第48話 偽血
植物を成長させる魔法、ブラックバイン。
それはネベルが戦闘中に何度も使用していたため、ダイバー達にも見覚えがある数少ない魔法の一種だった。
だがしかし、プ―パとマキナを捕らえた魔法の蔓は、彼らの背後にいた薬師ミカエラの手のひらから伸びていたのだ。
獣人族は人間と同じで、体内で微精霊を生み出すことが出来ず、魔法は扱えないはずだった。
だがミカエラはそんなディップ達の動揺などお構いなしに、蔦を巧みに操って二人を完全に拘束すると、姉妹の元へと近づいていった。
「はなセーーーー!!!」
マキナとフーパは植物の拘束から逃れようと、無我夢中でもがいていた。
それを見ると、ミカエラは蔦にさらなる魔素を送り込んだ。
すると蔦からは棘が成長し、さらに姉妹をより強い力で締め付けだした。
植物の棘が肌に食い込むと、二人は苦しそうなうめき声を上げる。
「「うぁぁぁぁッ」」
その様子を見たディップは、未だに魔素を送り続けるミカエラの腕を勢いよく掴んだ。
「オイッ、もうやめろ! 敵だといっても相手はまだ子供なんだぞ」
「そ、そうだ! いくらなんでもさ、少し可哀そうじゃないかなぁ?」
しかしそれを聞くと、ミカエラは怪訝な表情を浮かべながらこう言葉を返した。
「子供? 子供ですって?? あなた達、何か勘違いをしていませんか」
「なんだと」
ミカエラは、ディップに掴まれた腕を軽く振りほどいた。
そして足元で身動きが取れない姉妹を見下ろしながらこう言った。
「皆さん、愛玩を誘う見た目に騙されてはいけませんよ。クローンは人間では無いし生き物ですらないのですから。 何千種類もの生物を犠牲にして造りだされた穢れた血が流れており、そうして生まれたクローンもまた何万もの命を奪う心なき殺戮の道具なのです。つまり彼らは存在そのものが罪。生きてはいけないモノなのです」
マキナが反抗する。
「違うッ! ワタシたちだって……、一生懸命生きているんだッ」
「……ッ 黙れ!」
ミカエラは蔦を巧みに操作し、姉妹の口を物理的にふさいだ。
そんな強行的なミカエラの振る舞いを見て、ディップ達はマキナとフーパと出会ってからの彼女が、だんだんと平静を失い始めているように感じていた。
「なぁ、ミカエラちゃんの言い分もよく理解できるが、いくらなんでもやりすぎじゃないか。一旦おちつけよ」
「だからコイツラは生き物じゃないって……! …………ええ、そうですね。私とした事が少々取り乱したようです。申し訳ありません」
ミカエラは、ディップに諭されると、怒りで興奮した状態から我に返った。
そしてダイバー達に対し軽く頭をさげる。
「そうか。分かってくれたならいいんだ」
「はい、私にサドな趣味はないのでね。ここからはできる限り穏便に素早く済ませる事にしましょう」
するとミカエラは、マキナの頭に手を置いた。
そして、とある呪文を唱えたのだ。
「記憶の回廊よ、汝の深き謎を明かせ。コードアンセム」
魔法が発動すると、ミカエラの手とマキナの頭頂部の隙間が一瞬だけ発光し、その直後マキナは意識を失った。
「お姉ちゃん! お前、何したんダ!!!」
「うーん、なるほど。コイツらの目的はあくまで神の雫のみ。白絹の森を襲っているクローン部隊とはまた別という事ですか。そしてクローン部隊を率いる天使の名はロワンゼット。ふむ、これは有益な情報かもしれませんね」
「な、なんで三大天使長様の名前を、お前が知ってるんダ!!!」
「さあ、なんででしょうね? フッ、そしてあなたは欠陥品のクローン体というわけですか」
「う゛っ それは……」
それきりフーパは、一言も喋らなくなった。
そしてミカエラは意識を失ったマキナの拘束のみを解くと、姉妹から離れディップ達の元に戻って来た。
「さて、私の用事は終わりました。実は今この森で起こっている厄介事とは、クローンによる侵略なのです。あの二匹は直接関わりがないようですし破壊するのはやめておきますが、それでもこの森はやはり危険です。さあ、私がアレを見張っているので、今のうちこの森から逃げてください」
だがディップはそれには答えず、逆にミカエラにこう尋ねた。
「……さっきのは、頭の中を読んで情報を盗っていたんだろう」
「おや、鋭いですね。あなたは人間で魔法は使えないはずなのに、何故わかったんです?」
「なあに、レリックにも似た道具があるからな。……だがあまり褒められた物ではない。クソだ」
「ハハハ。そうですか」
「マインドスキャンは旧文明でも機密性の高い技術のはずだ。そんな事ができるなんて…… お前、ただの森の薬師じゃないよな」
その質問に、ミカエラは答えなかった。
「どうだっていいでしょう。それより、早くここから逃げてください」
「…………」
ディップはこれ以上聞いても無駄だと判断した。
「はあ、分かったよ。だがさっきも言ったけど、俺達には仲間がいる。あいつらと合流するまでは、ここから出るわけには行かないんだ」
「あっ、そうでしたね。すみません、忘れてました!」
ミカエラは華憐な笑みを浮かべる。
彼女には多くの秘密があるが、その美しさは変わらない。とディップは思った。
するとミカエラがこう言った。
「あの……私もついて行っていいでしょうか」
「え、いいけど。一体どうしてだ」
「簡単です。あなた達の話を聞いて、私も会いたくなってしまったんですよ。そのドラゴンも倒してしまうネベルさんとかいう人にね」
「……あっ、そーかよ」
ディップは、ネベルがちやほやされるのを見るのが大嫌いだった。
ミカエラのような可愛ちい女性からの賞美は特に許せず、ムカつくのだ。
「フン、好きにすればいいんじゃないか」
「ありがとうございます」
ミカエラは再びディップに頭を下げた。
「でもあの二人はどうするんですか? まあ、さっきの調子を見る限り、放っておいてもいいとは思いますけど、目を覚ましたらきっとまた神の雫を狙ってく来ると思いますよ」
「うーん、望ちゃんが危険に晒されるのはなぁ」
デルンの言葉を聞くと、すかさずミカエラは無言で姉妹の元に歩み寄ろうとした。
ディップは慌てて、その行為を止めさせる。
「ダメだ。殺すのだけは反対だ」
「ですが、それが一番手っ取り早いんです」
「ああ、分かってる。お前のいうアイツらが生物では無いという事も何となくな。だって他の動物に変身する人間なんていないからな。だけどな、アイツらは自分の口で自分たちは一生懸命生きているんだと言った。だったら、そう簡単に命を奪うべきではないんじゃないか?」
「……もし彼女たちの発言が、こちらを惑わす嘘だとしても?」
「ああ。そうだ」
しばらくの無言の硬直の後、折れたのはミカエラの方だ。
「分かりました。ディップさんの意思を尊重します」
「そうか!ありがとう!」
(どうやら、良いおともだちができたようですね)
するとミカエラは再び姉妹の元に近づいて行った。
「オイ!」
「大丈夫です。殺しはしません」
ミカエラは再び姉妹の頭に手をおくと、また別の呪文を唱えた。
「汝、深き闇に沈め。ダークエディロン」
するとミカエラの手から漆黒の暗黒エネルギーが放出され、マキナとフーパの二人を包み込んだ。
暗黒の塊に包み込まれた二人は、虚ろな目になり、一時的に自我を失ってしまった。
「これは触れた者の意識を奪い、昏睡状態に陥らせる呪文です。弱めにかけましたから、数時間もすれば意識を取り戻すでしょう。さあて、今のうちにネベルさん達と合流してしまいましょうか」
そういったミカエラはいつの間にか薬師の服を脱ぎ去り、特徴的な黒い白衣へと着替え終えていた。
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