第22話 弱点
ここは赤い砂の上に乾いた風が吹き抜ける荒野だ。発見者の名前からポズーザ荒野と呼ばれている。
植物は背丈の低いものが僅かしか育たず、他にはゴツゴツした岩肌と微精霊の大きな結晶体があるだけで、普通の生き物の生息には厳しい環境だった。
こんなところで生きられるのは乾燥に強い鱗を持つ一部の爬虫類ぐらいだ。
先日、キャンディから聞いた話の内容とは、とあるレリックに関するものだった。
それは最近ポズーザ荒野で見つかった、遺跡に眠る大型レリックについての噂だ。
「アタシはそのレリックは、旧文明の乗り物だと思いますです。もしアタシの手で乗り物を使えるようにしたらネベルさん達の旅にも役立つはずです。それに私もレリックをいじれて嬉しいですし……うひょひょ」
「あ、ああ…… そうだな」
ネベルが改めて尋ねると、キャンディは不気味な笑顔を見せながらそう答えてくれた。
現在、ネベル達はポズーザ荒野の中心をヒポテクスに乗って疾走している最中だった。
目的地は荒野の先にある岩山の一角だ。
他のみんなも旅を短縮できる乗り物があるかもしれないと知ると、喜んで今回の遠征に同行した。
しかしマックだけは未だ不服そうだった。
「あの遺跡の存在はもちろん知ってたさ……。だがオレの推理だと、あそこに眠っているレリックは、きっと大型の流しそうめん機だと思うんだよね。ヘーイ、ボーイズエンドガールズ? 今からでも考え直す気はないかい? 行っても無駄足だぜ?」
ちなみに、この時のマックは流石に海パン一丁だけでは無かった。
彼が遺跡探索に出かける際には、その上から分厚い毛皮のコートを羽織っているのだ。
マックの主張に対し、キャンディはやや顔をしかめながらこう答えた。
「マックィーンさん。あの遺跡に埋まっているのは流しそうめん機ではありませんです! 遺跡の年代からしてまずありえないですし、そんな大きな流しそうめん機を作る意味が分かりません」
「家族用かもしれないじゃないか! 大家族の……」
そんな調子で、マックだけは最後までキャンディの提案に反対していた。
しかし事前の話しあいでもダイバー達の意見は変わらず、結局はキャンディの提案通りに、旧文明の乗り物を取りに行くことが決まったのだった。
「あきらめろマック。もう出発しちまったんだ。ダイバーならぐだぐたいうな」
「はぁ、分ったとも。ディップ」
ダイバー達はヒポテクスのスピードを上げた。
そして数時間後。
ネベル達7人のダイバーと妖精1匹は、無事に目的地までたどり着いていた。
だがそこで、全員が戦慄するものを見る事になる。
(グううう…………グううううう…………)
彼らの目の前では、なんとレッドドラゴンがいびきをかいて寝ていたのだ。
しかもその竜の足元に、地上に露出している旧文明の遺跡の入り口らしいものが見えた。
入り口の一部は微精霊により結晶化されているようだ。
ドラゴンはモンスターの中でも格別に強力な力がある。
その爪は鋼鉄をも斬り裂き、鱗はエナジーライフルの弾丸も容易く弾いてしまうのだ。
「オーマイガー! ほら、だからやめた方がいいって言ったんだよッ」
屈強な冒険者であるダイバー達にとっても、ドラゴンは非常に脅威的な存在だった。
「に、ににっ ににに、にいさーん! どうしよよよよよよ」
「あ、あ、あっ、慌てるなデルン! 奴はまだ眠ってる。それに俺達には気づいていないようだ。こっそりと背後に回れば問題は無い!」
そう言うとディップは、先陣を切ってレッドドラゴンの眠る岩山の一角に足を踏み入れる。
一歩ずつ、慎重に足元を確かめながら……。
だが次の瞬間、望は青ざめながらこう言ったのだ。
「ディップさん……前……。 ドラゴンの目がっ!」
ディップがハッとして見上げると、カッと見開かれたレッドドラゴンの瞳がこっちを睨みつけていた。
自らのテリトリーに侵入してきたディップの微細な動きや呼吸などの気配を察知し、奴は目を覚ましてしまったのだ。
ディップはたちまち、恐怖でブルブルと震え出した。
レッドドラゴンはゆったりとした動作で身体を起こすと、口を開けて毒素の含んだ吐息とともに、ダラダラと涎を滴らせた。
そして恐ろしい牙をみせつけながら、ディップの元に近づいていく。
「逃げて! ディップさぁん! 逃げてー!」
「どうしよう。ディップさんが、死んじゃう……」
皆、戦々恐々とうろたえる事しかできなかった。
危険なドラゴンの前で迂闊に動けば、ディップの命はすぐに消えてしまうのだ。
だがその時、この緊迫した状況にそぐわず、呑気に話しだす者がいた。
妖精のピクシーだ。
「みんな~、何をそんなに慌ててるの? 別にこんなの大したことじゃないじゃん」
「な、何をいってるの。あれはドラゴンなんだよ! どう見ても大ピンチでしょ?!」
「チッチッチ。ほんとうにそうかしら~」
「えっ、どういうこと?」
ピクシーの言葉に、わけも分からず困惑するダイバー達。
そして彼らの慌てる様子を見て充分楽しんだ後、ピクシーはレッドドラゴンなどというただの強力なモンスター相手には、全く怯える必要がない事を教えてあげた。
「フフフッ ただのドラゴン?? そんな雑魚モンスターは、最初っからネベルの敵じゃないってわけよぉ!」
そして時同じ頃、ネベルはレッドドラゴンに一撃をお見舞いする為、エクリプスを変形させて内部にカートリッジを装着させた所だった。
「…………魔素濃度安定。uhO融合率クリア。全リミッター解除。……行くぜ」
エクリプスの力を解放し、ネベルは一足飛びで前へと飛び出した。
いきなり目の前に現れたネベルに対し、レッドドラゴンは鋭い爪を振り下ろしてくる。
ネベルはその動きを完全に見切っており、最小限の動きで攻撃を躱した。
そして、そこからさらに数歩踏み出したネベルは、エクリプスのギアを操作し、最強の必殺技を発動させた。
「砕け散れッ フェイタルブランド!!!」
エクリプスの刀身が赤い閃光を纏った。剣が赤熱を纏う3秒間の間、エクリプスはどんな物でも斬り裂く無敵の力を得るのだ。
「来たァァァーー!!! フェイタルブランドっ やっぱこれだよ!!」
「おおおおおっ すげぇぇぇ!!! やっぱネベルさんカッコいいよぉぉ!!!」
「うひょー!!! エクリプスちゃん凄いです!!!」
たとえライフルの弾丸すらも容易くはじくドラゴンの鱗であっても、赤熱したエクリプスの前ではその硬度は無に等しい。
(ゴォオオゥ……! ドドドドドッ!!!!!!)
そして次の瞬間、激しい爆発が起きた。
辺りに土煙が巻き起こる。
誰もがネベルの勝利を確信していた。
だがしかし、土煙の中心に立っていたのはネベルでもレッドドラゴンでも無かったのだ!
「チッ 一体何が起こった」
「あれは……なに???」
そこにいたのは、何処からともなくやってきた烈々たる金色の竜。
まさに誰も見たことのないような格の違う存在だった……。
竜の両腕の甲には出し入れ可能な槍のような部位が存在しており、鍛えられた技と力でレッドドラゴンの頭部を寸分たがわずに貫いていた。
そして奴は手の槍をフォークのように使って、自分が殺したレッドドラゴンをボリボリと喰らっていたのだ。
土煙が完全に晴れた。
黄金の鱗を持つドラゴンは人間のように二足で立ち、眼下に立ち尽くすダイバー達を見下ろしていた。
(((ゴ………ォオオオォォ……………………ッ)))
すさまじい雄たけびが荒野に轟いた。
血に飢えるドラゴンは、新たな得物に目を付けたのだ。
「くっ…………アイツは何なんだ?」
「ま、まさかっ……」
デルンは唇を震わせながらこう言った。その手にはダイバー達の集めた情報がつまった電子端末を持っていた。
「こいつは、マジでヤバいですよ……。おそらく、この竜の名はバルガゼウス! 戦いで生じるアドレナリンを生命エネルギーに変換する真の戦闘狂です。遭遇したらまず生きていられない超最悪のモンスターですよ」
「はあ? なんだよそれ!! ふ、ふっざけんなよ」
だがロンドはこう言った。
「で、でも! またネベルさんが倒してくれるよぉ!」
「いや、無理だ……」
「へえッ!?」
ネベルの手にはエクリプスが握られていた。
しかし剣の赤熱状態はとっくの昔に効果を失っている。
そしてフェイタルブランドで生じた超高熱を冷却する為に、エクリプスは排熱形態へと移行していた。
「エクリプスの排熱形態中はすべてのギミックが一切使えなくなる。変形もできないし、フェイタルブランドも使えない。こんな状態で、あんなモンスターに勝てるとは思えない」
それまで後方からスナイパーライフルを構え、状況を静観していたマックはネベルに近づきこう尋ねた。
「ヘイ、ネベル。その排熱というのはどれくらいの時間がかかるんだい」
するとネベルはこう答えた。
「30分だ」
30分。それはこの狂ったドラゴンの前では、余りに長すぎる時間だった。
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