第25話 降りかかる不条理を越えて
ネベルと望が元居た岩山の頂上に戻ると、そこに居たダイバー達は全員、バルガゼウスによって倒されてしまっていた。
辺りにはバルガゼウスとの銃撃戦の形跡があった。
高温に熱せられた大量のエナジー弾丸のせいで気温まで上昇しているようだった。
「ぐっ 逃げろ……望ちゃんをつれて…………」
そう言うとディップは、地面の上で苦しそうにもがいた後、パタリと気を失った。
他のダイバー者たちも辛うじて生きてはいるようだったが、皆キズを負い地面に倒れていた。
黄金の鱗を纏ったパーサーカーは、両手の爪をカチカチと鳴らす。
そして岩山の麓から登って来たネベル達の存在に気がつくと、こちらを鋭い眼光でギロリと睨みつけた。
その瞳には、ただ純粋な闘志が宿っていた。
望は怯えてネベルの背中に隠れた。
そしてネベルはエクリプスを抜くと、剣先をバルガゼウスの方に向けた。
─どうする……このまま真向から戦っても、果たして勝ち目はあるのか?─
すると驚くべき事に、バルガゼウスは人間の言葉を介してネベル達に話しかけてきたのだ。
〈「…………人界の剣士。貴様は我と戦うに値する者か! ガガガガァァァ!!!」〉
地面が轟くような凄まじい咆哮。その威の前で常人なら立つことすらままならないだろう。
ピクシーは咆哮の勢いで紙切れのように吹き飛ばされ、望は自分の身体を支える為に背中からネベルをがっしりと抱きしめた。
……そして、ネベルは焦燥を感じていた。
今までに無い伝説級の強敵を前に、不完全な状態で戦わなくてはならないのだ。
しかも、最後に残った仲間は、戦う事の出来ないお荷物だらけだ。
ハッキリ言って、この時のネベルに勝てる自信は無かった。
ふとネベルは、エクリプスの排熱状態を示すメーターを確認した。
(……あと10分以上もあるのか)
排熱が完了するまで、奴の素早い攻撃を捌き続けるなんてのは絶対に不可能だ。
同じ理由で、逃げる事も叶わないだろう。
「クソッ なんでこんな目に……!」
この状況、本当に不条理の極みだ。いつものように戦いを楽しむ余裕さえない…………。
だがしかし、そうやってグチグチと現状を嘆いていたネベルだったが、いつの間にか自分の心が弱気になっている事に気が付いた。
強大な敵を前にして焦って動揺している様子は、傍からみればひどく滑稽に見えただろう。
そう思った途端に、自分自身がとても弱く小さい存在に思えてきたのだ。
─俺の求めて来た強さは、こんなものだったのか?… … … …………
(「…分かったか?不条理に負けるんじゃないぞ…………」)
迷いを感じたネベルの脳裏に、ぼんやりと幼き日の父の言葉が浮かびあがった。
今までネベル・ウェーバーは、モンスターが跋扈する混沌の世界を生き抜く為にたった一人で戦い続けてきた。
この世界では弱い奴からゴミのように死んでいく。
あの黒魔法使いのゴロツキ集団─ファントムローゼに滅ぼされたコロニーのように。
この世界という不条理に抗う為、ネベルは己の力をひたすら磨き続けた。
さらに、フェイタルブランドという絶対の奥義も手に入れて、彼は強さの限界値にも充分達したと思っていた。
だがそんな中、自分の中に弱さを感じ始めたのはつい最近の事。ダイバーシティに来て、仲間と大勢で行動するようになってからだ。
それが原因だと思っていた。余計な仲間がいるせいだと。
自身と周囲との戦闘力の差が歪みとなり、自分の強さが低下してしまっている。
もしくは仲間がいる事で、気づかないうちに自らの中で甘えが生まれているのかもしれない。と。
しかし、それは間違いだった。
さっきも望がエリクサーを飲ませていなければ、ネベルはバルガゼウスの前に立つ事すらできていない。
もちろん。周りが足手まといになってしまう事もある。
だがそれすらも、モンスターと同じように、自らの目の前に立ちはだかる不条理にすぎないのだ…………。
──今までずっと一人で生きてきたネベルは、その事実にここで初めて気づく。
「ああ、そうか……。仲間がいるとその分余計に勝たなきゃいけない。不条理な事が増えるんだ」
「ネベル君…………? えッ!!!」
彼の背中からそっと顔を覗き、望は驚いた。
なぜなら、これから勝てるかどうかも分からないモンスターとの死闘の前だというのに、ネベルはにやりと笑っていたからだ。
「クク……そうか、分かったぞ! 俺はまだ戦ってすらいなかったんだ。
だが誓うぜ。俺はいつか、すべての不条理に打ち勝つ。勝てるだけ強くなるッ。
バルガゼウス!お前にも必ず勝つぜ!!!」
〈「……いいだろう。人界の剣士よ。かかって来るがいい!!!」〉
エクリプスの排熱完了まで、残り10分。
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