第119話 たった一つのキセキ
「そんなことない!!!」
「…………ピクシー?」
「こんなのが運命なわけがない! わたしは絶対に認めないんだッ!!!」
妖精からは、眩い黄金の光が溢れだしていた。
激しく羽を羽ばたかせ、ネベルの上に舞い降りると、彼女は自分に使えるたった一つの魔法を唱えた。
自らの命と引き換えに発動できる蘇生呪文だ。
四つの羽から光が失われると、妖精の命の灯も同時に消え失せた。
そしてスイッチが切り替わるように、ネベルは再び目を覚ます。
自分の胸の中で力つきているピクシーを見つけると、彼は綿を掬うように、両手で大事にピクシーを抱きかかえた。
一度死んだネベルが蘇るのを見て、アレックス・ブレインズはおおいに驚いていた。
「あり得ないッ、死者蘇生だと?! まさかあの小妖精にこんな力があったとは…… だがソイツはもう死んだ! 奇跡は何度も起こらないぞ」
「…そうだ。あんなに煩かったピクシーも、もう二度と、話しかけてきてはくれないんだ…………っ」
腕の中にいるピクシーは、まるで氷ついたように動かない。だが時間の経過とともに、その体は単純な微精霊として分解され、どんどん像が薄くなっていくようだった。
「どちらにせよ、お前たちはここで終わりだよ。既にエナジーを使い果たしているのは分かっている。戦う手段は残されていないのだろう? だが容赦はしない。私は宿願のために、ここで全員殺すつもりだ。これまでにどんな犠牲があったとしても、お前たちの道のりはすべて無駄だったのだよ」
「それは絶対に違うッ!」
「何が違う!!!」
「…………」
するとネベルは、目元を手で擦ったあと、ピクシーの体をそっと革袋の中にしまった。
そして再びエクリプスを手にして立ち上がり、アポストロスと対峙するとこう言った。
「知らないのか。奇跡ってのは簡単には起こらないんだぜ? ……思えばこの旅自体が、いくつもの偶然と困難の連続だった。 伝説級のドラゴンに打ち勝った事。飛行船を見つけた事。フ、あのあと墜落した時はマジで死ぬかと思ったよ……」
そんなに昔のことでもないのに、色々な事があったせいで、すべてが遠い過去のように感じられたのだ。
ネベルの表情が少しだけ和らぐと、彼につられて周りのダイバー達も記憶の追想を始めた。
「それは白絹の森での事でしたよね。まさか私も、あそこに落ちてきたのがネベルたちだとは思いもしませんでしたよ」
「最初は猫人族に囲まれて、危うく殺されそうになったんです。でも今では、あれだけ恐れていたミュートリアンもちっとも怖くないです!」
「大型モンスターは相変わらずだけどね。 でもさぁ、よくあんな遠くにある東大陸の〈ダイバーシティ〉から、砂漠を越えて西大陸まで来れたよね。俺たちまあまあ頑張ったと思わない!?」
「そうだな……本当に色んな事があったし、生半可な道のりじゃなかった。それはきっと、これからもそうなんだろうな……」
「大丈夫ですよ兄さん! みんなで力を合わせてきたから、どんな壁も乗り越えられたんです。ピクシーも一緒にね! だからっ これからもそうすればいいんですよ!」
その言葉を聞くと、ダイバー達は自らの信念に照らし合わせるように頷いた。
悲しみで埋め尽くされていた瞳に、ほんの僅かの立ち上がる強さが蘇る。
そしてネベルは言った。
「キセキは決して偶然なんかじゃない。俺たちが、いくつもの不条理を乗り越えてきた結果なんだ。たとえ残酷な運命が決まっていたとしても、ピクシーが繋いでくれた未来を信じて俺たちは前に進む」
「……ふん。それで、どうするつもりだ。貴様たちに戦うための資源が残されてない事には変わりないと思うが」
「ああ、考えたけどやっぱりこれしかない」
するとネベルは、望に話しかけ何かを受け取った。
「??! まさか……ッ」
「そうだ。神の雫だ」
エクリプスを分解し内部のエネルギー核融合炉を露出させる。そこから反応物質uhOの入ったケースを取り出すと、代わりに神の雫の中にあるBKAを挿しこんた。
「やめろっ! 上手く作動する補償はどこにもないんだぞ!シミュレーションもしてないのに、いきなり実物の使用など馬鹿げてる!!!」
アポストロスが必死に制止を呼び掛けている間にも、ネベルはエクリプスを慣れた手つきで組み立てていた。
そしてついに、完全体エクリプスは完成したのだ。
「……失敗したら、確実に世界は滅びる。いや、絶対に超大規模爆発が起こってしまうぞ!」
「必ず成功するさ。俺はこいつを設計した父さんの腕と、これまでの奇跡を信じる」
ネベルは異常なほど落ち着いた声でそう言った。
そして最後に仲間たち全員の顔を一瞥した後、体内魔素のヒートヘイズでBKA融合炉を点火させた。
「これが、最後のフェイタルブランドだ!」
刀身から極大のエネルギー波が射出される。
それを見るとアポストロスは攻撃を避けようともせず、ただ両手を真横に広げてこう言った。
「……ネベル・ウェーバー!この破壊者めッ! 私はもう知らない。お前が世界を、滅ぼしたんだァァッッッ!!!!!!」
そう言い残した後、フェイタルブランドの光を浴びたアポストロスは世界から消え去っていた。
「やったの……?」
「ああ」
エクリプスの刃は3秒経過した後でも赤熱状態が失われることは無かった。むしろその輝きは時間と共に増しているようにも感じられた。
ネベルは手動で融合炉を停止させると、物質BKAを中から取り出した。
そして元のキューブケースに戻して望に返す。
「え、いいの? エクリプスを完成させたかったんじゃなかったの?」
「ああ、いいんだ。もう必要ないから。 こんな力があっても、本当に欲しい物はもう手に入らないんだよ」
ピクシーの遺体は、この戦いの間にほとんどが微精霊へと還元されてしまっていたのだ。
ネベルの革袋の中には、彼女の透き通った羽だけが一枚残っていた。
それを見た瞬間、ネベルの脳裏に彼女との思い出や無邪気な笑顔の数々が、美しく残酷に思い出された。
愕然とし、そのまま立ち止まってしまいそうになる。
だがこの世界では、前を向き進み続ける者しか不条理に打ち勝つ事は出来ない。
「……行こう。この先が終着点だ」
傷つきながらもダイバー達は、大聖堂の奥にある約束の場所へと足を踏み入れた。
──Then why do we keep strangling life Wound this Earth, crucify its soul?