第40話 空の旅のはじまり
飛行船ティクヴァが見つかったのは、遺跡の兵器格納室にあたる場所だった。
兵器格納室には元は地上へ続く搬出装置も取り付けてあったようだが、魔合のせいで滑走路ごと地面に埋まってしまっていた。
なのでダイバー達は、地下に埋まったティクヴァを地上まで運びだす為に、溶解マシンをつかって地面を二週間も掘削し続ければならなかった。
といっても、掘削に使った溶解マシンはサイバーエイジのレリックだった。
だから、逆にたったの二週間で飛行船を掘り出す事ができたという言い方もできる。
そして現在、ポズーザ荒野にいるネベル達の目の前には、太陽に照らされ光り輝く飛行船ティクヴァの姿があった。
「ぜー、はー」
ディップとデルンの二人は、出発前から既にへとへとに疲れ切っていた。
だが空の旅の準備は、船を遺跡から運ぶだけでは終わらなかったのだ。
次にダイバー達は、ポズーザ荒野と〈ダイバーシティ〉をヒポテクスに乗って何度も往復し、飛行船ティクヴァに必要な物資を全て詰め込んでいった。
物資というのは、旅の間の食料や機械やレリックを動かす為のエナジーなどだ。
その作業にも二週間の時間がかかった為、結局、出航予定はさらに一月遅れてしまった。
「はあーっ。ここまでやったんだ。コイツはちゃんと飛ぶんだろうなぁ?」
「計算の上では飛ぶと思いますよ。原理はよく分からないらしいですけどね」
「オイオイなんだそりゃ。デルン、コイツの餌は一体なんだ?遺跡から出たんならエナジーじゃあないんだろ。炭素か、光素か?それとも原子力か?」
「いえ、キャンディは電気って言ってました」
「電気だって?ん、それはどういう事だ。分かりやすく、説明してくれ」
「はい。つまり船の中にエネルギーを自己発電する装置が存在しないんです。バッテリーが切れたらもう動きません」
「ううん? そんなんで、こんな大きな船が本当に飛ぶのか?」
「僕も信じられませんが、それだけのスペックはあるそうです」
「うーん……見掛け倒しじゃなければいいがな」
しばらくして、ダイバー達は全員船へと乗り込んだ。
船の操作をするのは、レリックに精通しているキャンディ。補佐をマックが行う。
メインルームは前面上部を大型のディスプレイが覆い、下部にある操作盤を切り替える事で、リアルタイムで外の景色を表示できるようになっていた。
コックピット内はそれなりに広いが操縦席は三つしかなく、船の操作をするキャンディ達以外は衝撃に備えるために、近くの壁などにしがみついていた。
「それでは皆さん。準備はいいですか」
「おう! いつでも構わないぜ」
ダイバー達は同時に頷き合図した。
皆、心の準備ならとっくの前から出来ていたのだ。
望は服のポケットから神の雫を取りだすと、自らの手の上に乗せた。
そして目を閉じ、懐かしい祖父の顔を思いだす。
─ジャパンにあるお母さんたちのお墓の下。あそこに何があるのかは想像もつかないけど、このレリックの力なら、きっとおじいちゃんを生き返らせる事ができるんだ─
彼女の心は、期待と希望。あと少しの不安と冒険心で満たされていた。
キャンディは乗組員たちの全員の様子を確認すると、ついに飛行船ティクヴァの起動プロトコルを開始した。
「……システムオールグリーン! 飛行船ティクヴァ、発進します!」
キャンディはそう言うと、力強く操縦桿を手前に引いた。
すると操作盤の機械がいくつか点滅しだし、船の中心部から何かが回転するような低い駆動音が聞こえだした。
~~ゴンゴンゴン…………
「みんな、発進の衝撃に備えるんだ! これだけビックな船なんだから、きっとエンジンが生み出す推進力も凄まじいはずだよ」
「は、はい!」
マックの呼びかけで、ダイバー達はより強く壁や柱にしがみついた。
バーンズ兄弟は、同じ壁に全く同じ姿勢で張り付いていた。
「うわ゛ぁぁ。 壁から船の振動が伝わって来るぞぉぉぉ……」
「にい゛ぃざぁ゛ぁ゛ん」
見習いロンドも船の床に仰向けで寝そべっていた。
「ギャハハッ こうすればスゴイ揺れても転ばないで済むもんねーっ!」
またピクシーは、ネベルの革袋の中で小さく縮こまりながら、発射の時をじっと待っていた。
「ねえねえ、もう飛んだ?飛んだ?」
「……外が見えないから分からないよ」
誰もかれもこんな大型飛行船なんて乗った事が無かったので、おっかなびっくりしながらその時を待っていた。
だが、いつまで経っても飛行船ティクヴァが離陸したような気配を感じられなかったのだ。
しかもそのうちに、船から聞こえていた大きな駆動音すらもピタリと止んでしまった。
「オイこら。どうなってるんだキャンディ?! うんともすんとも動かなくなっちまったぞ」
「お、おかしいですね。そんなはずはないのですが……正常に作動しているはずなのに!」
船が突然動かなくなった原因が分からず、キャンディは困り果てた様子で操作盤をあちこち指で叩いていた。
「ノンノン。やっぱりこの船の艦長はオレにこそふさわしかったみたいだねっ(キラン)ヘイ、キャンディガール。船の操縦を変わってあげよう」
「遠慮するでーす」
「ホワッツ?」
「アタシは集中していますです。邪魔しないでください。ミスターマックィーン。オーケー?」
「あ、はい……」
女の子に冷たくされ床の上で体育座りで落ち込むマックを尻目に、キャンディは真剣に船の分析を続けていた。
彼女も飛行船の操縦経験などなかったが、それでもこのメンバーの中では一番操舵の可能性があった。
船のコンピューターシステムには時々ヘブライ語の暗号が出て来た為、そういったときは望に解読を手伝ってもらった。
だがどんなに調べても、結局キャンディは船に異常を見つけることが出来なかった。
「だいじょうぶか? やっぱりマックに変わってもらうか」
「いえ、でも…… うーん、なんでなんです?? 計器の異常なのかなぁ。ディップさん。船はまだ飛んでいないのに、パネルには航行中って書いてるんですよ。大昔の船だから壊れちゃったんでしょうか」
「…………なに、航行中だって? だとすれば…… オイこらロンド。お前、今俺たちが〈ダイバーシティ〉からどの方角にいるか分かるか」
すると床の上で横になり危うく寝そうになっていたロンド。
ディップに怒鳴られ、彼はハッと意識を取り戻した。
「ふぁぁっ!!? なに~ディップさぁん。え、方角だって? ちょっと待ってて」
ロンドにはどこにいても自分の方角が分かるというちょっとした超能力のようなものが備わっていた。
そしてロンドは、目を閉じ内なる意識を集中させた。
「ううーん」
「どうだ?」
「あれ。おかしいな。ぜんぜん分からないよ」
「なんだって?」
ロンド自身、この超能力は不可解なものだったが、これまで百発百中で失敗した事のない確かな力だったのだ。
「なんだかグルグル回ってるみたいだよ。西かと思ったらすぐ東になるみたいな。こんな事は初めてだ」
彼がそう言うと、すぐに熟練のダイバー達は各々嫌な予感を察知した。
ディップは眉をひそめながらこう言った。
「まずいぞ。仮にだ。もしこの船が既に飛び立った後だったとしたら、おかしな磁場地域に迷いこんでしまったのかもしれない。ロンドの能力や船の故障もきっとそのせいだ」
「イエス!その可能性はベリーベリー高い。磁石って知ってるかい?あれは磁力に引き寄せられる物質なんだけど、オレの推測ではこの船の振動が停止したのもきっと同じ理由なんだ。なぜかというと、この船は見るからに磁石にくっつきそうな金属の見た目をしているだろう?だから磁場地域に引きよせら……」
二人の推理を聞くと、ダイバーたちはより危機感を覚えた。
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