第23話 バルガゼウス
彼らの目の前にいる血に狂ったドラゴンは、魔合で二つの世界が一つになる前から、すでに魔界で1000年近くに渡り恐れられてきた存在だった。
生息域を一か所にとどめることなく風のように各地を彷徨い、あらゆる生物を手当たり次第に殺して回った。
その為、エルフやドワーフ、ゴブリンなど多種多様な種族がこのドラゴンの犠牲となった。
また、戦闘時に得られるアドレナリンの量が多いという理由で、より強者との戦いを好む性質があった。
自分より強い生物と戦い続けた個体は、際立って高い戦闘スキルを身に着け、いつしか生き狂いのバルガゼウスと呼ばれるようになったのだ。
エクリプスの排熱完了まで、残り29分…………
ダイバー達は未曽有の脅威を目の前にし、どうすればこの危機を乗り越えられるか分からずにいた。
頼りにしていたネベルも、今では戦闘力が激減してしまっている。
「チッ 考えなしに奥義なんて使うんじゃねーよ」
「フン……さっきまでびびって漏らしてた奴に言われたくはないな」
「はあ? なんだとてめえっ ……びびってなんかねーシ」
「へえ、そうか?」
ネベルが挑発すると、ディップはネベルの胸倉をつかんで殴りかかろうとした。
しかし、望が二人の間に挟まって喧嘩を仲裁する。
「二人とも!!! やめてってばっ 今はそんなことしてる場合じゃないでしょ!」
「でもッ 不可視の野郎が……」
すると、マックもディップ達を諫めるようにこう言った。
「ヘイ、望の言う通りだ。味方どうしで争うのはやめるんだ。 それに……、そろそろあのモンスターも動きだしそうだよ」
「なんだと」
バルガゼウスは、今までレッドドラゴンの食事を続けていただけなのだ。
しかしそれも今終わった。
食事の最中に逃げ出す事も考えられたが、食事中の奴にも隙はなく、迂闊な行動は死を招くと分かっていた。
「どけ。俺がやる」
そう言うとネベルは、ディップを押しのけバルガゼウスに近づいて行った。
「オイこら。待てこら」
「いや、あのドラゴンと正面から戦えるのは彼だけだ。オレたちはサポートに回ろう」
「……チッ、悔しいがそうかもな」
ネベルはしかたなく機能が完全停止したままのエクリプスを構え、目の前の化け物竜と対峙していた。
ハーピィ程度の相手なら今の状態でも充分戦えるが、バルガゼウス相手にただの切れ味の良い剣ではかなり心もとない。
必ず、一瞬の油断が命とりになるだろう。
なのでネベルは、エクリプスの切先を向けたまま、決してバルガゼウスから目を逸らさなかった。
──しかし、その意味は全く無かった。
突然、バルガゼウスの姿がその場から消えうせたのだ。
ネベルはいつの間にか、速すぎる奴の残像を錯覚していた事に気づく。
「ヘイ、ネベル! 後ろだ!」
マックの声でネベルは素早く振りかえる。すぐ目の前にバルガゼウスの顔面が迫っていた。
命の危険を感じ、咄嗟にエクリプスで攻撃の防御を試みる。
ガキィーーーーーーン……ッ
「ううっ……!」
超スピードで背後に回り込んだバルガゼウスは、ネベルに槍爪による刺突をお見舞いした。
エクリプスの剣身にぶつかり、キィンという甲高い金属音が響く。
咄嗟のガードが間に合っていなけば、槍爪は今頃ネベルの心臓を貫いていたことだろう。
ネベルは衝撃を受け止めきれずに、そのまま背面の谷に吹っ飛ばされてしまった。
ダイバー達の視界から、ネベルの姿が消え去る。
でもあと少し角度がずれていれば、切り立った岩山から数百メートル下の大地に叩き落されていたかもしれないから、これでも運が良かった方だ。
そして、容赦のない猛攻は続く。
バルガゼウスは吹き飛んだネベルに更なる追撃を加えようと、まるで陸上選手のように足を屈伸させ加速の姿勢を取ったのだ。
このドラゴンの機動性能なら、吹き飛ばされている途中のネベルに追いつくことも十分に考えられる。
その事に気づいたディップは、咄嗟にデルンに合図を出した。
「撃てッ 撃てーーーー!!!」
--ズバババッ --ズバババッ
エナジーライフルによる一斉掃射を行うバーンズ兄弟。
バルガゼウスの黄金の鎧に阻まれ、攻撃は全くと言っていいほど効いていなかったが、おかげでネベルへの追撃を逸らすことが出来た。
このまま撃ち続けても時間稼ぎにすらならない事、それは実際に戦っていたディップ達もすぐに痛感していた。
するとディップはエナジーライフルを撃ちながら、片手を上げて後ろにいるマックにハンドサインを送った。
撤退戦を意味するサインだった。
それを見たマックはロンド、キャンディ、望にある作戦を伝えた。
「ボーイアンドガールズ、頼みがある。ロンドはディップ達の援護。キャンディはオレの狙撃の補助をしてくれるかい」
「う、うん! おれ、頑張る!」
「ボーイ、ナイスガッツだ」
「はいなっ アタシに任せて下さいです。仕立て屋としてサポートするです」
「うん、頼もしいよ!」
「あの…………私は何をすれば…………」
望がそう尋ねると、マックはこう言った。
「望。君が一番重要だ。さっきあのドラゴンに吹き飛ばされていったネベルを見つけ出してきてくれ。きっと不可視の獣なら、あの攻撃でもなんとか無事なハズだ。この窮地から抜け出すには彼の力は必要なんだ。どうだろう。頼めるかい?」
「わ、わかりました。必ずネベル君を連れてきます!」
望はキャンディから簡易的な医療セットを受け取り、ネベルの消えた方向へと走っていった。
それを見るとマック、ロンド、キャンディもそれぞれの作戦行動を開始した。
「ディップさぁん! おれも援護しますっ」
徹底抗戦を続けていたバーンズ兄弟の元に駆け付けると、ロンドは自分の武器を取りだした。
彼の武器はエナジーライフルではなく、遠心力を利用する原始的な投石器だ。
マックから様々なレリックの使い方を教わっていたロンドは、投石器で飛ばす弾丸にアタッチメントのついた特殊なギミックを使用することが出来たのだ。
ちなみにその数々の特殊弾丸は、仕立て屋キャンディによる作だ。
「いけぇー!」
ロンドが投擲した弾丸がバルガゼウスの近くに落下すると、玉は中から二つに割れ大量の煙が発生した。それは煙幕だったのだ。
戦闘に特化した進化をしたバルガゼウスは、機動力に関わる脚部の筋力が強い代わりに翼の膜は著しく退化していた。
そのため翼で煙をかき消される事は無かった。
煙で視界を遮られ、バルガゼウスはこちらの位置を見失っていた。
そのうちにディップとデルンはバルガゼウスの側から退避を開始した。
しかし、ただ逃げるだけでは気が済まないのがディップという男だ。
鞄からおもむろに手榴弾を二つ取りだすと、一つをデルンに渡しこう言った。
「お前もこいつを投げるんだ。一泡ふかせてやろうぜ」
「ええっ そんな事より早くにげましょうよ!」
「オイこら。悔しくないのか? このままやられっぱなしじゃあ引けねーだろ」
「はぁ、わかりましたよ…じゃあ投げますよ!」
二人は同時に立ち昇る煙幕の中へと手榴弾を放り投げた。
その直後、煙の中からボンッと二回、大きな爆発音が聞こえた。
「やったか?」
「どうですかね? でも今のセリフで変なフラグが立ったかもしんないですよ」
いずれにせよディップ達のいる場所からは、立ち昇る煙のせいでバルガゼウスの姿を確認することは出来なかった。
「兄さん、もう行きましょう!」
「おう、そうだな。さすがにヤバいか」
そうして二人はその場から急いで離れ、少し離れた場所にいるマック達との合流を急いだのだ。
その頃、望は、遺跡のある岩山の一角から下った坂道の一番下で、だらりと横たわっているネベルを見つけた所だった。
望はネベルの姿を見つけると急いで駆け寄った。
そして彼女はハッとした
息はある。だが猛烈な勢いで叩きつけられた事で、ネベルの腕や足は反対の方向にねじれ曲がっていた。
これは、果たして無事といえるのだろうか。
エクリプスの排熱完了まで、残り20分…………
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