第58話 死者の国
ネベル達はなおも谷底を進みつづけた。
だが谷の奥へと進むにつれ、霧はどんどん深くなっていくようだった。
「まっ白で、ほとんど何も見えないね」
「それに少し肌寒いや。不気味で何か出て来そう!」
「ええー、ロンド君てば。こんな時にそういう話はやめてよ」
「アハハ、ごめんね望さん」
「おほんっ。ボーイアンドガール、こんな場所でのお喋りは控えた方がいいんじゃないかい? モンスターに見つかってしまうし、つまずいて舌を噛んでしまうよ」
「あ……そうですね、すみません」
彼らの歩みは比較的順調であった。
しかし、足場のぬかるんだ谷の底ではソーンテイルの背に乗る事が出来ないので、その分道程にも時間がかかった。
この深い霧の中だ。
視界は悪く、足元に隠れたぬかるみや鋭利な枯れ枝、狂暴なモンスターの襲撃などへの対応力が低下している事は否定できない。
よって、彼らはより慎重に歩みつづけた。
しばらくして、遠くの方で薄っすらと霧に隠れて移動する異質な影を確認した。
それは、エルダーリッチという恐ろしいモンスターだった。
外見を一言でいえば、死神だ。ボロボロの衣服を纏った骸骨が、手に王杖と剣を持って宙を漂っているのだ。
そのモンスターを見つけたネベルは、気づかれない内に先制攻撃をしかけようとエクリプスを取りだした。
だがフリークは急いでネベルにその攻撃をやめさせる。
「ダメです。こちらに気づかれてしまいます」
「……でも、攻撃しなきゃ倒せないッ」
「エルダーリッチには、剣での直接攻撃は通じないのですよ」
「あ? じゃあ魔法か」
「いえ、実は魔法も効果がないのです。唯一の弱点は太陽光と聖属性の魔法だけなのですが、私は光の魔法だけが苦手でして」
「ああ、確かお前の得意な魔法は……」
「はい。ズバリ闇属性ですね」
昔、ネベルが初めてフリークの得意魔法の話を聞いた時、なぜか妙に腑に落ちたのを覚えていた。
闇属性はエルフの中では珍しいのにもかかわらず、性格のねじ曲がったフリークなら闇魔法もよく似合うだろうと思ってしまったのだ。
また、二人の話を聞いていたデルンはこう言った。
「それはつまり、あのエルダーリッチは倒す事が出来ないという事ですか?」
フリークは頷く。
「ええ、そうです。なのでアレに見つかるととても厄介です。速やかにここから離れましょう」
「了解……」
そしてネベル達はこちらの気配を悟られないように、静かに慎重にエルダーリッチから逃げ出したのだった。
その後も一行は、辺りを警戒しながら慎重に谷を進んでいた。
しかし突然、マックが何かに気づきその場で立ち止まったと思うと、霧の向こう側をじっと見つめだしたのだ。
「マックさん? どうかしたんですか」
一番最初にマックの様子に気づいたのは望だった。心配して声をかけるが、マックは彼女を無視して、そのまま霧の向こうの一点を見つめ続けた。
「オイこら、何かあったのかマック」
「……ソーリー。何でもないんだ。オレの勘違いだったみたいだよ」
「そうか? ぼーとしてんじゃねーよ。こんな所ではぐれてみろ、二度と合流なんてできないぜ。谷に住む幽霊たちの仲間入りさっ。ヒューッドロドロドロォ……」
「ハハ。イエス、分かってるとも……」
冗談交じりの警告を済ますと、ディップは再び谷の道を歩み出した。
マックの側を離れる際に、早くこいよの意味を込めて彼の背中を二回ポンポンと叩いた。
すぐにマックも、先をいくダイバーたちの跡をついて行こうと歩きだす。
しかし彼は、霧の向こう側の何かがどうしても気になっていた。
そしてもう一度だけ、さっきの方向を振り向く。
「分かってる……そんなはずはないんだ」
マックはじっと目を凝らして、霧の向こう側を見つめた。
その目には、霧の中にたたずむ一人の女性の姿が映っていた。
「やっぱり見間違いじゃない! ……みんなゴメン!先に進んでてくれ!」
そう言うと、マックは突然ダイバー達と分かれて明後日の方向に走りだしてしまった。
だがその先には、深い霧が広がっているだけだった。
「はぁっ? いきなり何言ってんだ!」
「マックさんっ、戻って来てください!」
ダイバー達は慌ててマックを追いかけた。途中で何度も呼びかけたが、マックに彼らの声は届かなかった。
「マックィーンさんの様子がおかしいです。まるで何かにとりつかれたようです」
「アイツがおかしいのはいつもだが、こんな事をして仲間を危険に晒すほど馬鹿じゃない」
霧の中でもマックはかなりの速さで走っていて、僅かでも気を抜くと見失ってしまいそうだった。
「気のせいかもしれないんですけど、私がさっきマックさんに声をかけた時、視線の先に人影があったかも?」
「何っ、だとしたらアイツはその影を追いかけてるのか」
「に、兄さんマズイです! アレを見てください!」
デルンが指し示した先には恐ろしい死神の姿があった。
何処からか現れたエルダーリッチが剣を構え、今にもマックの首をかき切ろうとしていたのだ。
「アイツ、気づいてないぞ!」
「マックさん! 危なぁーいっ」
そう言ってロンドはとっさに前方に飛び込むと、剣が振り下ろされる前にマックを地面に押し倒した。
「くっ なにをするロンド! オレの邪魔をしないでくれないかい! ……クソッ、あともう少しだったんだ」
「マックさん、しっかりして! ほら上を見て」
「ワオ……! ベリベリデンジャラスじゃないか」
剣を空振りしたエルダーリッチは、空中でカラカラと骨の音を立てながら苛立っているようにも見えた。そしてもう一度剣を振りかざそうと構える。
─キュン、バキュンッ!
「化け物めっ 俺が相手だ。さっさとかかってきやがれ!」
後方にいたネベルやバーンズ兄弟が銃による掃射を行う。
するとエナジー弾を煩わしくおもったのか、エルダーリッチは霧の中へと姿をくらました。
「マック、無事か」
「ネベル、ありがとう」
マックはネベルの差し伸べた手を掴もうとする。
だがその前に、ディップがずかずかと駆け寄ってきて、マックの胸倉を掴んで持ち上げた。
「オイこら、どういうつもりだマック! 仲間を危険にさらしたんだぞッ」
ディップは荒々しい口調でそう問いただす。
「兄さん、そんなに乱暴しないでくださいよ。きっと何か事情が……」
「いいや、オレが悪いんだ。みんなすまなかった」
そういってマックが頭を下げると、ディップは掴んでいた手を離した。
「こんなところに人がいるとは思えないが。マック、誰かを追いかけていたのか?」
「イエス、昔の知り合いがいた気がしてさ」
「そうだったのか」
マックがそう答えると、その瞬間、ディップは何かを察する。
そして冷やかすように彼にこう言った。
「ははーん、分かったぞ。そのはぐらかした様な態度、さては女だな?」
「さすがだね。その通りさ」
「やっぱり! それでどんな女なんだ?」
ディップは痴話話を聞けると思い嬉しそうに頷いた。しかし、彼の返答は予想外の物だった。
「彼女の名前はアンジー。ずっと昔に死んだはずの、オレの最愛の女性さ」
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