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第43話 猫と犬

「不時着するぞ! みんな、衝撃に備えろ!」


 推進力を生む尾翼の片方がミサイルによって破壊され、船はもはや安定した飛行を維持出来なくなっていた。

 それに加え、バッテリーの値も急激に減少していく。

 ティクヴァは黒い煙を上げながら、地面に向かって落っこちていった。


 ──ガゴンッ


「「うわぁぁッ!!!」」


 船の下腹部が地面と接触した瞬間、世界が丸ごと飛び上がるような激しい衝撃がコックピットの内部を襲った。


 それでもすぐには止まる事はなく、ティクヴァは森の木々をいくつもなぎ倒しながら、地面の上をしばらく滑走した。


 ようやく何かの大きな壁にぶつかって止まることが出来た時には、船の外郭は剥がれおち、激しく黒煙をあげながら燃えていた。


 とても危険な状況だった。今すぐ脱出の必要がある。

 だがその時、ダイバー達はみんな気絶していたのだ。


 しかも立ち昇る黒煙のせいで、森の中で彼らの居場所はよく目立った。

 

 そこに、何者かが迫っていた……。




 ――ディップが目を覚ますと、彼は見知らぬ家の中にいた。


 家の中にはたくさんの薬草と錬金術や魔術の本。

 それと薬の精製に使うとみられる銀の調合台があった。


 ハーブの匂いもすさまじい。どうやら家主は、薬師のようだ。



 ディップは手や足を拘束されているわけでは無く、家の中を自由に動き回れた。


 すぐに探索を始めたディップ。彼は家の反対側で、弟のデルンと見習いのロンドが、壁に寄りかかり気持ちよさそうに眠っているのを見つけた。


「オイ、お前ら起きろ。 ……オイこら!」


「ん、んん~……あれ、兄さん? おはようございます……」


「馬鹿野郎、寝ぼけてんじゃねえ! よく周りを見るんだ」


「あれ、ここはどこですか??」


「どうやら俺達は気を失っていたようだ。その間に何者かに拉致監禁されたっぽいな」


「そんな! ヤバいじゃないですか!」


「ああ、ここにいるのはマズイ。とっととずらかるぞ。そこに転がってるロンドの奴を叩き起こせ!あの窓をぶち破って脱出だ」



 ギィィ……


 するとその時、木の扉が鈍い音を立てて開き、外から何者かが入ってきた。


「ああ、目が覚めてしまったのですか……」


 声が聞こえると、バーンズ兄弟は扉の方へ振りかえる。

 そこに居たのは、ディップよりも大きな女だった。


 彼女は苔だらけの毛皮の外套を着ていて、薬草や森のキノコなどが入った木かごを担いでいた。植物の気配が凄まじい。

 その恰好だけでも、十分に俗世離れした不気味さを感じたが、そんな事はどうでもよくなる特徴が彼女には別にあった。


 その女には、人間のモノとは違う大きく尖った耳がついていて、顔中は毛むくじゃらだったのだから。


 つまりその女とは、犬人族(ウェアドッグ)と言われるミュートリアンだったのだ!



 その事に気づくとディップ達は慌てふためいた。



 一方、飛行船ティクヴァの船内。


 少し前にダイバー達が目を覚まし、三人の姿が見えないことでちょっとした騒ぎになったが、今となっては些細なことだ。


 気がついたときには、謎の集団が船の周囲を取り囲んでいたからだ。


「ディップさん達は居なくなってるし、おかしな人達には取り囲まれてるし……。一体どうなってるの? あれって、どう見ても味方じゃないよね」


 ティクヴァを取り囲む集団はおよそ20人くらい。

 みんな揃いの真っ白な装束を身にまとい、手には槍か弓を持っていた。

 そして、彼らは人間では無かったのだ。


 するとネベルがこう言った。


「アイツらは猫人族(ケットシー)だ。 フ、どうやら船が落ちた場所が悪かったみたいだな」


「えぇ… そんな呑気な事いってる場合じゃなくない??」


 猫人族(ケットシー)は、猫と人間が混ざったような外見の種族だ。

 彼らのような半獣族は、魔法は使えないが代わりに強靭な肉体と高い身体能力を持っている。

 20人もの猫人族(ケットシー)に囲まれてしまっては簡単に逃げる事は出来ないだろう。


 その時、船の外から一人の猫人族(ケットシー)の声が聞こえた。


「侵入者よ。私はこの部隊を指揮するニャルラト隊長である。貴様らがどうやってこの白絹の森に入って来れたかは知らないが、我ら白麗の民が崇める豊穣神ハーグクレム様の神殿を破壊した罪は大きいぞ!」


 ネベルたちに話かけてきたニャルラト隊長なる猫人族(ケットシー)は、他の者より体もデカく、一人だけ弓や槍ではなく大剣を手にしていた。


 猫人族(ケットシー)たちは指揮官の号令で、いつでも船に攻撃をしかける準備ができているようだ。


「オーマイガー! 何を言ってるかは分からないけど、オレ達は彼らの逆鱗に触れてしまったようだね。ネベル、どうするんだい? このままじゃ一貫の終わりだよ?!」


「…………」


 もし彼一人だけだったら、この場も容易く切り抜けられた事だろう。

 だがネベルは、自分の他に三人と妖精一匹を庇いながら戦うのは不可能だという事が分かっていた。


 こんなちっぽけな仲間の窮地すら打破できない自分の弱さに、ネベルは憤りを感じていた。


 ─クソッ まだ俺は弱いんだ─


 ネベルの中に、バルガゼウスとの戦いで味わった屈辱感が再び思い起こされる。



「キャンディ、船は動きそうかい」


 マックは、船の機関部の修理をしていたキャンディにそう言った。


 しかし彼がコックピットからキャンディのいる場所を覗き込んだ瞬間、ボンという音と共に黒い煙がもくもくと立ち昇った。


「ウホッごほっ、ごほ」


「だ、大丈夫かい?」


「ええ、私は。しかし飛行船はダメです。燃料も足りませんし、飛翔に必要な尾翼の推進装置が半分イカれてますです。この設備じゃ直せません」


 ティクヴァが動けば空を飛んで脱出する事もできたかもしれなかった。だがその望も、絶たれてしまった。


 そして再び、船の外から声が聞こえた。


「侵入者よ、すぐにその鉄の箱から姿を現せ。逃げられるとでも思うか?さぁ、早く出てこい!」


 猫人族(ケットシー)の指揮官が威圧的にそう言うと、兵士たちは弓に矢をつがえ一斉に船に狙いをつけた。

 このまま立てこもっていても、彼らが船の壊れた外殻を見つけ侵入してくるのは時間の問題だろう。


「ねえねえ、どうするつもりなの? わたしが思うにこの状況はかなりヤバいんじゃないかね」


 楽観的思考をする事が多いピクシーでさえそう言うんだ。実際かなりピンチだった。


「……投降しよう」


「ネベル本気かい? 相手はミュートリアンなんだよ」


「彼らはモンスターじゃない。たぶん、命までは取らないはずだ」


「だが……!」


「今はそれしかないッ! ……もしもの時は、俺が隙を作るから逃げてくれ」


 圧倒的に不利なこの状況では、もはやどうしようもなかった。


 ネベルは一部のエルフや魔法使いなどと接触した事があり、人型ミュートリアンという物を知っていた。

 だがそれに比べ望たちは彼らの事をほとんど知らず、これからどんな野蛮人に自分たちが捕まえられどんな恐ろしい目に遭うのかと想像すると、怖くて仕方がなかったのだ。




 しかし猫人族(ケットシー)達の反応は全く持って予想外のものだった。


 ネベル達は用心しながら船から出て、自分たちを包囲している猫人族(ケットシー)達の中心に出て来た。だが彼らは呆けた様子で、ある一方を注目していたのだ。


 ―なんだ、様子がおかしいぞ―


 突然、猫人族(ケットシー)の一人がこう呟いた。


「……妖精様だ」


 同じように猫人族(ケットシー)達はその名前を口走りだす。


「妖精様!」


「御遣いさま!」


「ああ、妖精さま」


 彼らは歓喜に涙し、中にはその場で跪くものもいた。


 ネベル達はまるでわけが分からなかったが、猫人族(ケットシー)達のいう「妖精様」というのがピクシーの事であろうとは予想がついた。


「お前、なんかやらかしたのか?」


「さ、さぁ? わたしにもわけワカメ」



 実は猫人族(ケットシー)の崇めていた豊穣伸ハーグクレムには、妖精を遣いとして寄越すという伝承があったのだ。

 その理由をピクシーは知らなかったが、たぶん彼女が生まれて間もない妖精だからだろう。


 すると涙目になった猫人族(ケットシー)の指揮官のニャルラト隊長がネベル達のところまで歩いて来た。そして恭し跪くと彼はこう言った。


「妖精様! 白麗族の危機を見計らって、我らが神ハーグクレム様が遣わしてくださったのですね!」


「う、うむ! そう……そうである!」


「おお。やはり」


 すでにピクシーは与えられた御遣いの役割をノリノリでこなしていた。

 これはチャンスだ。上手くいけばこの場を乗り切れる。


「ではこの人間たちは、妖精様の家来というわけですか」


「うむうむ!そのとおりであーる」


「あ? なんだと!?」


 ピクシーの発言にイラっときたネベルは思わずエクリプスの柄に手をかけた。それを見た他のケットシーたちは、怪しんでネベルの方を睨みつける。

 その視線に気づき、望たちは慌ててネベルを諫めた。


「ネ、ネベル君。落ち着いてっ」


「ここは我慢だ。オーケー?」



「……チッ」


 ネベルは、渋々エクリプスを鞘にしまう。


「妖精様、まずは我らの里に案内いたします」


「うむ、苦しゅうないぞ」


 ピクシーは楽しそうにニンマリと笑みを浮かべた。

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