第21話 仕立て屋キャンディ
ネベルは見習いロンドと共に、〈ダイバーシティ〉の鍛冶職人の元を訪れていた。
エクリプスの刃を研げる場所を探していたところ、ロンドが自ら案内を申し出たのだった。
「ネベルさん。その武器のメンテナンスだったら、キャンディさんの所に持っていくといいっすよ!」
「キャンディ? そいつはたしか仕立て屋じゃなかったのか?」
「ええ、そうです。けれど服の仕立て屋の事じゃあないですよぉ。 遺跡から見つかったレリックを、エナジーライフルみたいなモンスターと戦える武器に改造してくれるんです。いわば、武器や兵器の仕立て屋ってやつですね!」
「武器の仕立て屋だって? 聞いたことがないな」
「腕はたしかですよ。キャンディさんならネベルさんのその武器も、きっと新品みたいにしてくれますよぉ!」
「……いや、俺はただ道具を貸してくれるだけでいいんだけど」
仕立て屋キャンディの工房からは白い煙が立ち昇り、火窯の熱気が少し離れた場所からも感じ取る事ができた。
また工房の中の壁には、彼女が作ったと思われる様々な形をした武器がいくつか飾ってあった。
カーン カーン
工房の奥から金づちを叩く音が聞こえて来る。
「キャンディさぁーん、お客さんですよ! 聞いてください。なんと、あの不可視の獣が来たんですよっ。キャンディさんに武器のメンテナンスをして欲しいそうです」
ロンドは工房の奥に向かってそう叫んだ。すると金づちの音はピタリと止んだ。
「オイ、エクリプスの手入れは自分でやるって言っただろ」
「まあまあー、いいじゃないですか。 あっそれより誰か来たみたいですよ」
しぶしぶネベルは、足音の聞こえてくる方向に目をやる。
だがしかし、薄暗い闇の方から徐々に見えて来たその姿は、どうやら人の姿をしていないようだった。
建物の奥から四足歩行で地面を這いずり回り、カサカサと蜘蛛のように動いているのがかろうじて見え、驚いたネベルは咄嗟にエクリプスを抜いた。
「な、なにがいるんだ?」
「大丈夫ですよぉ。どうせキャンディさんですから……」
ロンドは目の前にモンスターがいるかもしれないというのに、不思議と平静を保っていた。
そうこうしているうちに、化け物は近づいてきた。
カサカサ……カサカサッ……
突然、ソイツはスピードを速めると、ネベルに向かって襲い掛かったのだ。
「ううっ!」
視界が遮られた暗所での不意の急襲。これには流石のネベルも対処することが出来なかった。
防御する隙もなくネベルは蜘蛛のようなモンスターに纏わりつかれたのを肌で感じた。
よって致命傷を覚悟した。しかし何故かダメージは無かった。
だが確実に、何かがエクリプスに張り付いているのを重さで感じていた。
「アハハ。だからキャンディさんだって」
ロンドはそう言うが、果たしてあのように機敏に四足歩行で動き回れる人間がいるのだろうか。
あの光景は正直グロテスクである。
ネベルは彼の言葉を少々疑いながらも、目を凝らして状況を再確認した。
すると目の前にいたのはモンスター。ではなく、鍛冶職人の着る作業服を着たネベルより少し年下の金髪の少女だと分かった。
しかも少女は、なぜかうっとりとした目をしていて、ネベルの持つエクリプスを見つめながらギュッと抱きしめていた。
「お前…………何やってんだ?」
「ああああ! しゅごぉぉいッ はーはーっ、興奮がおさまらなィィィ!!! こんなにも多くのレリックが複雑に組み合っているのに、なんて洗練されたデザインと機能美なのぉぉぉ!!! うひょひょひょひょ…………!」
「お、おい」
「ああ、これは失礼しました。うっかり絶頂していましたです」
「…………とりあえず離れてくれるか」
キャンディは武器などの火で鍛えられた武具をこよなく愛していた。
またコンピューターやレリックのような複雑な機構を持つマシンも少女の癖に刺さった。
彼女にとっての愛しているというのは性的な意味で、である。
キャンディは、〈ダイバーシティ〉でも有名なかなりの変人だった。
その後、彼女はしぶしぶエクリプスから離れると、改めてネベルに自己紹介をした。
「えーと……アタシの事は仕立て屋キャンディと呼んでください。あとコロニーから珍しい武器やレリックが見つかったらアタシのところに持ってきてくださいです。 あなたのその剣も、アタシが愛を込めて診てあげるから……えへへ、ふふふ。ひーひーふーっ」
「ああ……遠慮する」
会話の最中にも鼻息を荒くしながら、さりげなくエクリプスに手を伸ばしてくるキャンディ。
それを見て、ネベルはそっと後ずさりした。
だが、ずっとエクリプスを見つめていたキャンディは、ふと何かに気づいてこう言った。
「おや。もしかしてその剣の刀身は、ダークナイト・ファイア・ベヒモスの脊髄骨で作られているのですか?」
「ム、分かるのか」
「はいもちろん。まずあなたの持つ大型刀剣はとても良い切れ味を持っているようですね。それでいて変形機構もありそうなので、刀身の素材には複雑な変形に耐えられる柔軟性と耐久力が求められますです。あと……それ! その剣先は銃口になっていますよね? なので高熱にも耐えられる素材とすればベヒモスしかありえないと思いましたです。まあ、本当は一目みてすぐにビッと来たんですけど」
エクリプスに対しての正確な考察と観察に、ネベルは正直感心した。
「なかなかやるな」
「はいな! 武器やマシンの事に関しては、自信があるんですよ」
するとネベルは大型刀剣エクリプスをキャンディへと託してこう言った。
「コイツの名前はエクリプスだ。手入れを頼めるか?」
「ええっ!? ア、アタシに? いいんですか!!? うひょひょ……ふへ、ふへへ」
「お、おい。変なことはするなよ」
「任せてくださないな! お宅のお子さん、ちゃんと面倒見ますからっ! ねえ、エクリプスちゃぁん? さあいきましょうねえ?」
そういうとキャンディは、受け取った大型刀剣を重そうに担いで工房の奥へと消えていった。
しばらくして、ネベルはメンテナンスの完了したエクリプスを受け取った。
仕立て屋としてのキャンディの腕前はとても素晴らしい物だった。その仕事の出来の良さに、彼はついため息を漏らしてしまったほどだ。
何度も磨かれた刃はまるで宝石のような輝きを放ち、無数にあるギアの一つ一つに丁寧に油がさしてあった。
「いい仕事だ。……また頼むよ」
「こっちこそ! こんなにいい剣をさわれて、もう最高でしたです! うひょひょっ」
「フン、そうか」
ネベルは満足そうな顔をしてエクリプスを担ぎ上げると、背中のホルダーに剣をしまった。
「よかったですね、ネベルさん」
「ああ、そうだな」
そうして用も済んだネベルたちは、キャンディの工房を後にしようとした。
だがその時、キャンディがこんなことを言って二人をひきとめた。
「そういえばあなた達、西大陸まで行くって噂は本当なのですか?」
酒場で望の祖父のホログラム映像を見たのはわずか2日前の事だ。
それなのにキャンディがもう西大陸への旅を知っている事にネベル達は驚いた。
「それ、どこで聞いたの? おれ達、まだ誰にも話してないですよぉ?」
「え? でも、もうコロニー中の噂になってますです。「真の馬鹿ここにありけり!」って、みんな言ってたです」
「あちゃー…… そうなんだぁ」
噂の広まるあまりの速さに、ロンドは呆れて額に手を当てる。
ダイバーシティで噂になる場合、名誉な事と不名誉な事で二つある。
残念ながら今回は、おそらく馬鹿にされてるケースだろう。
「……つかぬ事をお聞きしますが、西大陸までどうやって行く気なんです?」
「それは……たぶんまだだ」
目的地の西大陸はダイバーシティから数千キロ以上も離れた場所にある。
さらに道中は大型モンスターの危険もあり、徒歩移動では数年の月日がかかってしまうだろう。
しかし現状では、ヒポテクスに乗る以上の最良の移動手段は存在しなかったのだ。
するとネベル達の困り顔を見たキャンディは、怪し気な笑みを浮かべ、彼らにこう進言した。
「だったら、アタシに名案がありますです……もう少し、お話しませんか?」
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