第38話 希望の舟
生き狂いのバルガゼウスとの戦闘は、ダイバー達にそれぞれ大きなダメージを与えた。
エリクサーによりどうにか死は免れたものの、とてもこれから遺跡探索に行けるような状態ではない。
特にディップに関しては、TC‐30を取るために断崖絶壁をよじ登るという無茶がたたったようだ。
戦いが終わった今でも、彼は地面の上でぐったり寝込んでしまっていた。
そういうことで、遺跡の探索には比較的怪我の少ない望とネベルで向かう事になった。
こんなに苦労したのだし、ダイバー達は探しに来た旧文明の乗り物がそこにあるのかだけでも、確認しなければ気が済まなかったのだ。
「あんな激しい戦いをした後なんだし。ネベル君も外で休んでたら良かったんじゃない」
「ばか言うな。ダイバーでもない奴が一人で遺跡に潜れるはずないだろ……」
「でも…見るからにへとへとじゃない。見て。私だって武器を持ってるんだから」
そう言うと、望はネベルに自分のレーザーブレードを見せびらかした。
「ひょっとすると、今のボロボロのネベル君よりは強いと思うんだけどなー」
「……フン」
「アッ おいてかないでってば」
二人はネベルを先頭にして、旧文明の遺跡の探索を開始した。
扉を抜け、曲がりくねった細い通路をくぐり抜ける。
そこは大きな倉庫のような場所だった。
内壁は特殊金属ではなくコンクリート主体で作られており、かつて人間が生活していた痕跡を見つけることができた。
どうやら、ここはサイバーエイジよりひと昔まえの光の時代の遺跡のようだ。
当時は今より高い科学力があったが、光の時代の人間たちは仮想空間でなく現実空間で生活していたのだ。
「へー、遺跡ってこんな感じなんだね」
「ああ」
「ダイバーは続けて長い?」
「ああ」
ネベルは全く同じ調子で、同じ返答をする。
それまでの望の質問に、大して興味が無かったからだ。
「ピクシーちゃんの姿が見えないけど」
「アイツは……、今は眠ってるんだよ。きっと色々あって疲れたんだ」
「…………そっか」
ピクシーは失った魔素を回復するために、姿を消して体力を回復していた。
本人いわく二、三日眠り続ければ完全回復するそうだ。
無理をしていた事などネベルにはすべてお見通しだったが、ピクシーはその事をいつものようにおちゃらけながら誤魔化していた。
二人はその後、いくつかの部屋を通り抜けた。
その先で、飛行車両の格納庫を見つける事が出来た。
二輪タイプの飛行車両が、両脇に二台ずつ向かい合うように並んでいる。
「やったね。きっとキャンディちゃんの言ってた旧文明の乗り物だよ」
「いや、ここにあるのはどう見ても大型じゃない。おそらく目的のレリックはこの先にあるはずだ」
倉庫の奥にはさらに大きな扉が見えた。
遺跡の全体像から考えても、目的の物はこの向こう側にあると推測できる。
だがしかし、次の部屋へ進もうとした直後、ネベルは何者かの害意を感じ取った。
すかさず背中のホルダーからエクリプスを取りだす。
望もネベルの様子を見て、辺りを注意深く警戒しだした。
すると部屋の端の方から、いくつかの朧気な人魂のような光が出現した。
それらの光がだんだんとハッキリ見えるようになると、それは次々に部屋にある飛行車両の部品などの細々とした欠片を取り込んでいったのだ。
「ネベル君!」
「死霊系のモンスターの一種、レイスクラフターだ。かなりの雑魚だが、ああやって周囲にある無機物を使って、自分が憑依するボディを作るんだ」
ネベルの言った通り、いつの間にかレイスクラフターは集めた金属片を使って、人の形をした依り代を組み上げていた。
「下がってろ」
そう言うとネベルは、歪んだ形をした鉄人形の前に進み出た。右手には大型刀剣エクリプスが握られている。
それを見たレイスクラフターは、ガチャガチャと音を立てながらいきなり走りだした。
そして、目の前のネベルに向かって、大振りのパンチを繰り出す。
部屋中にドンという金属の塊がぶつかる衝撃音が響いた。
「ネベル君?! 大丈夫っ?」
ネベルが潰されたと思った望は、思わず視線をそらす。
だがパンチの当たった所に、ネベルの姿はすでに無かった。
敵の姿を見失いレイスクラフターも思わず首をかしげるが、その瞬間、
──ザシュ……
金属片でできた依り代人形は、刃で切り裂かれ真っ二つになっていた。
「……遅すぎるぜ」
何しろ、あのバルガゼウスと戦った後だ。
その時のネベルにとって、レイスクラフターの鈍重な動きなど静止しているも同義だったのだ。
そして残ったもう一体のレイスクラフターは、ネベルに背後から襲い掛かろうとした。
だがもちろん、ネベルにはそんな不意打ちなどお見通しである。
しかし、そこで想定外の事態が起こった。
―ッ しまった、体が動かない―
それは当然といえば当然。
あんな死闘の後なのだから。いきなり体に不調が発生しても不思議ではなかった。
先ほどと同じ大きな金属塊の拳がネベルの頭蓋に目掛けて勢いよく迫ってくる。
だがその直後、吹き飛んだのはネベルではなく鉄人形の首だった。
体の感覚が戻ると、ネベルは急いで振り返った。
魂の抜けたレイスクラフターの背後には、薄紅の光を放つレーザーブレードを振り切った望がいた。
「フゥー………… どうかな、けっこうやると思うんだけど」
「…まあまあだな」
その後、さらに奥の部屋で、二人はついに目的のレリックを見つけた。
それはなんと、全長55メートルもある大型の飛行船だった。
機体は青白く美しい金属で造られていた。
前部にはコックピットと思わしき楕円体があり、その後部からは機体のほとんどを占めるとても長い三角形の尾翼が伸びていた。
「すごい! これだけ立派な船があれば、きっと西大陸にもすぐに行けるね」
望は飛行船をみると、嬉しそうにそう言った。
ネベルは目の前の飛行船に近づいていった。数々の遺跡を探索してきたネベルでも、こんなに大きな遺物は見た事が無かったので正直驚いていた。
ふと、飛行船の外殻を見ていたネベルは何かに気づく。
「何か書いてあるぞ。……アルファベットじゃないな。なんて書いてあるんだろう」
ネベルは父ゲバルの電子端末で旧文明の文字や知識をある程度学んでいた。
だが彼の持っている知識では、飛行船に刻まれている文字を読み解く事は出来なかった。
「私、読めるよ」
ネベルの後ろからひょこっと顔を出すと、望はそう言った。
「昔、読んでもらった本に書いてたんだ。これはヘブライ語で、ティクヴァ。希望って意味だよ」
「へえ、希望……か」
ネベルのようにロボット工学に詳しくなくとも、一目見ればこの船が科学の粋を集めて作られたものだと理解できるだろう。
飛行船ティクヴァ。
果たしてこの船は、魔合で滅んだ人類文明を救う希望の箱舟となりえるのだろうか。
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