第12話 フリーク
惑わしの森の奥、誰も人の寄り付かないような場所に古い丸太小屋があった。その場所こそがエルフのフリークの住処であった。
フリークは魔合で現世と魔界が一つになる前から、この森で錬金術などの研究を行っていたのだ。
霧の深い森を進み、やっと丸太小屋までたどり着いたネベルは、扉に付けられた軽やかな音のする呼び鈴を鳴らした。
すると内側から扉は開き、家の中から黒く薄汚れた白衣姿の男が現れた。
美形でゴールドとグリーンの瞳を持っており、長身瘦躯の若者。男という事以外は典型的なハイエルフの特徴を持っている。
彼がネベルが会いに来た、フリークというエルフだった。
身なりこそ汚らしいが、長い歳月を魔法の研究に費やした賢人である事は間違いない。高い体躯からネベルを見下ろし、彼は穏やかな口調でこう言った。
「おや。珍しく客人だと思ったら貴方でしたか。いったいどうしたんですか?」
「実は、お前に調べて欲しいものがあって…………」
だが、ネベルがそう言い切る前に、突如フリークはひとりでに笑いだした。
「プクク! ああ、私は分かりましたよ。きっと寂しくて私に会いに来たんですよね。ほうら、ママの雄っパイですよ~」
「…………」
おわかりいただけただろうか。つまりはこのエルフ、見た目が賢そうなただの変態だ。
これがまさに、外見だけに騙されてはいけないという良い例だと思う。
目の前ではフリークがニコニコしながら、男の姿のエルフにはあるハズのない乳房を下から持ち上げるようにして、嬉しそうにからかってきていた。
フリークと数年の付き合いのあるネベルだからこそ、突然の雄っパイ発言にも驚かなかったのだ。
事前に彼の厄介な性格を知らなければ、衝撃で卒倒していても不思議じゃない。
「やめろフリーク! おえっ、気持ち悪くなってきた気がする」
「おや。ひさしぶりに会ったというのに気持ち悪いとはなんですか。そんな子に育てた覚えはありませんよ。プンプン♡」
「……やっぱり帰る」
そしてネベルも、やはりめんどくさくはあった。
「ああ~! ごめんなさい!! 帰らないでぇーッ いやぁ、すみませんでした。久しぶりの来客で私もつい楽しくなってしまったのです。 ふふ、それにネベルも、何か用事があったのではないですか?」
「まあ、そうだけど」
ここに来た理由はコロニー〈カマエル〉で奇怪な現象を引き起こしていた魔法のかけられたレリックを調べてもらう為だった。
ネベルは思いなおすと、荷物から例のレリックを取りだしてフリークに見せようとした。
「これなんだけど、調べてくれないか」
「まあまあ、焦らないでください。せっかく久々に戻って来たんですから、少しくらい家に入ってゆっくりしたらどうですか? お茶くらい出しますよ」
「え、お茶?」
「はい。エルフの薬草茶ですよ」
エルフの薬草茶はネベルがお茶収集にはまったきっかけでもあり、彼の好物の一つでもあった。
味は緑茶に近いが無色透明で、不思議な力がありエルフでもなかなか飲むことはできない。
「……早くしろよ」
いつの間にかネベルは、丸太小屋の扉を開け家の中に片足を踏み入れていた。
それを見たフリークは呆れた様子で頷く。
「はいはい、しょうがないですねー」
そうして二人は家の中に入ろうとした。
しかし、フリークは外にいる何かの存在に気が付くと、突然なにも無いハズの空間に向かってこう叫んだ。
「もし! そちらの可愛らしいお連れさんも、一緒にどうです?」
「あ? 今度は何を言ってるんだ? 俺に連れなんていないぞ。それよりも早くお茶を……」
だがネベルが振り返ると、そこには彼のいう可愛らしい連れの姿があった。
妖精の女の子。ピクシーだ。
彼女は途中から姿を消して、こっそりと後ろからついて来ていたのだ。
その時ピクシーはそそくさとネベルの脇を通り抜け、ちょうど家の中に入ろうとしていた。
「えへへぇー じゃあお言葉に甘えて……お邪魔しま~す」
「……オイ待て」
「ひぃっ」
怒気の混ざった声で呼び止められると、ピクシーは四つの羽を素早く動かし咄嗟にフリークの背中に隠れた。
「お前っ、まだいたのかよ。ついてくるなって言っただろ」
「だってぇー 君、面白そうなんだもん! あと、私はお前じゃなくてピクシーだよ! 分かったかね、ネベル君っ」
「ち、コイツ……」
そんな二人の様子を、フリークはげらげらと笑いながら眺めていた。
「プクク! 随分好かれてるじゃないですかっ 良かったですね」
「わ、笑うなよっ」
「いやぁ、失敬失敬。まあとりあえず二人とも家の中へどうぞ。お客様としてもてなしてあげますとも」
その言葉でネベルは、フリークがさっき言っていたエルフの薬草茶のことを思いだした。
「わーい! 私もエルフの薬草茶、飲みたーいなぁー」
「もちろんいいですよ! それでは軽い食事も出しましょうか」
ネベルは薬草茶のおかげで、一旦このお転婆で厄介な妖精についての問題を先送りにしようと決めたのだった。
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