さーん?」
個人個人に差はあれど、フリークと何らかの関係があるとみられる途方もない数の死者たちを目の当たりにしてしまった事で、彼に対して不信感を抱いてしまっていた。
すると、ネベルはダイバー達にこう言った。
「みんな、心配しなくてもいい。コイツは俺たちの敵にはならない」
それを聞くとフリークは嬉しそうにネベルの方を見つめた。ネベルは「フン」と言ってそっぽを向く。
「何故、そう断言できるんだい」
「簡単だ。俺はコイツの事をよく知ってるからな。たしかにフリークは性格の歪んだ糞だけど、極悪人ではないんだ」
「ネベルさん、それってちゃんとフォローしてるんですよね?」
「あ?」
ダイバー達はしばらく考えていたが、ネベルの言葉もありそれぞれ考えを改めなおしたようだ。
「そうだね。フリークさんは少しひねくれてる所があるかもしれないけど、悪い人じゃないと思う」
「ほ。よかったです。まだ皆さんとの旅を続けられるようですね。やったー!」
「フン……やれやれ」
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