第26話 二匹の獣
ネベルは自分の背中に隠れていた望の手を取り、彼女にこう言った。
「望。ここは危ないから離れていろ。そして俺が戦っている間に、ピクシーと協力して怪我をした他の奴らも安全な場所に移動させておくんだ」
「ええッ 独りよがりなあなたがそんなことを言うなんて。 ……でも、ネベル君は? 大丈夫なの」
「フン、心配ない。何故だか分からないけど、今までにないくらいとても頭が冴えているんだ。今ならきっと何でもできる。そう思えてしかたがないくらいに」
「そうなんだ…………。分かった、ネベル君を信じるね」
「ああ」
望が離れて行った後、戦いはすぐに始まった。
バルガゼウスは右腕の甲から槍爪を展開させると、ネベルに向かって高速移動で接近しながら思いっきり殴りかかった。
迫りくる槍爪の斬撃を察知したネベルは、迷わず反対側に避けようとした。
「お前が速い事はもう知っている!」
それに既に一度、攻撃を受けていた為、爪の持つ破壊力も身をもって知っていた。
あの槍爪を、大型刀剣で受けきる事は不可能だ。
ネベルは槍爪を華麗に回避した。だが、まるで避けられる事を予測していたかのように、バルガゼウスは続けざまに左足を蹴り上げた。
鱗に覆われたその頑強な竜の脚は、ネベルの急所を的確に狙い澄ましている。
しかしその瞬間、ネベルの反応速度はバルガゼウスの戦闘経験値を凌駕した。
彼は自らの置かれた状況を瞬時に判断すると、僅かに空いていたバルガゼウスの胴体と蹴り上げた足の隙間に、自身の体をねじらせるようにして飛び込んだ。
糸を縫うかのような繊細な動きにより、ネベルはバルガゼウスの二連続攻撃をすり抜けたのだ。
〈フシュ―…………〉
一瞬の攻防の後、二匹の獣は互いに距離を取り、再び静かな戦いを始めた。
嵐の前の静けさという奴だ。
バッ……バッ……バッ
ネベルはバックステップで後退した後、サッと視線をポーチに移し自分の持ち物を確認した。
手もとには携帯用のエナジー瓶が2つとカートリッジが1つ。
残ったエナジー瓶で使える魔法の数は………、
・ヒートヘイズ 2回
・ブラックバイン およそ6回
ただリフレクトマジックに関しては消費エナジーが激しくできるだけ使いたくは無いところだ。
それにこの数は最大数であり、もしブラックバインを4回使えば、ヒートヘイズは一度も全力で撃つことはできないだろう。
一応、瓶がなくとも、体内の微精霊を使用すれば魔法を行使する事ができる。だが身体の中のエナジーが枯渇すると、最悪の場合は命に関わるのだ。
ネベルは最初の一瓶を開けた。
「よし、仕掛けるぜ。 灰燼と化せ……ヒートヘイズ!」
詠唱により瓶の中の微精霊は火炎球へと形態を変化させた。火炎球はバルガゼウスに向かって一直線に向かっていった。
ただの人間が魔法を扱えるとは思っていなかったバルガゼウスは、ネベルの炎魔法を見てとても驚いた。
しかし、ヒートヘイズの攻撃速度はそこまで速くはないのだ。バルガゼウスは火炎球の上を飛び越えるような跳躍をして、容易く攻撃を躱した。
だが、これはネベルの狙い通りだった。
次の瞬間、バルガゼウスは困惑した。なぜなら炎の先に魔法を放ったハズのネベルの姿は無かったからだ。
「そこだっ!!!」
隙をつき、射出したヒートヘイズの炎に隠れるように自分自身も前進していたネベルは、さっき頭上を飛び越えていったバルガゼウスの背後から、その首元に目掛けて思いっきりエクリプスで斬りつけた。
ヒートヘイズの零れ火を纏った大型刀剣が宙を舞う。
ネベルも今の攻撃に手ごたえを感じていた。現に、エクリプスの刃は、黄金の鱗で覆われたバルガゼウスの肌に斬り傷を刻みこんだのだ。
しかし、決定的なダメージには程遠い。
バルガゼウスはゆっくりと振り返ると、まるで「今、なにかしたか?」とでも言ってるように余裕ぶった目つきでネベルの事を見下ろした。
―クッ やっぱりコイツを倒すには、フェイタルブランドが必要だ―
バルガゼウスは鋭い突きを放った。再び息もつかせぬ神速の攻防が始まる。
エクリプスの排熱完了まで、残り?分。
ブックマーク、☆☆☆☆☆評価、感想など
お待ちしております。