第39話 武器mod
一度、ネベル達は〈ダイバーシティ〉へと帰還することにした。
彼らはすっかり消耗しきっていたのだ。
コロニーにつくと、ダイバー達はそれぞれ解散し、休養を取る事にした。
飛行船での旅立ちは、また数か月後になるだろう。
──望が子供時代を過ごした場所。
そして月見里コトブキが示した人類救済の可能性。
かつてジャパンと呼ばれていたその土地に、神の雫を開く鍵は眠っているのだ。
〈ダイバーシティ〉には法や権力が存在せず、ダイバー達は自由に生きている。
ここでは滅多に使われる事のない会議室という部屋で、デルン、キャンディ、望の三人は、空白だらけの世界地図を見ながら旅の相談をしていた。
「望ちゃんは、陸路でこのコロニーまで来たんだよね」
「はい。魔合で大陸は全部つながりましたから、陸路がほとんどでした」
「そっか。それならこのルートかな?」
「えっと……ここまでなら分かるんですけど。すみません。西大陸の近くは覚えてないんです」
「なるほど。いいや、大丈夫だよ」
ジャパンを旅立ったばかりの頃は彼女の仲間も大勢生き残っていたので、幼い子供の望は地理の事など考える必要はなかったのだ。
次にデルンは地図上のいくつかの✖印を指さして、彼女たちにこう説明をした。
「有志のダイバーの情報によれば、この✖にはミュートリアンの生息区域があるらしいんだ。どんな危険があるか分からないし、だからこの辺りは避けるべきだよ」
「その……生息区域ってなんですか? モンスターの縄張りってことですか」
「いいや、ミュートリアンの街だね」
「え……街? 嘘でしょ……(サンドスケイルみたいなモンスターたちの街って何?)」
望は彼の言った事が理解できずに困惑した。
彼女の妄想の中では想像上のサンショウウオの怪物が、綺麗なドレスと王冠を被っていた。
極めつけにはこの前みたような大型昆虫モンスターと優雅にワルツを踊っているのだから、ますます頭の中は混沌としていった。(実際は望の勘違いでそんな事は無かったのだが)
デルンは説明を続ける。
「噂によると、地図の空白の部分は魔界から来た土地だと言われている。きっと兄さんなら未知の場所を冒険したいって言うかもしれないけど、なるべく避けた方が良いに決まってるよね」
「はぁ……。確かに、安全な方がいいですね」
「うん。だから一気に太平洋を超えるルートはどうかな。それならミュートリアンと遭遇の危険も少ない」
それを聞くと、キャンディが計算機をたたきながらこう言った。
「はいな!問題ありませんです!ネベルさんと望さんが見つけてくださった飛行船ティクヴァには十分なエネルギーが詰めこまれていましたから。アタシの計算によると、無着陸での大陸横断飛行にも余裕があるはずです。まあ、機体の運動性能は実際に飛ばしてみないと分かりませんけど」
「それは良かった。航路はこれで決まったかな。じゃあ、次は持っていく物資の事だけど…………」
そして、会議が終わりキャンディが家に戻ると、工房の前ではネベルが帰りを待っていた。
ネベルを見ると、キャンディは何故かガッカリした顔になってこう言った。
「あぁあぁぁ………すみませぇん。ご期待に応える事が出来ませんでしたです」
「……そうか」
二人は工房の中へと入った。
そしてキャンディは武器の保管庫から、預かっていた大型刀剣エクリプスを持ってきた。
ネベルは再び、彼女に武器のメンテナンスを頼んでいたのだ。
キャンディはギア周りの細かな調整などの軽微な手入れの他にも、様々な改造を剣に加えていた。
外見からも分かるくらいに、はっきりとレリック同士の組成が異なっていたのだ。
「ネベルさん。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ネベルはキャンディからエクリプスを受け取る。
バルガゼウスとの戦いで傷ついた刃も美しく研ぎなおされており、レリックもより効率よく作動するような改造が施されているようだった。
しかしキャンディは、この見事な改造を自分で失敗だと言った。
「はぁ……。とりあえず説明させて頂きますです。まずエクリプスちゃんの剣撃形態から銃撃形態への変形をより高速化しました。戦闘の状況に応じて、バトルスタイルを即座に切り替える事が出来るようになっています。グリップにダブルトリガーシステムを採用しており、誤作動の心配もありません。次に内蔵されている反重力バランサーをuhO融合炉から切り離してエナジーバッテリーで稼働するようにしました。これでもしFBを放った後に戦闘継続の必要が生じても、剣の機能を多少は維持したまま戦えるようになりました。まあ、バッテリーは長くは持ちませんが」
「ム、そうか」
キャンディから熱意に溢れた綿密な説明を一通り受けると、ネベルは新しいエクリプスの試し切りを行った。
工房の開けた場所で剣を構え、連続で素早く空を斬り裂く。悪くない使いごごちだ。
さらに手もとで、追加機能のダブルグリップを強く握ると、自然な攻撃動作の流れでエクリプスは瞬時に銃撃形態へと変形できた。
以前までとは違い、変形の度に複数のギアやレリックを操作する手間がとても少なくなっていたのだ。
「……ククッ」
ネベルはにやりと笑みを浮かべると、満足気に背中のホルダーに剣を格納した。
「いい感じだぜ」
「ハハ、ありがとうございますです。さしずめエクリプスver1.1ってとこですかね」
─これでパッチ入っただけか─
ネベル自身はキャンディの施した改造にとても満足していた。
それゆえに、彼女がなぜこうも落ち込んでいるのかが不思議だった。
これで不服なのか。
そう聞くと、キャンディはさらに魂が抜けたようになってボソリと呟く。
「ふへへ。アタシはダメダメ~。ダメな仕立て屋なんです。はぁ……」
「ああ…… そんな事、ないんじゃないか。 俺はいい改造だと思うぜ」
これまで独りで生きてきたネベルは対人会話術に乏しかったが、彼なりに落ち込むキャンディを慰めようと思って言葉を選んでみる。
「ありがとうございます。意外と優しいんですね」
「ああ」
ネベルはこくりと頷く。
「ですが…… アタシはネベルさんの期待にこたえられませんでした。ネベルさんが要望していたFBの改造に関してはどうしても無理だったんです」
「…………!」
その時ネベルは、キャンディにエクリプスを預ける前に、ダメ元であるお願いをしていた事を思いだした。
それは、FBの発動後に生じる排熱形態の消失。もしくは排熱時間の短縮だ。
バルガゼウス戦の時は排熱モードのせいで余計に苦戦を強いられた。
なのであわよくばと思い頼んでいたのだった。
その事を、ネベルは今まですっかり忘れていたのだ。
いつの間にか、キャンディの目から悔しさのあまり涙が流れていた。
そして、鼻水をすすりながら彼女はこう言った。
「ひっぐ。ひっぐぅ!!」
(やべっ)
「すみまでんですぅ!!!どうしても融合炉が分かんなくてぇぇッ ひっぐ、む…無理でしたですぅ。ふぐぅぅう。アタシ、あの時あまり役に立てなかったから頑張りたかったんです。だけど……」
「あー……キャンディは充分頑張ってるんじゃないか」
「ほ、本当ですか?」
「ああ…」
─今更わすれてましたなんて言えないぜ─
「う゛う゛…………っへへ、そうですか。なら大丈夫です!」
キャンディは武器や機械の想いが人一倍強いあまりに、その分感情的になってしまう事がある。
だが彼女の頑張りや実力は、ダイバーなら誰もが知っている事なのだ。
そうして用事も済みネベルは宿に帰ろうとしたのだが、ふと彼はもう一つ用事を思いだした。
「そういえば……俺がバルガゼウスからもらった爪も預けてたよな。あれももう、エクリプスに組み込んだのか」
「うぅぅ……!すみまでんですぅ!!! 私じゃあ槍爪は加工できませんでしたですっ ひっぐ。伝説級の素材なんか扱った事なくて、いざ槌を振るったら稲妻が出て来て工房の機械が全部壊れちゃったです! うわぁぁぁん」
「…………はぁ」
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