第46話 ふわふわ
「クローン?」
猫人族の里での歓待の宴の最中、彼らから出た聞きなれない言葉に疑問を覚え望はそう聞き返した。
「ええ、そうです。クローンです」
彼らの話によると、数か月前から西にある大きな人間の国から人造人間の兵士がやって来て、この辺りのミュートリアン達の領土を無作為に荒らし出したそうだ。
猫人族達も同様の被害に遭っていた。
「昔はあんな物いなかった。きっとあの夜に外の世界から人間がやってきたせいだ。それまで俺たちはずっと平和に暮らしていたのに」
「こら止めろッ 妖精様の家来様方も人間なんだぞ。 だが悪い人間じゃない。ハーグクレム様の遣わしたきっといい人間様たちだ」
「ああ、そうに違いないな」
ネベル達は、食卓に並ぶイノシシの肉や色とりどりの果物などを頬張りながら、彼らの話を聞いていた。
そしてダイバー達は、白麗族の人達に気づかれないようコッソリと話しあった。
「魔界には人間が居ないんだし、人間の国っていうのはおそらくコロニーの事だよな。西大陸にある望の故郷の事を言っているのか?」
「分からない……。でも私、クローンなんて聞いた事もないよ」
「人造人間ですか。もし科学的に人間を造り出しているのだとしたら、望さんの故郷のコロニーは旧文明に匹敵するとてつもないテクノロジーを持っていますです」
「でも、高度に発達した科学文明は一度滅んだはずだろう。そんな国なんてものは本当にあるのかい」
魔合で200億人が死に、人類から英知は失われたはずだった。
どれほどの科学力を有しているかは分からないが、西のコロニーが注意すべき存在であることは確かだ。
宴をしているのは大型モンスターの骨と白樺の木で作られた百人は収容できるであろう大きな宴会場だった。
この大型モンスターの骨は猫人族の兵士が仕留めたもので、白樺は白絹の森にのみ自生する光をよく通す特別な品種のものだった。
そして、宴会場の一番奥の主賓席では、ピクシーがふんぞりかえって猫人族の族長自らの接待を受けていた。
「ささ、どうぞ妖精様。こちらもお食べください」
「うむ! 苦しゅうないぞ!どんどんもってこーい。がはははっ」
そんなピクシーをネベルは呆れた様子で見ていた。
―あいつ、調子に乗りやがって―
このまま歓迎を受けた後で、けっきょく俺たちがそのハーグクレムとかいう神とはなんの関係もないとバレたら…………どうなるか分かったもんじゃない!
四人は顔を見合わせると、自分たちの素性がバレる前にこの場から即座に退散しようと決めた。
幸い猫人族達はみな妖精様に注目していて、こっそり席を立っても誰にも気がつかれなかった。
「……ピクシー。行くぞ、ここから逃げるんだ」
ネベルは豪華に装飾された主賓席の背後からこっそりと近づき、ピクシーにそう声をかけた。
だがすっかり気持ちよくなっていたピクシーには、ネベルのささやき声など届いてはいなかった。
しかもそれどころか、とつぜん彼女はとても恐ろしい事を言いだしたのだ。
「あはは! たっのしいー! こんなにもてなしてもらったの、わたしはじめて!」
「左様でございますか。では……我々白麗族の危機をお救いくださるのでしょうか?」
「うんうん! 救うすくう! なんでも言ってッ 神の名の元に、そなたらを救済しよぉー」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!!!」
あまりに驚いたので、主賓席の後ろにこっそり隠れていたネベルも思わず立ち上がらずにはいられなかった。
「おい! 何言ってんだ! 適当なこと言うな」
「いいじゃん。助けてあげようよ。困ってるんだよ、この人達」
いきなり背後から現れたネベルに腰を抜かしていた族長も、落ち着きを取り戻すとネベルにも頭を下げて頼み始めた。
「どうか、どうかお願いします。我々の里の窮地なのです」
族長の姿を見ると、他の猫人族達も同じように頭を下げ始めた。
「…ム、だけど…………」
するとネベルが戸惑うところを見たマックは、彼の代わりにはっきりとこう伝えた。
「ノー。残念だが無理だ。西大陸から来るクローンを全部どうにかしてくれなんて、どう考えてもオレ達だけじゃ不可能だ」
族長はクローンを生むコロニーを、国と表現した。
街ではなく国。つまり敵は国家規模の戦力が想定されるという事だ。それをたった数人で相手するなど馬鹿げているとしかいえない。
だがそれでも族長は引き下がらなかった。
「いいえ。我々もすべてをどうにかしてもらおうとは思っておりませぬ。しかし里のすぐ近くに迫った脅威だけは、私共だけではもはやどうにもならんのです」
「えっと、それってどういう意味なんですか?」
望がそう尋ねると、族長は再び深くおじぎをした後こう答えた。
「この白絹の森には我々猫人族の他にも谷に犬人族の部族が暮らしております。彼らとは何百年も争いもなく共存していたのですが、数か月前から犬人族が攻撃を仕掛けてくるようになったのです」
「数か月前だって?」
「はい、お察しの通り。彼らの裏では西の国のクローン兵が暗躍していたのです」
さきほどまで楽しく宴をしていた猫人族達は、族長の話を聞いているうちに被害にあった自分たちの森や仲間の事を思いだし、みなの表情に悲愴なものが浮かび始めた。
「昔はあんなに仲がよかったのに、どうしてこんな事に」
そんな彼らを見た望たちも、つられて心が痛むようだった。
「犬人族は本来は心優しい者たちなのですが、今はみんな催眠状態にあり狂暴な性格に変貌してしまっているそうです。彼らは猫人族よりも力が強く、このままでは滅ぼされてしまいます。どうか、我々をお助けください!」
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