第19話 ダイバー達
身支度を終えた望は階段を降りてみんなが宴をしている酒場に向かった。
階下から匂う強烈なアルコール臭は、鼻をつままなければ耐えられない程だ。
「あ、望ちゃん。おはよう!」
最初に望に気づいたのは、バーンズ兄弟のおとうとデルンだ。
彼は階段の近くの席で自分のカードを数えているところだった。
「どうも……」
「ハハハ、よく眠れた? もしかして、うるさかったんじゃない。何しろ一晩中酔って騒いでいたから」
「いえ、大丈夫です。……ちょうど起きれてよかったですし」
望は、そう言うデルンが酔っぱらっていない事に気が付いた。
周りのダイバー達のように顔が赤くなっていないのだ。
「あれ、デルンさんは例の上等酒を飲んでないんですか?」
「うん! みんな酔っ払ってるから、カードで勝ちまくりなんだよ! なにせシラフなのは僕だけだからね」
そう言ってデルンは嬉しそうにカードを見せびらかす。
彼の手元には、コロニーの誰にいくら賭けで勝ったかを記したメモもあった。
「あはは……そうなんですね」
カード遊びに興味のない望はてきとうに返事をかえすと、そこから酒場の様子を見渡した。
辺りには汚れた皿や飲みかけの瓶が散らばっており、とても汚かった。
しかし早朝だからか、酒場にいる人間の数は少ないようだった。
望を入れても6人しかいない。
すると、近くの円卓に突っ伏したまま半裸で寝ていた男が、望に気が付いて目を覚ました。
それまで彼は光る機械の中に頭を突っ込んでいたので、オデコの辺りが赤く腫れあがっていた。
「へーイ、望おはよう! 今日も可愛ちいね」
「おはようございます。マックさん、あいかわらず変な恰好ですね」
「ノンノン、分かってないなー。これは海パンといってね、旧文明時代じゃあ流行のファッションだったんだよ。男の象徴ってやつさ」
「あー……そうなんですね!」
そう言って望は、人当たりの良い爽やかな笑顔で応対した。
彼が頭を突っ込んでいたのは、植物を育てるための赤外線照射装置だった。
何故こんな事をしているのかというと、本人いわく肌をカッコよく焼きたいからだという。
マックはレリックが好きで、たまにこのような斬新な実験をしていたのだ。
だが、事情の知らない望からしてみれば、そっけない態度になるのも無理はないのかもしれない。
それにマックの肌は雪のように白いため、痛めるばかりで上手くいかないのだ。
また、マックと対象的な褐色の肌を持つ者も酒場の中にはいた。
黄色のラインの入ったパーカーを着た少年で、ロンドと呼ばれているダイバー見習いである。
「こうして、ここをああして……よし、誰かリボンもってこい!もちろん飛び切り可愛ちい奴だぜ?」
「ぎゃははははっ 最高だよディップさぁん!」
何やら楽しげな二人の様子が気になり、望は彼らに近づいてみる。
そこではロンドとディップの二人が、宴の途中で酔いつぶれて眠ってしまったネベルの髪の毛にイタズラしている所だった。
今はちょうどお姫様のようなツインテールに挑戦しているらしく、それを見た望は思わず吹き出しそうになってしまった。
「オイこら。見習いロンド。ボケっとしてないで、さっさとリボンを探してこい! グズグズしてたら、不可視の野郎が起きちまうだろうが! …………あっ、望ちゃん」
その時、ディップと目があった。
「くすくす……私ので良かったら、使いますか?」
「フッ、最高だぜ! 望ちゃーン」
望はくすくすと笑いをこらえながら、リボンを取りに部屋に戻っていくのだった。
数分後、ネベルの頭は、ディップ達によって綺麗にデコレーションされていた。
それはまるで、きらびやかなドレスのように。
ネベルの周りには酒場にいた全員が集まっていた。
そして内から湧き出る笑いをこらえるような微妙な顔をしながら、固唾をのんでその光景を眺めていた。
「これは…………ちょっとやりすぎたか?w」
ディップは苦笑いしながらそう言った。
だんだんとバレた後が怖くなってきたのだ。
一応、目の前でオカシな頭で眠りこけてる男は、不可視の獣と呼ばれている恐ろしいダイバーなのだ。
しかしネベルは、これだけイタズラされても一行に目覚める気配がなかった。
すると突然、何もないところから声がしたと思うと、羽の生えた小さな女の子が姿を現した。
イタズラ好きの妖精ピクシーだ。
「ははは、だはははは! きみ天才じゃないかね。ネベルのこんな姿、見たことないよー」
「お、おお……。それはお褒めに預かり恐悦し極…」
そう言うとディップは、あえて仰々しくピクシーに跪いてみせた。
ピクシーはそれをみると満足そうに頷いた。
ダイバー達は既に、ミュートリアンであるピクシーの事を知っていたのだ。
最初、ネベルはピクシーを隠そうと思っていたが、宴の楽しい雰囲気に我慢できずに、ピクシーは自ら飛び出て来てしまったのだ。
ダイバー達はミュートリアンであるピクシーの事を警戒していたが、すぐに陽気で明るく可愛らしいピクシーと仲良くなりたいと思った。
ピクシーもダイバー達の豪快で明快とした気質を気に入り、すぐに打ち解けることが出来たのだった。
「ねえねえ、もっとイタズラしようよ! ふふ、わたし知ってるよ。望がまだ、リボンを持っていること!」
「それは……、まだあるけど。これ以上は可哀そうじゃない?」
「こんな機会もうないって! やっとこうって! なあ?」
ピクシーは望の周りをくるくると周りながらそう言った。
ピクシーが望の頬をツンとつつくと、望はつつかれた頬をぷくりと膨らませていた。
その時、ディップに言われてリボンを探しに行っていたダイバー見習いのロンドが酒場に戻って来た。
その手には抱えきれないほどのリボンと、他にも果物などの食べ物を持っていた。
「ディップさぁん! 言われたとおり持ってきたよぉ。あと他にも色々」
「あー、そうか。よし、ならやっちまうか!」
「うん! アハハッアハッ」
楽しくなったロンドは、酒場の入り口からネベル達の元まで走って向かおうとした。
だがそのせいで、足元がおろそかになり、床に散らばっていた空き瓶につまずいて盛大にダイビングすることになった。
「うわぁあぁっっ」
持ってきたリボンや果物、その他食べ物などが宙に舞い上がり、酒場中に散らばっていく。
「おっと、あぶない!」
転んで危うく空き瓶の散乱する地面に激突しそうになっていたロンドは、すんでのところで助けに入ったマックによって救われた。
こんな変態のような恰好でも、彼はバーンズ兄弟に続き〈ダイバーシティ〉で二番目の実力を持つダイバーなのだ。
「へイ。大丈夫だったかボーイ」
「あっ はい! ありがとうございますッ マックさん!」
その頃バーンズ兄弟はというと、二人で仲良く、顔面に染み付いた甘い果汁をペロペロなめまわしていた。
べちょ)
べちぃ)
柔らかい物体がつぶれる音が二回聞こえた。
ロンドの放り投げた果物は、ディップとデルンの顔面にクリーンヒットしていたのだ。
果物が砕け散り、部屋中に甘い匂いが散漫していた。
そして、ロンドが持ってきた果物は三つあった。
不運にも、残ったもう一つの果物は望に向かって飛んでいった。
「あっ…!」
「望ちゃん、危ないッ」
するとそれを見たピクシーは、まるで飛んできた果実から望をかばうように前に進み出た。
「ピクシー! あなた私をかばって……」
だがそれは何の意味もなかった。
「あ、ごめん。今透明化してた」
「うそでしょぉー?!」
ピクシーの身体をすり抜け、そのまま果実は望の顔面に向かって一直線に飛んでいく。
しかしベタベタになりたくなかった望は、最後まで諦めていなかった。
「な、なんの!」
瞬時に身体をひねらせると、勢いのまま真横に側転をして飛んでくる果実を躱したのだ。
果実は望の背後の壁にぶつかりべちゃと鈍い音を立ててつぶれた。
「「おー!」」
酒場にいたダイバー達は望の華麗な回避に称賛を込めた拍手を送った。
望はそれに気が付くとすぐに恥ずかしくなって、顔を手でおおい隠してしまう。
「やるじゃん。ひゅーひゅー」
「や、やめてよ恥ずかしい」
「「はははっ」」
ダイバー達に比べれば身体能力は劣るが、それでも望は幼い頃から長い長い旅を続け、この時代に生きる一般の人並み以上の腕力を身に着けていたのだった。
──それまで望たちは、和やかに談笑できていた。
しかし突如、不思議な事が起きたのだ。
それにより、彼らの運命は大きく変わった。
望はツンの遺跡から持ち帰った祖父の形見の立方体のレリックを、自分の服の中に持っていた。
それがさっきの側転で地面に転がり落ちたのだ。
地面に落ちた時のはずみで、立方体のレリックに衝撃が加わり、何らかのスイッチが起動してしまっていた。
ブゥゥン…………
キューブは上方向に扇型の緑色の光を投影しだした。
周りにいたダイバー達も、すぐにキューブの異常に気が付いた。
「な、なんだ! 何が起こった??」
「兄さん気をつけて! もしかしたら爆弾かも!」
「わ、わ! 大変だぁあ!」
酒場の不穏な空気感を察知し、眠っていたネベルもようやく目を覚ました。
「ム。なにかあったのか? …………あ?……何だコレ……」
ネベルは自分の頭に触れると、何をされたのかとしばらく考え込んでいた。
だが今はそれどころではない。頭のいいデルンは未知のレリックを爆発物と予測した。
そしてダイバー達に、レリックから離れるように警告していた。
なのでネベルが目を覚ました時、すでにネベル以外の他のみんなは酒場の隅まで避難して、光を放つキューブの様子を遠くから見守っていた。
「ネベルさーん、気を付けてくださーい」
「ム………… な、何だこの光???」
─キューン!
「あっ、まずい!」
だが、そのレリックが爆発する事は無かった。
キューブから出る光の正体はホログラム映像だった。
だんだんと光は形を作り、やがてそこには、髭を蓄えた初老の男性が映しだされる。
投射された映像には色が無いため、髪の色も瞳の色も分からない。
よって詳しい人物像は読み取れない。
だがこの中の一人は、すでにホログラムに映る人物を把握していた。
「おじいちゃん!」
そう言いながらホログラムの光に駆け寄る望。老人は彼女に優しく微笑んだ。
望の様子を見ると、ディップ達は顔を見合わせる。
そして恐る恐る、ホログラムの光を放つキューブのレリックに近づいていった。
するとホログラムの中の老人は、ゆっくりと語り始めたのだ。
「望。よく手に入れてくれた。これから大事な話をするからよくお聞き。これは望だけじゃない。人類の命運にかかわる事だ」
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