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第53話 本当の敵

 獣人族は怒りによって本来の野生の闘争心を呼び覚まし、戦闘力を増大させる事が可能だ。

 鋭い爪を伸ばし、狂暴な牙から唾液を滴らせる。


 種族の力を解放した彼らは、ネベルを取り囲むと一斉に襲い掛かってきた。


「イケェェ 殺せ~!」


 その瞳には、自分たちを侮辱したネベルへの殺意がたぎっている。


 犬人族(ウェアドッグ)は持ち前の身体能力で、素早く強力な攻撃を次々と仕掛けて来た。

 しかし怒りに任せた攻撃など、ネベルには容易く躱す事が出来る。


 ある時は八方から鉈で斬りつけられたが、一瞬で剣閃を見切ったネベルは八つの鉈を全て受け止め、エクリプスの一振りで八人を同時に倒した。



「コイツは強いぞ」


「どうやら私たちも、本気を出さねばならないようですね」


 力で敵わないと知った犬人族(ウェアドッグ)は戦法を変えた。

 鉈を捨て、扱いなれた自分の爪を武器にし、変則的な動きで攪乱を仕掛けながら突撃をしてきたのだ。


 中でも三人の精鋭がおり、四足歩行になった彼らの勢いは、さながら得物を追いかける牧羊犬のようである。


 一直線に鋭い攻撃を仕掛ける小さな体の個体、後方からジグザクに攪乱しつつ素早く接近してくる細長い体の個体、側面からの攻撃を狙っている大きな体の個体。

 時間差をも計算した、それぞれの互いの隙を埋めるような連携だ。


「ハハッ、俺たちの連携攻撃を食らいやがれ!」


 ネベルも鋭い殺気を感じとり、その方を注視する。


 まず小さな個体が突っ込んでくる。と思いきや同時に細長い個体もだ。

 ネベルは三人を迎え撃った。



 ズドン! ザシュッ、ズバン!


 銃撃一回。斬撃二回。

 より迅速になった変形機構を使いこなし、目の前に迫った犬人族(ウェアドッグ)二体に連続で技を放った。


 最初に二体の中間地点に放った弾丸は、奴らの気を逸らすためにあえた外したものだった。

 そうして生じた隙を狙い、直後に二連続の斬撃をおみまいする。


「フンッ」


「ぐぁぁ……!」


 フェイクにつられた細長の個体がまず最初に倒れた。

 だが身軽な小さな個体には、斬撃を躱されてしまったようだ。


 しかもネベルが二連斬撃を放った隙を狙い、大きな個体が左方から突進を仕掛けて来たのだ。

 その間に小さな個体は、さっとネベルの右脇に周り込む。


―挟み撃ちをする気か―


 そこでネベルは、前方に生まれた空間に飛び込むと、回転しながら二体の挟撃を最速で回避した。


「「何ィ!?」」


 後退するでも左右でもなく、自分たちの懐に飛び込むという予想外の回避方法に驚いた二体の犬人族(ウェアドッグ)たち。

 回避という命を守る防衛行動において、敵の懐に飛び込んでいくというのは、あまりに矛盾した命知らずな行動だったからだ。


 その事に彼らが戸惑っていた瞬間にネベルは前方のスペースに着地すると、エクリプスを銃撃形態に変形させて、SP弾を大きな個体目掛けて撃ち込んだ。

 大きな個体はその場で悶絶し倒れ込む。


 残るは小さな体の個体のみ。

 奴は持ち前の素早さで攻めてくるが、一体では特に問題ない速さだ。


 ダブルグリップを作動させつつ、自然な流れの中で一瞬で剣撃形態に変形させる。


 そのまま、斜に斬り払った。



「……消えろ!」


 戦いを見て力の差をハッキリと感じ取った残りの犬人族(ウェアドッグ)達。

 彼らは狂気の酔いから覚めると、四方へと逃げ去っていった。


 それを見たピクシーは大声で笑った。


「アッハッハ! アイツらいい気味だね」


「フン…………」



 敵意を持つ者が消え去ると、ネベルはエクリプスをしまった。

 広場にはダイバー達と傷ついたクローン姉妹だけが残った。


 ダイバー達はすぐに望の元に駆けつけたが、そんな彼らをフリークは後ろで静かに見守っていた。


「望さん。だいじょうぶです?」


「う、うん。平気」


「まったく、無茶しやがって。まあ、怪我がなくてよかったな」


「すみません」


 その間、マキナとプーパは望の背中で怯えるように隠れていたが、やがて彼女の服を引っ張りこう声をかけた。


「あの……妹を助けてくれてありがとう」


「うん、いいんだよ」


 望は痛々しく傷ついた二人に優しく微笑みかけ、そっと頭を撫でた。


「へイ望。彼女たちをどうする気だい」


「うん……。まずは手当をしてあげないと。それから森の外まで送ってあげようと思うんだ」


「たしかに。またあいつらに襲われたら大変だからね」


 するとマキナは、困惑した様子で望に尋ねた。


「……どうしてそんなに優しい? ワタシ達はクローンだし、あなたの物を奪おうとしてる敵だ」


 そう問われた望も、何と答えるべきか分からず少し困ったような表情をみせた。


 だがやがて、一言だけこう言った。


「ええっと…… 困った時は助け合いって、言うじゃん?」


「助け合い?」


 望は、前にディップが自分に言ってくれた言葉を思い出したのだ。


「もしかしなくても私たちは敵同士なのかもしれない。だけどそんなの関係なくて、とにかくあなた達を助けたいって、体が動いちゃったんだ」


 さらに姉妹は人間ではなくクローンだった。

 だが望みが叶えば、だれであろうと同様に手を取り合いと思っていた。


「なにそれ、意味わかんない。理由になってないし」


「うぐぐ……」


 もっとより理論的な回答を期待していたマキナには、望の言う事を100%は理解できなかった。

 だがしかし、彼女の胸の内には、先ほど望に助けられた時のような温かいものを感じていた。


「本当に、ありがとうデーすっ……!」


 マキナは元気を振り絞り、望に対し感謝の意を示す。


「ほら、プーパもお礼をして」


「バーカ」




 ──次の瞬間、マキナの腹部は何か鋭いもので貫かれていた。プーパの腕である。


 マキナの腹の傷は深く、そこから血の代わりの透明な体液が溢れだしていた。

 マキナは虚ろな意識でプーパの顔を見上げるが、その時、彼女の瞳は完全に白目を向いており、まるで別人のような形相であった。


「マダム様……?」


 マキナはそう呟いた。



 そして、フリークはその名を知っていた。


「マダム?まさか貴方が斑目マダムなのですか」


「はあ゛あ゛ーー? 誰だ貴様。アタシを誰だと思って、そんな舐めた口を聞いているだい!!!」


 怒気の籠った声で彼女はそう言うと、地面に落ちていた鉈を掴んでフリークに投げつけた。


 だがフリークは落ち着いたそぶりで避ける様子すら見せない。

 見かねたネベルはフリークの前に飛び出し、大型刀剣を使い鉈をはじいた。


「チッ」


 鉈が防がれると、プーパだったモノは舌打ちをした。



 エクリプスを構え、前方を警戒しつつ、ネベルは背後のフリークにこう尋ねた。


「フリーク、お前の分かってる範囲で簡単に状況説明をしろ。 とりあえずアイツは敵か?」


「ええ…。彼女……斑目マダムという者は、サイバーエイジの生き残りです。 クローン兵士を操り、世界征服をもくろむコードブレイン社の大幹部の一人ですよ」


「何だって?!」


「それと、あそこでマダムを語っているのは、おそらく奴の本体では無いでしょう。自分自身のクローンを通じて、どこか遠い場所から思念を送っているのです」


 二人の会話を盗み聞いていた斑目マダムは気味の悪い笑みを浮かべた。


「ふふふ。よく調べているようじゃないか! だが世界征服なんて人聞きの悪い。アタシらのしてるのは世界の救済だよっ」


「森を焼き村々を壊し、罪の無い人を操っては仲間同士で殺しあわせ、先祖から受け継いだ土地や財産を略奪する事が、貴方たちの救済なのですか?」


「は? だってそれは、亜人共の土地で起きた事だろう。アタシらには関係ない話だよ」


 つまり斑目マダムのいう救済とは、自分たち人間のみを対象にした物だということだった。

 その為なら、他のミュートリアンがどのような目にあっても構わないという考えの元、彼らの侵攻は行われていた。


 それを聞くとダイバー達は激怒した。


「ふざけんな! てめぇらみたいなクソといっしょにするんじゃねぇ」


「その通りです。あなた達の行動はあまりに身勝手です」


 すると、デルンの言葉に斑目マダムが反応した。


「はあ゛あ゛ーー?それの何が悪いんだい。人とは本来身勝手に生きるものだよ。いつだって人は、他の動植物を食らい利用しながらその生活領域を拡大してきたんだ。つまり時代が繰り返しているに過ぎないのさ」


「そ、そんなの方便ですよ。僕には獣人族たちが動物と同じようには思えない」


「バカめッ、同じに決まっている。なぜならアタシらのような人間にとっちゃ、他の奴らの人生なんて関係ないのだから。人は自分の周りの現実にしか興味がないものさ。北半球で核爆発が起ころうとも、南半球の住人にはテレビの中の出来事に過ぎない。お前たちだってそうだろう。ここの亜人と知り合ったのは偶然と聞いたが?」


 斑目マダムの言う通り、船が墜落したまたま白麗族と知り合わなければ、ミュートリアン全部がモンスターのように狂暴で悪の存在だと認識したままだっただろう。

 彼女の語る主張はエゴだらけの傲慢さに満ちていたが、一部真実を含んでいた。


 さらに斑目マダムはこう言った。


「現実ではどうやっても矛盾が生まれ、自分か誰かが必ず不幸になる。でも幻想なら、少なくとも自分の目の前は幸せでいられるよ!アタシらがしてるのはそういう事さ。 そのために、世界中に発信源を造り、生像(icon)に記録されたデータをもとに復活させる!あの、仮想空間(カテドラルスペース)を!ふふふ、また楽園に戻れるなら、なんだってするよ。アレックス・ブレインズの使いぱしりにだってなってやるさ」


仮想空間(カテドラルスペース)って、旧文明にあったていう……」


「ああ、安心しな。人間なら誰だって恩恵をうけられる。あんた達もあの天にも昇る甘美な体験をしたなら、もう四の五のいわなくなるよ。だから女、さっさと神の雫を寄こしな!」


「どうしてそれを」


「……さあ、寄こし。…楽園に戻るには、アレが必要なんだッ」


 マダムはのそりのそりと望に近づいてきた。望はそんな欲望に囚われたマダムを恐れた。


 足がすくみ上手く動けず、少しずつ少しずつ、マダムに追い詰められていく。



「いい加減にしろ!」


 斑目マダムの前にダイバー達が立ちはだかった。

 そして、ネベルはエクリプスを構えるとこう言った。


「上手い理屈を並べ立てたようだけど、そんなのどうだっていい。俺は仲間を傷つける奴を容赦しない」


「珍しいな、お前に同感だぜ。奴は典型的な悪役。そして俺は悪を挫くヒーローってわけだぜ!」


(なんだそれ…………)


「まあ、奴をぶっ倒すって事だけは確実だ」


 ダイバー達は武器を構え、斑目マダムの入ったプーパを取り囲んだ。


「形勢逆転です!おとなしく降参したらどうですか」


「ヘイ、キュートガール? 無事かい。今君の体を支配しているBBAをおっぱらってあげよう」



 すると、この状況の不利を悟った斑目マダムはこう言った。


「このクローンは純粋な戦闘用じゃない。これは引くしかないね」


「なんだと。逃がすわけないだろ」


 斑目マダムは、突如自分の足元で倒れていたマキナの頭を片手で鷲掴みにした。

 そしてそれを体の前まで持ち上げた。

 てっきりマキナを人質にするつもりなのかと思ったが、どうやら違うようだった。


「うぅ、ごめんなさい母さま。任務に失敗してしまいました。本当にごめんなさい」


「本当だよ。この役立たずめ」


 そう言って、マダムはマキナを殴りつけた。


「うわあぁっ!」


「だから、最後くらい役立ってもらうよ」


「え……? まさかっ やだ、ヤメテ。あれだけは嫌です。痛いのは嫌なんです」


「痛い?クローンのお前らがか? はっはっはっ お前らは道具だ。ただアタシらの命令に従って居ればいいんだよ!」


 するとその直後、斑目マダムは呪文の詠唱を始めた。


「星霜の導きより……」


「この詠唱はッ 皆さんすぐに離れて下さい!」


 マダムとプーパの周りに大気中の微精霊がどんどん集まり始め、ついには二人を緑光の結晶体で覆いつくした。


「…………夜空を斬り裂く光の剣よ、我を新たな次元へ導け。エクスポートディメンション」


 詠唱の完了と同時に、結晶体の下に大きな魔法陣が浮かび上がる。

 そこから凄まじい勢いの炎が立ち昇った。


「あの日壊れてしまった世界を戻すんだ。そしてアタシは楽園に帰るのさ……」



 炎の中心にあった結晶体と共に、マキナとプーパの姿は跡形もなく消え去っていた。


 フリークの警鐘により離れていた為、ダイバー達は無事だった。


「何が起こったんです? 逃げられないと思って、自分で命を絶ったんでしょうか」


 するとフリークはこう言った。


「いえ。信じられない事ですが、斑目マダムが使ったのは禁呪に指定されている瞬間転移魔法です。今頃彼女たちは、遠くの土地に逃げついている頃でしょう」


「オーマイガー!なんてこった。あの状況から逃げられるなんて」


「フリーク。禁呪ってのはなんだ」


 ネベルがそう尋ねると、フリークは黙って炎の残り火が渦巻く広場の中心を示した。

 そこには小さな女の子の物とみられる黒こげになった左右の脚があった。


「禁呪とは魔法の発動に身体代償を必要とする呪文の事です。おそらくマダムは自分の遺伝子情報を持つクローンのマキナを触媒に代用したのでしょう」


「クソ。こんなにムカついたのは久しぶりだぜ」

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