第24話 過失
戦っているのはゴツゴツした起伏の激しい地形で、バルガゼウスから身を隠すには最適の場所だった事は僥倖だった。
マックはある切り立った岩の影から、こっちに向かって走って来るディップ達に手を振って呼びかけた。
「オーイ! 二人ともコッチだ!」
するとディップ達も岩場に隠れていたマックとキャンディに気が付いた。
「走れデルン。もっと走れ」
「ハァハァ、もう限界まで走ってますよっ」
全員が合流したら、マックの背後の坂道から即座に撤退するつもりだった。ダイバー達はその坂道を登って岩山の上まで来たのだ。
だが突如、全力疾走しているディップ達の背後で凄まじい爆発音が聞こえた。
爆発音は手榴弾の物とは明らかに違っていた。
彼らが驚いて後ろを振り向くと、せっかくの煙幕は綺麗さっぱり消え去っていて、そこからバルガゼウスが姿を現した。
その時デルンの視界にはバルガゼウスの体が黄金に光輝いているように見えた。
それは錯覚などではなく、バルガゼウスが煙幕を吹き飛ばす際に使用した雷魔法の余波により鱗が電気を帯びていたのだ。
「うわぁぁぁ 来るなぁぁ!」
圧倒的な力を持つドラゴンの姿を見たデルンは、パニック状態になり思わずエナジーライフルの引き金を引いた。
「や、止めろ! オイこら、止めるんだデルン! まだ奴はこっちをみていない。落ち着け」
「はぁ……、はぁ………」
ディップの制止は一足遅かった。
デルンの銃声で、バルガゼウスは逃げようとしていたディップ達の居場所を突き止めてしまったのだ。
慌ててロンドは、もういちどスリングショットで煙幕を展開しようとした。
しかしバルガゼウスが放つ雷魔法により煙幕はすぐに蹴散らされた。
そして邪魔な遮蔽物が無くなると、バルガゼウスは突撃態勢を取る。
「ご、ごめんなさい。 兄さん…………」
──ネベルはもう戦えない。
望はそう思った。
ネベルの身体はとても酷い状態だった。
血だらけの上、全身の骨が折れているようだ。
こんな大怪我でもまだ生きているのは、それがネベル・ウェーバーだからだ。と言う他ない。
「ネベル君っ ネベル君ったら! お願いっ、目を覚まして!」
望はしゃがむとネベルの耳元に向かってそう呼びかけた。
すると何度か声をかけているうちに、ネベルの身体がピクリと動いた。
「…………んん……痛つっっ」
「ああっ、よかった! 気が付いた」
「俺は……一体」
ネベルは自分がおかしな姿勢で坂の下で倒れている事に気が付いた。
「どうしてこんな場所に…………そうだ。あのドラゴンに飛ばされたんだ」
「そうだよ。みんなまだ戦ってるの」
望はネベルが倒れていた間に決定した撤退作戦について説明した。
そして、キャンディから預かっていた医療セットを取りだすとこう言った。
「応急手当をするよ。本当はディップさん達の所にあなたを連れて行きたかったんだけど、その怪我じゃ無理でしょ。だから、ここで待ってて」
「…………そうか。俺は負けたのか……」
「あの~、話聞いてます?」
医療セットは小さく簡易的なものだったが、ケースの中には患部の出血を止める塗り薬と包帯が入っていた。これらはネベルの手当に役立つ。
望は最初に塗り薬を使おうとして、蓋を開け薬を指につけた。
だがその時、どこからともなくピクシーが姿を現した。背中の四つ羽がキラキラと輝いている。
そしてピクシーは、咳込むような勢いで、ネベルの腰の辺りを指さしながらこう言ったのだ。
「そこ! ズボンのポケットを調べてみて。ネベルはいつもそこにエリクサーをしまってるんだよ!」
「えっ、何??」
望はピクシーの言うエリクサーが何の事なのか分からなかった。
しかしそれを聞いたネベルは、急に慌てた様子を見せた。
「よせっ ただの骨折程度でエリクサーを使えるわけないだろ!!」
「はははっ 1ミリも動けないくせに強がっちゃって」
「強がってない! ……おい、やめろっ」
「望、ネベルの事は気にしないでいいから。早くやっちゃって」
エリクサーとは、魔界に存在する神秘から作られた万能回復ポーションの一種だ。
ポーションの中でもはエリクサーは最上級の効果を有していた。
失われた身体の部位も瞬間的な再生が可能で、条件はあるが戦闘中に心臓が止まった者の魂を呼び戻す力も備えていたのだ。
望はエリクサーにそんな効果があるなど全く知らなかったが、ネベルの慌てぶりとピクシーの熱烈なセールスからエリクサーの使用を決めた。
ネベルのズボンのポケットに手をつっこむとその中を探った。
すると香水を入れるような煌びやかな色ガラスの瓶が見つかった。
半透明の小さな瓶の中には透明な液体がほんの少しだけ入っていて、原理は分からないが瓶の中には不思議な光の玉が浮かんでいた。
「これでいいの? でもどうやって使うの」
「テキトーでいいよ!」
「テキトーって…………使い方とかないの?」
「うーん、全部飲ませればいいんじゃな~い?」
それを聞いたネベルは、出血して血の気の引いた顔がますます青くなった。
危うく発狂しそうなレベルだ。
エリクサーとは1瓶で小国が買えるレベルの秘薬なのだ。
ネベルは万が一に備えてそれを持っていた。
そして、治療に使用するにはたった一滴でも充分だ。…………充分なのだ。
「ふざけんなっ ピクシー!やめろッ んぐっもががが…………」
「はーいネベルちゃーん。お口あけましょうねー」
「ああぁぁぁ……………………」
ピクシーは地面に横たわるネベルの顔の上に乗っかると、両手で口を無理やり開かせた。
普段なら、ピクシーなんかの腕力に屈することなどないが、今のボロボロのネベルには為すすべもなかった。
ネベルの口の中にエリクサーの溶液が流し込まされた。残さず全て。
「ど、どう? 良くなったの」
望は尋ねた。しかしネベルはピクリとも動かない。
その時には、ネベルの身体はとっくに完治していた。
しかし色々な新しい悩みが生まれ、ただぼんやりと空を眺めずにはいられなかった。
しばらくして、ネベルはあり得ないほどスクッと素早く立ち上がった。
そして近くに落ちていたエクリプスを拾い上げる。
「いくぞ。今度こそ、絶対ぶっ倒してやる」
「よ! それでこそ不可視の獣だよ!」
「……クッ うっせぇ!!!」
エクリプスの排熱完了まで、残り15分…………
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