第61話 残酷な終わり
その日は最初からおかしかった。
まず朝一番でエンカウントするはずの、ラッキーのペロペロ攻撃が無かったのだ。
そのせいで、いつもより一時間も寝坊してしまった。
マックは慌ててベッドから起き上がる。
自分の仕事が遅れてはアンジーに迷惑がかかるし、何よりまた彼女に小言を言われてしまうからだ。
その時まではいつもの呑気な毎日だった。
だがそこで、二つ目の異変に気が付く。
アンジーの姿がどこにも見当たらないのだった。
「アン? どこだい、アン!」
家の周りを隈なく探す。しかし彼女はどこにもいない。
不安になったマックは、より懸命に辺りを捜索しだす。
「アンジーーッ」
すると家から少し離れた場所の地面に、なにやら不自然な窪みを見つけた。
彼が膨れ上がった土くれを掘り返すと、なんと地下へ続く階段が現れたのだ。
恐る恐る下へと降りる。そこにあったのは大きな鉄の棺だった。
そして箱の中身は、やや薄黄色に濁った人工羊水で満たされていた。
「もしかして、これがアンの言っていた機械って奴か……?」
彼女から話に聞いていた医療マシンは、マックの想像を遥かに超えるテクノロジーの塊だった。
「人間用というから、てっきり光の時代の物かと思っていたけど、これは明らかにサイバーエイジの物だ。こんな凄いレリックを、彼女は一体どこで手に入れたんだ?」
するとその時、マックの脳裏にある光景が思い浮かんだ。
アンジーと一緒に行った青い花畑で、周りの景色にそぐわずポツリとそびえ立っていた漆黒の塔の姿が。あれも明らかに、サイバーエイジの建造物にみえた。
そして不幸にも、点と点は繋がった。
「黒い塔……だと!? まさか、あれは通信機器なんかじゃなくて!!!」
地下室から飛び出たマックは、無我夢中で走り出した。
自分の中の嫌な予感が、ただただ的中しない事を祈りながら。
─オレの寝ている間に向こう側で何らかの異変が起きたんだろう。おそらく、それに気づいたアンジーが様子を見に行ってしまった─
─いや、こんな推理は嘘だ。ハハ、全部オレの考えすぎさ─
─ああ、分かったぞ。これはサプライズだ。どこかに隠れてオレを驚かそうとしてるんだよ─
─そうだ。きっと、家に帰れば元通りさ─
そんな事を考えながらも、マックの足は立ち止まる事はなく、むしろどんどん速くなっていった。
木々に手足をひっかけ、幾つも擦り傷を作ろうがお構いなしに森を全速で突っ走る。
そのおかげで、マックはわずか10分足らずで森を抜ける事ができた。
だが、その時にはすべてが手遅れだった……。
──かすみ草の花畑は、真っ赤な炎に包まれていた。
約12年の間、墓の塔の中で眠っていた大型モンスターが目覚めたのだ。
その結果がこれだ。
彼女が言った黒いモノリスは、地面に埋まった墓の塔のほんの一部分でしか無かった。
そこから現れたモンスターは15メートルも大きさがあり、肌はブヨブヨと腐りかけていたが爪や牙は巨大で鋭く、口から炎のブレスを吐いていた。
きっと〈サマエル〉の住人は、この脅威に気づいたのだ。
だからこそ、コロニーと仲間を見捨ててでも、この地を立ち去る決断をしたのだろう。
そんな事が今更わかった所でもう遅い。遅すぎたんだ……。
「アン!!!」
真っ赤に染まったかすみ草の花々に囲まれるように、アンジーがぐったりと横たわっていた。
マックは急いで彼女の側に駆け寄る。
「アン!しっかりするんだ!」
「………………マック……?」
「ああ、なんてことだ。っ大丈夫だ。絶対助けるから!」
「……逃げ、て」
今にも消え入りそうな命。
戦場を生きて来たマックには、彼女の傷が致命傷である事が分かっていた。
しかし理性では理解していても、割り切れられるはずはない。
「そうだ! あの妖精の秘薬を使えばいいんだ。すぐに家までつれて帰るからね」
「ふふ……、そんなのもうないよ……」
「くっ! っ……花小人共!すぐに出て来て、クスリを寄こしやがれ!!!」
マックは大声で叫んだ。
しかし、墓の塔から溢れ出た科学物資で汚染されたこの花畑に、妖精が現れることは絶対に無かった。
そして、アンジーの手がマックの頬に触れた。
「マック……ずっと愛してるわ」
「アン! オレも……」
だが次の瞬間、アンジーの手はマックの頬からぼとりと零れ落ちた。
「そんな…… アン、 アン!!!」
もう彼女は二度と動かない。
最後の時に彼女に想いを伝えられず、いいようのない絶望感がマックの心を支配した。
その後、突然彼はすくりと立ち上がった。
そして腰の皮剥ぎ用の短刀をとりだすと、無謀にも、花畑で暴れまわる大型モンスターに向かって突撃して行った……。
─貴様が憎い。この世界が憎い。アンを守れなかったオレが憎い!─
「うぁぁぁ!!!」
短刀はモンスターの足に突き刺さる。
痛みで驚いたモンスターが足を少し振り動かすと、マックは勢いよく吹き飛ばされた。
彼が吹き飛んだその先は、偶然にも墓の塔の内部だった。
塔の長頭部の内部は雑多な倉庫のようになっており、地面にはあのモンスターが空けたと思われる大きな穴。
傍らには、力尽きたラッキーが倒れていた。
そしてマックの目の前には、一つだけ目立つように置かれていた漆黒の武器ケースがあった。
マックがそのケースの蓋を開けると、そこにはTC-30と書かれた光の時代のスナイパーライフルが綺麗に収まっていた。
「……分かった。これで仇をうてばいんだね。だから、見ててくれるかい?」
銃を組み立て弾を込める。実弾銃を扱うのが初めてではないかのように、それは簡単に出来た。
マックは銃を構えた。
おそらくこの銃の構造的に、エナジーライフルとは違って連射をする事は出来ない。
勝負は一発で決まる。
「こっちだ化け物!」
力の限り大声で叫んだ。
モンスターが反応し、こちらに近寄って来る。
ギリギリまで引き付けると、脳天めがけて、TC-30の重い引き金を引いた――。
数日後、マックは旅支度を終え、家の側に作られたアンジーの墓の前に立っていた。
最初は彼女と共に自分も死のうと考えた。
しかしこの命はアンジーにもらった物なのだ。
この忘れ形見をそう簡単に捨ててしまうわけにはいかないと思い、今に至る。
「こっちの方が君もきっと喜ぶよね」
マックがそう言うと、まるで彼女が言葉を返してくれたかのように風がささめき、花たちが揺れた。
ここにとどまる事は出来ない。辛い現実を嫌でも思い出させてしまうから。
そうしていくつかのコロニーを渡り歩き、マックは〈ダイバーシティ〉にたどり着くのであった。
ブックマーク、☆☆☆☆☆評価、感想など
お待ちしております。