第29話 刹那‐X‐
─プシュ~ ガチャガチャ………
ほんの数十秒前だ。円筒状の排熱装置が格納されて、ついにエクリプスの排熱処理が完了した。
あとは残された切り札。フェイタルブランドを当てるだけだ。
ネベルはバルガゼウスから距離を取ると、エクリプスを素早く銃形態に変化させた。そして高威力の銃弾を連続で3発撃ちこむ。
バルガゼウスは、ネベルの急激な戦闘スタイルの変化に完全には対処出来なかった。
硬い腕の鱗でとっさに防御を試みたが、一発だけもろに喰らい僅かにヨロめいたのだ。
その隙をネベルは見逃さなかった。
エクリプスを変形させ、必殺のカートリッジを装填する。
「この勝負、俺の勝ちだ!」
─…バリ ドゴゴゴゴゴゴゴッ!!!─
直後、勝利の確信さえも掻き消えてしまう程の凄まじい雷鳴が轟いた。
バルガゼウスの切り札。雷魔法だ。
〈「この手は正直使いたくは無かった。貴様との戦いは楽しめたがこれまでだ!」〉
顕現した大きな雷球は、いくつも枝分かれしながらネベルに向かって襲い掛かった。
ハッキリと視覚できるほどの超高圧電流だ。かなりの魔素(魔法を使う時のエナジー)が込められている。
無防備にどれか一つにでも触れれば命はないだろう。
最大のピンチ。
しかしこの時ネベルはニヤリと笑わずにはいられなかった。
「この時のために、俺はエナジーを温存していたんだ!!!」
ネベルは残ったエナジー瓶をすべて使い、自分の前に反射魔法を展開した。
雷魔法は反射魔法に当たると、すべてバルガゼウスの方へ跳ね返っていった。
―そのまま、自分の雷に焼かれろッ―
跳ね返った雷はバルガゼウスにすべて直撃し、正面からは爆発が起きたような轟音が連続して聞こえた。
「……よしッ」
戦闘中、彼がずっと考えていた魔法カウンターが成功した。
雷に打たれ奴はすでに瀕死。そう思ったネベルは、追撃を加えようとエクリプスを構えて最後の突撃を仕掛ける。
だが、砂埃の中から出て来たのは、黄金の鎧の上にさらに稲妻を纏い能力を上げていた、瀕死とは程遠い姿のバルガゼウスだった。
「な、……何だと?!」
〈「人界の剣士よ。見事な策略だ。だが我に雷は効かぬのだ」〉
「クッ………」
バルガゼウスは槍爪に自らの電撃の魔法を蓄えはじめた。
残りの雷は全身に均等に配置することで、神経の伝達速度を最速まで早める。
そしてネベルに狙いをつけ、最後にして究極の一撃を放った。
〈「…………さらばだ!!!」〉
ズドンッ
……その時、一発の銃弾が放たれた。
銃弾には、先ほどエクリプス(銃撃形態)でダメージを負ったバルガゼウスにとって、攻撃を躊躇させるには十分な存在力があった。
遠距離からの射撃に気が付いたバルガゼウスは、途中まで発動させていた必殺の突きを中断し、とっさに回避を優先させる。
ズドンッ
ズドンッ
「いけぇぇぇぇぇ!!!」
どこか遠くから、聞き覚えのある声も聞こえて来た。
「やれッ 勝てネベル!!! もし負けたりなんかしたら、今度は俺がお前をぶち殺してやるからなッ」
ディップは崖をよじ登りTC-30の元までたどり着いたが、来た道を同じように戻っては決着まで間に合わないと悟った。
そこで彼は崖の中腹からライフルを放り投げて、マックの所に銃を届けたのだった。
「……フン、うるせえなぁ。 言われなくても俺は勝つさ!」
ネベルはエクリプスのギアを操作してリミッターを解放した。
刃が赤熱状態になり、3秒間だけのスーパーアドバンテージを手に入れたのだ。
だがバルガゼウスも、即座にこの技の危険性を感じ取っていた。
奴は雷エネルギーを足に集中させ、今にもネベルの攻撃射程から逃れようとしている。
──この機会を逃せば、もう二度とネベル達に勝機は訪れない。
仲間が作ってくれたこの一瞬を、ムダにするわけにはいかないのだ。
「そうはさせるかぁッ!!!」
ネベルは渾身の力で飛び出すと、前に向かって思いっきり腕を伸ばした。
そして手の先からロープのような蔦を発生させ、それをバルガゼウスに巻き付ける。
ブラックバインである。
エナジー瓶はもう残っていない。
体内魔素の使いすぎは命を削る可能性があったが、この戦いに負けるよりかはずっといい。
しかしどういうわけか、血反吐を吐くつもりで全力で魔法を行使したのにも限らず、必死の覚悟のせいかネベルの身体へのダメージは想定よりもずっと少なかった。
─これならいける…!─
バルガゼウスに巻き付けた蔦を掴むと、彼は思いっきり引き寄せた。蔦で繋がれた両者の距離が一気に縮まる。
ネベルは剣を持つ右手に力を込める。
バルガゼウスも迎え撃つべく、槍爪を構えた。
「雷轟破車。……砕けちれっ フェイタルブランド!!!」
エクリプスの斬撃はバルガゼウスの中心を捉えた。
そして赤熱した刀身は、黄金の鱗すらものともせずに斬り裂いたのだ。
─バチッ バリバリ……
バルガゼウスの体が裂け、そこから体内の雷エネルギーが放散される。
魔界の覇者─生き狂いのバルガゼウスは、ついにダイバー達の手によって倒されたのだ。
「勝った……! ネベルさんが勝ったんだッ」
「ネベル君。やったね」
離れた場所で戦いを見守っていた他のダイバー達も、ネベルが掴んだ勝利を目撃して歓喜に包まれていた。しかし、
〈「……見事だ。人界の剣士」〉
「なんだと!? まだ生きてるのか」
ネベルは驚いて後ろを振り返った。
信じられない事に、そこにはまだバルガゼウスは立っていたのだ。
フェイタルブランドで斬られた腹部にはとても大きな穴が空いており、その傷は自身の稲妻でさらに焼かれていた。
「クソ、まだやる気か」
ネベルはエクリプスを構えた。
剣は再び排熱モードに戻っていた。
すると、それを見たバルガゼウスはこう言った。
〈「その必要はない。我はもうすぐ死ぬのだ。人界の剣士よ。貴様は我に勝利した。コレを受け取れ」〉
するとバルガゼウスは、自分の槍爪の一つを抜き取り、それをネベルに渡した。
「これは?」
〈「我が槍こそ闘争と力の証。槍には雷の魔力と我の権能のすべてが詰まっている。存分に使うがいい」〉
「なぜ、俺に渡す」
〈「我は死ぬが槍が貴様の元にある事で、死してなお闘争を続ける事が出来る。……今度こそさらばだ人界の剣士よ。貴様に地獄のような戦いの日々があらん事を」〉
そう言い残すと、バルガゼウスは塵となって消えうせた。
後には半ば無理やりに渡された槍爪が腕の中でキラキラと輝いていた。
しばらくして、ネベルの元にダイバー達が集結した。
彼らは皆、ネベルの勝利を称えた。
「ヘイ、よくやったよネベル。まさか本当にあのバルガゼウスを倒せるなんて」
「ああ……、あの狙撃はあんただったのか」
マックの担いでいた旧文明の大型狙撃銃を見て、ネベルはその事に気が付いた。
「ハハ……ソーリー。戦いに横槍を入れてしまって悪かったね」
「…………いや、助かったよ。正直いうとかなりギリギリだったんだ。みんなありがとう」
「オウ!イエス! そんな事ないさ。困ったときはお互い様だろ?」
「フッ ……ああ」
ネベルはそう言うと、小さく笑みを浮かべた。
その様子を見ていたロンド達はネベルの事を不審がった。
「ネベルさんどうしたのかなぁ。あんな風に優しく笑うなんて……。まさか戦いすぎて、頭がおかしくなっちゃったのかなぁ?」
「ア、アタシはそんなことより、エクリプスちゃんの方が心配ですぅ! こんな短時間に二回もフェイタルブランドを発動したんだから、エネルギー系統に相当な負荷がかかっているハズ…………。はぁっはぁっ、早く診てあげたぁい!!!」
二人は少しだけ動揺していたようだ。ネベルの心情の知っていた望はそれを見てクスクスと笑っていた。
するとその時、どこからともなくピクシーが現れた。
そしてふらふらと宙を飛んできて、ネベルの頭に着地をした。
「いやー、みんなよくやったわ! 流石ね!」
「あ~! 今までどこに行ってたんだよぉ! おれたちを置いて、一人で逃げたんだろぉー」
ロンドはピクシーにそう言った。しかしピクシーも負けじと言い返す。
「うるさーい! アタシはか弱い妖精で乙女なんだから、仕方ないとは思わないのかね?」
「うぐぐ、たしかに……」
「そうでしょう! 分かればよろしい」
「はい…………」
ピクシーwin.
自分より何倍も体の小さなピクシーに言い負かされたロンドは、落ち込んでその場でいじけだした。
一見、ピクシーは普段と変わらないように見えた。
しかしネベルは、彼女の些細な変化に気が付いた。
「……おい、お前なんか疲れてないか?」
「ふぇ!?! え? な、なんの事かなぁ?」
「なんていうか、いつもより数倍トロいぜ」
ピクシーは明らかに動揺していた。よく見れば顔色も優れないようだ。
コイツは全く戦ってないのにどうして。ネベルはそう思っていると、先ほどの戦いの最後の勝負所でエナジー枯渇状態で無理やりブラックバインを使ったにもかかわらず、不思議な事になんの代償も起きなかった事を思いだした。
「まさか、お前…………」
「ヒュー ヒ、ヒュ~ 何のことかな? アタシ、さっぱり分からないよ」
これは何の関係もない事だが、体内魔素の過剰消費は身体のほとんどが微精霊で構成されている妖精にとっても、命に関わる危険な行為であるのだ。
(…………お前もサンキューな)
「え、今なんか言った? 何? サン……なんだって?」
ボソッと言ったつもりだったが、ピクシーの小さな耳は自分に都合のいい言葉だけはよく聞こえるようになっている。
「チッ ………ああ、後で説教だって言ったんだよ! あと、当分の間はおやつ抜きだからな」
「ええ~ それはないよぉ」
そんな他愛のない話をしていると、ようやく崖上まで登っていたディップが戻って来た。
一番最初に、弟のデルンが彼の荷物を持って出迎える。
「兄さん。お疲れ様でした」
「ああ、服ありがとうな」
「兄さん、僕強くなります。知識だけじゃくて、実践でも兄さんやみんなの役に立てるような勇気を身に着けたいです」
「デルン……大きくなったな」
「な、なにを言うんですか。そういうのは小さな子供に言うセリフですよ」
「ハハハ、そうかもな」
そう言った後、ディップはおもむろにネベルの前まで歩いていく。
そして頭をポリポリとかきながら、どこか照れ臭そうにしながらこう言った。
「あの~なんだぁ。お前の事、少しだけなら認めてやってもいいぜ。 まあ、俺には及ばないが、少しはやる奴だってのが分かったからな。…………改めて、これからよろしくな!ネベル!」
ディップの気持ちは本心だと分かった。それにネベルもこの戦いを通してほんの少しだが、ダイバー達の事を認め始めていた。
「フッ」
だがしかし、彼は改めて目の前の光景をみる。
大男が頬を赤らめながら、満面の笑みで握手を求めてきているのだ。
決してディップには他意は無いのだが、それを見たネベルは素直に感想を述べた。
「………………………………………………………………きも」
ディップの顔はますます赤くなった。大激怒だ。
そしてネベルにつかみかかると、ボロボロの身体でもお構いなしに殴り合いを始めた。
「でんめぇ、こんのッ」
「雷轟破車!雷轟破車!」
慌ててダイバー達は、激しい取っ組み合いを始めた二人を止めようとする。
ピクシーは死闘の後だというのに子供のように夢中で喧嘩する二人を見て、「やれやれ」と肩を落とすのだった。
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