第50話 クローンとの戦い
「まあ、こんなムッツリ野郎はほっといていいんだけどさ……」
前回、ディップのはかない恋慕は衝撃的な展開で終わりを迎え、彼は未だショックから立ち直る事が出来ず地面の上で体育座りをしながら落ち込んでいた。
ディップのとなりでは、ロンドが彼の頭をやさしく撫でながら慰めている。
「大丈夫?ディップさぁん」
「うぅぅ……ミュートリアン怖い」
なんとも哀れな姿になってしまったディップを横目でチラリと見たネベルは、心の中でフリークのイタズラの被害者になってしまった彼に同情をした。そしてすぐに話を戻す。
「それで、フリーク」
「はいはい。なんですか」
「なんでお前がこんなところに居るんだ。惑わしの森で魔法の研究をしていたハズだろ」
前にフリークと会ったのは、ファントムローゼの企みを突き止める為に惑わしの森の奥にある彼の家を訪ねたとき。
だが、それよりずっと昔から、フリークはあの家に住んでいたのだ――。
ネベルが初めてフリークに出会ったのは11歳の頃。
惑わしの森に迷いこんだネベルは大型の翼竜モンスターに追われていた。
「はっ はっ……!」
ゲバルの穴倉で組み立てたレーザーライフルも既に残弾は残っておらず、か弱い子供のネベルでは反撃の手段はない。
できる事といえば、森の木の影に隠れながら攻撃を躱し続ける事くらいだったが、それも限界が来た。
「グェーー!」
雄たけびと共に翼竜モンスターは突然炎のブレスを吐いたのだ。
ブレスの斜線にあった木は一瞬で黒こげになる。
どこに隠れても無駄だった。
そして、ネベルの目の前に翼竜のブレスが迫る。
「うぅッ ヤラれる!!!」
万事休すかと思ったその時、ネベルの体を魔法のバリアが包み込んだ。
リフレクトマジックだ。
「だいじょうぶでしたか?」
「あっ、うん……」
危機一髪でネベルの命を救ったのが、当時、森で暮らしていたフリークだったのだ。
その後、ネベルは彼の家に居候し、二年の時を共に過ごすことになる――。
ネベルは、かつて彼から聞いた事があった。
フリークはあの森でずっと仙人のような生活を続けており、何百年も森から外に出ていないと。
それが今、こうしてこの場所に居るのだ。何かただならぬ理由があると推察できた。
その理由を尋ねるとフリークはこう答えた。
「実は白麗族の方とは知り合いでして。彼らが困っていると聞いて、犬人族の調査を引き受けたのですよ」
それを聞くと、マックは腑に落ちたように頷いた。
「なるほど。なら犬人族がクローンに洗脳されている事を突き止めたのも君かい?」
「ええ、そうです。私が変身魔法で潜り込み、得た情報を猫人族に流していたというわけです。…………そして、その結果は凄惨な物でした」
フリークは珍しく真剣な表情になった。そしてこう続けた。
「彼らは機械の生み出す特殊な電波を使って洗脳を行います。それは意識だけではなく人格までも大きく改変するもので、自然を愛し友愛を重んじる種族だった犬人族の面影はもはや見る影もなくなりました。今では彼らは皆、かつて魔王の手先となってしまったゴブリン族のように醜く狂暴な生き物となり、まさに西にある天使の国〈ガブリエル〉や〈ミカエル〉の手先と化しこの森を破壊しようとしているのです」
「西大陸にいる人間は、ミュートリアンを倒すためにそこまでするのかい?クレイジーだね。ちょっと、そいつらとは仲良く出来そうにないな」
「そうですね。私も同感ですよ」
続いて望もこう言った。
「……ミュートリアンは怖いよ。お父さんもお母さんも、おじいちゃんもみんなミュートリアンに殺されたから。けどここの人達は、意味もなく殺されるほど悪くもないし狂暴じゃないと思うんだ」
それを聞くと、フリークは少し嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。ミュートリアンにも色んな者がいますが、この聖なる森に住む彼らは清い心の持ち主ばかりですよ。ああ、もちろん私もですが」
それはどうだか。と思わずネベルは突っ込みを入れそうになった。
フリークには一度、「清い」の意味を辞書で調べて欲しいものだ。
そんな事を考えた後、ネベルはそっとフリークに近づいた。
そして小さな声でこう訊ねる。
「…………オイ、本当の理由を教えろよ」
「はい? なんのことですか」
「お前みたいな自己中心的な変人が、ただの人助けで動くわけがない。何か他に理由があるんだろ」
「プクク、ひどい言いようですねぇ。まあ、正しいんですけど」
「フン……」
「でも教えませんよ。人には秘密にしておきたい事が100や200あるものです。貴方にだってあるでしょう?」
(そんなにねーよ…………)
「ふふ、安心してください。私の目的は貴方たちの邪魔にはなりませんよ」
その時、再び猫人族の兵隊が慌てた様子で宴会場に駆けつけた。
「なんだ。今度はどうしたんだ」
「大変です! 今度こそ、犬人族が攻めてきました!100人はいます!」
「な、何ィぃ!?」
バリバリバリ……!
次の瞬間、村中に届く大きな音が響いた。それを聞くと、族長は青ざめながらこう言った。
「大変ですッ。これはきっと、村の防壁が破壊されたのです! 犬人族達が村の奥まで侵入してきます!」
兵士たちが急いで村の中心に駆けつけると、そこには剣と盾で武装した犬人族50人。さらに、黒いアクションスーツと鉤づめで武装した、全く同じ人間の容姿をしたクローン兵士50が隊列を組んで並んでいた。
「奴らがついに村まで攻めて来たぞ! みなのもの、戦いだ!」
猫人族の族長が号令をかけると、白麗族の兵士たちはニャルラト隊長を中心に、敵を迎え撃つべく戦闘隊形をとった。
そして、すぐに乱戦は始まった。
だが白麗族には訓練を積んだ兵士が30。戦える大人は60しかいない。
このままではいずれ数に押しつぶされてしまうだろう。
「あれがこの森を侵略しているクローン兵士って奴か。あの姉妹とはだいぶ様相が違うな」
「あ、兄さん。もう大丈夫なんですか」
「何のことだ弟よ。俺はミカエラなんて人は知らないぞ」
「そう、ですね……。はい、僕も知りませんよ。そんなの最初からいませんでしたから」
「ああ、その通りだ。…………それで、犬人族を洗脳しているのはあのクローン兵士なのか。随分数が多いが」
苦戦する白麗族たちを見た望は、自分のレーザーブレードを取りだしながらこう言った。
「私たちも戦おうよ! このままじゃ、みんなクローンにやられちゃう!」
「ダメだ。望は下がってるんだ」
「でもっ」
「調子に乗るな。あれはこの前のレイスクラフターみたいな雑魚とは違うようだぜ」
犬人族は、人間よりも強大な膂力を持つという点で十分強敵だ。
またクローンはいかにもモブのようなみんな同じ外見だったが、それぞれが猫人族の兵士たちと互角の戦いを繰り広げているようだった。
「俺が行く。マック、狙撃で援護してくれ」
「オーケー」
そういうとネベルは、背中のホルダーにしまっていたエクリプスを取りだした。
「ちよっと待ってください」
そう言ったのはフリークだった。
「いくら兵士を倒したところで、この問題は解決しません。犬人族の洗脳を解く必要があるのです」
「だったら、どうしたらいいんだ」
「ええ、そうですね。説明しようと思ったのですが、どうやら向こうから来てくれたようです」
フリークが指を差した先にあったのは、ガタゴトと車輪の音を立てながらこっちに進んでくる奇怪な金属の塊だった。
「あれは…………どうみてもクローンじゃないよね?」
「ロボットです! ロボット! 大きなロボットです!」
車体の上に機械が乗ったようなフォルムのロボットは、犬人族の部隊の後ろからやって来ると、上部に取り付けられたレーザー砲台を持ち上げ猫人族の兵士たちを攻撃しだした。
「催眠電波はあのロボットから発せられているようなのです」
「つまり、アレをぶち壊せばいいってことか」
「その通りです。ネベルさん、ここは一つ、久しぶりに共闘といきましょう」
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