第57話 ハーピィの渓谷
ハーピィも昔は猫人族と同じで、知性のある獣人族の仲間だった。しかし既に滅んだ魔王の配下に下り神の軍勢に反逆するという過ちを犯した事で、罰として永遠に理性を失い醜いモンスターとなり果てたのだという。
渓谷地帯の標高が高い場所では、草木はほとんど育たず常に冷たい風が吹き抜けていた。
時折、旧文明の遺跡の残骸のような物を見つける事ができ、ハーピィ達はそれらを住処にしているようだった。
「くっ、思った以上に風が強いね」
「ええ、これはあの使長の言っていたように、谷底を進んだ方がいいかもしれません」
眼下に見える谷底には、薄っすらと緑も見える。
下の方はまだ暴風の勢いが弱く、きっと植物も育つ事ができるのだろう。
「だったら急いだほうがいい。夜が来て身動きが取れなくなる前に、谷まで下りるんだ」
そしてネベル達は、急いで且つ慎重に渓谷を下っていった。
無事に谷底まで下りる事ができた彼らは、そこで火をたき夜を明かした。
その晩は〈サキエル〉の周辺の海でとれた新鮮な魚の料理を食べる事ができたが、明日からはサプリメントが食卓に並ぶ事になる。その事を考えると、ピクシーは改めて陰鬱な気分になった。
「はぁー。これが最後の晩餐かぁ」
「別にいいだろ。栄養カプセルも慣れれば便利だぜ」
「ねえネベル、ご飯は便利とかじゃ無いんだよ? まったく、分かってないね」
するとディップがこう言った。
「いや分かるぜ。ああいうの味気のない食い物は、俺もどうも苦手でな」
「ディップぅ!」
それを聞くとピクシーは同じ気持ちを持つ同士がいる事に感激して、彼と硬い握手を交わした。
「でもおれは、サプリメント類も嫌いじゃないよぉ。へへ、ペースト食みたいな人工物ぽい食感だって悪くないよね」
そう言いながら彼はネベルの方をチラ見した。
「ゲぇー。ロンド、お前マジで言ってんのかぁ」
「謀反だー! 裏切り者がいるぞー」
「えっ、そ…そんな事ないよっ! おれだって、ステーキとかの方が好きだよっ」
「オイこらバカ。この場にない食い物の話をするんじゃねえよ。はぁー、〈ダイバーシティ〉で飲んだ上等酒が恋しいぜ」
「わたしだって、とびきり甘いハチミツとか舐めたーい」
そんな風に妖精とダイバー達は、次々に駄々をこね始めた。その様子を見てマックは彼らにこう言った。
「ヘイ、落ち着くんだ。カプセル食に飽きたら、野鳥でも捕まえて食べればいいじゃないかい」
「ていってもなぁ。こんな不気味な谷に野鳥なんかいると思うか」
ディップはそう言うと渓谷の奥を覗き見た。
今は夜だが、ここは昼の間も日の光がほとんど差し込まず、風景の中に命のみずみずしさは存在しない。
上から見えた緑の正体は、ほとんどが地面のコケだった。
谷の木々達は半分枯れたような外見に変化し、少ないエネルギーで生存できるよう適応していた。
「まあ、デカくて食べ応えのありそうな鳥なら目の前にいるけどな」
そう言ったディップの視線の先には、黄金の翼を持つグリフォンの姿が。
その鳥は殺気を察して激しく身震いした。
「プクク、面白い冗談ですね。ですがサウザンドウイングは私の相棒なので食べるのは止めて頂けませんか? あ、そうそう。そういえば人間を特大の豚に変化させるという魔法があるのですが」
「わ、悪かったって……」
翌日、ダイバー達は西大陸に向かって再び進み始めた。
谷の底を歩み続ける間、たまにハーピィがこちらに気づき襲い掛かって来る事もあったが、ダイバー達にとっては何も問題は無かった。
そうして渓谷を半分ほど進んだ頃、辺りに薄っすらとした霧が立ち込め始めた。
「これは厄介ですよ。もしモンスターが近づいて来ていても、すぐ気づくことが出来ないですから」
「そうだな……」
その時、突然ピクシーが体調不良を訴え出した。
「どうしたんだ?」
「ネベル…… わたし、ここ嫌いかも……」
「おい、ピクシー。しっかりしろよっ」
「ごめん。ちょっと眠ってるね。ねむねむ」
ピクシーはそのまま姿を消してしまった。それを見るとフリークはこう言った。
「おや。どうやらここは、大気中の微精霊が極度に少ないようですね。それで妖精にはとても苦しく感じたのでしょう」
下を向き不安そうにうつむくネベルを見て、さらにフリークはこう言った。
「大丈夫。妖精は簡単には死にません。この渓谷を出ればすぐに彼女も元気を取り戻しますよ」
その後フリークは、それまで上空からダイバー達を追従していたサウザンドウイングを手元に呼び寄せた。
「ウイング! この先は霧のせいで貴方も私たちを追うのが難しくなるでしょう。ですから渓谷の出口で待っていてください」
主の命令を聞いたサウザンドウイングはコクリと頷き、大きな翼を広げ西の空へと羽ばたいていった。
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