第118話 残酷な運命
エル・バルバトス状態になったネベルは、アポストロスとの高速戦闘を繰り広げていた。
雷の魔力で人間の限界を超えて高められた反射速度と、短距離瞬間移動移動による超スピード決闘だ。
両者は八角形の大聖堂の中を縦横無尽に飛び回り、あとには四次元的な戦闘の軌跡が描かれる。
炎や氷、魔素や電子エネルギー、ロケット弾までもが二人の間を飛び交い、頻繁に互いの剣が交差しあった。
ディップ達もとにかく銃を撃ちまくった。どっちを狙ってるのかも分からないくらいに撃った。
ネベル達の動きは速すぎて最初から捉えることなど出来ない。
だがもし見えたとしても、アポストロスには反物質阻害盾で防がれるし、ネベルには《超感覚》があるからエナジー弾など簡単に躱すことが出来る。
「兄さん! 速すぎて……どっちを狙えばいいか分からないです!」
「うるせぇっ とにかく撃て! 当たらなくてもいいから撃つんだ!」
当たらないと分かっていても、ダイバー達は銃を撃つのをやめなかった。
それが、ネベルの助けになると信じていたからだ。
ディスペルのせいでフリークは思うように魔法によるサポートが出来なかったし、ダイバー達の援護射撃はほとんど直接の効果がない。
なので実質ネベルは孤立無援で戦っていた。
だがその時、本当に焦っていたのはアポストロスの方だった。
アポストロスは短距離瞬間移動を使い0秒で移動する事が出来る。
しかしネベルは、アポストロスの攻撃の予兆を戦いながら感じ取れるようになっていた。つまり、ネベルの方が-0.000秒速く動いていたのだ。
近接戦では勝ち目がないと判断したアポストロスは、急いでネベルから距離を取った。そして両手を前に突き出すと、機械腕を変形させ素粒子砲と闇魔法を同時に発動させる。
「真円より来たれ、全能なる魔人よ! 滅ぼせっ ダークキャノンブラスター!!!」
闇のオーラを取り込んだ極大ビームが放射された。呪文の反動でアポストロスは壁際まで後退する。
「あ、あんなの喰らったら! 跡形もなく消えてなくなってしまうよッ」
「ネベル逃げてッ ネベルーーー!!!」
その時点で、ネベルは目の前に迫る超大なエネルギーに対処する術をまったく持っていなかった。
剣ではビームに無力だし、これは素粒子砲との混合魔法であるため、リフレクトマジックでは完全に防ぎきることが出来ない。
だが窮地を前にして、《超感覚》は答えを導きだした。
無駄のない動きでポーチからエナジー瓶を取り出すと、それと同時にバルガゼウスの力をさらに活性化させた。過剰な電撃により体に痛みが走る。
ネベルはエクリプスを一瞬で操作し、刃の赤熱機構に槍爪の雷魔力が流れるように調整。そして、さっき思いついたばかりの魔法を唱えた。
「曙光よ、切り拓け。 バルバトス・ギガレイズ」
ネベルが大型刀剣を振り下ろすと、雷魔素を帯びたビームスラッシュが放たれた。
エクリプスから放たれた光はまっすぐ進み、暗闇を切りさいた!
……馬鹿な――
思わず、ブレインズもそんな言葉をもらす。
タレントには初期から強力な(先天型)と大器晩成の(後天型)がある。
ネベルの《超感覚》も、彼がその存在を自覚してからというもの急激に力を増していたのだった。
「ふぅ、よかったです。なんとか助かったみたいですね」
「ああ! かなり危ない所だったようだが、まあ流石だぜ」
一度に大量の雷エネルギーを使用したためか、ネベルからエル・バルバトスの恩恵は失われていた。
確かにそれは不利点であったが、その時、自身のとっておきを破られたアポストロスの精神ダメージの方がずっと大きかった。
アポストロスは言った。
「……お前たちは間違っている。こんな現実世界より、理想の幸せが簡単に得られる仮想世界を生きた方が人間は幸せに決まってる!そうすべきなんだ!」
「お前の勝手な理想を強要するな。俺はそんなもの望んでいない。それに、さっきからいうお前の理想世界は人間だけのモノだろ。フリークやバルゴンたちミュートリアンの存在は考慮されてないじゃないか」
「当たり前だよ。私が望むのは、人間による人間のための発達した文明社会なのだから」
彼の主張はレイシズム的にも捉えられるが決してそうではない。アレックス・ブレインズのAIとしてのプログラムが、未確認生物を救済対象と認知せず除外しているだけなのだ。
「現実の人々は常に不安と恐怖に苛まれている。だが仮想空間には、悲しみをもたらす戦争や災害すらも在りはしない!私がその理想郷を用意してやる。だから邪魔をするな!」
すると、それを聞いたマックはこう言った。
「たしかに現実世界には耐え難いほどつらい事もあるし、時にはどこか遠くの世界へ逃げたくなる事もあるだろうね」
彼は、かすみ草の花畑での辛く愛おしい記憶を思い出した。
だがそのあとに、周りにいる仲間たちの顔をぐるりと見渡す。
「バット、そんな仮初の世界の繰り返しでは、これからある最高の仲間との出会い、冒険の先に待つ見たこともない景色、そんな可能性の未来を自分から放棄することと同じなんだ」
「そのとおりだ。何世紀先の文明社会なんて知った事か。俺たちは今ある世界と自分たちのかけがえのない仲間たちを守ってみせる。てめぇの用意した鳥かごの中で、大人しく飼われるだけのインコに成り下がるなんて、ゴメンだぜ!」
ダイバー達は皆おなじ気持ちだった。彼らの力強い瞳にあてられ、思わずアポストロスはたじろぐ。
「ネベル~! 一気に決めちゃえッ」
「そうだ。お前なら勝てるさ!」
「……フ、そうだな!」
そう言うと、ネベルはカートリッジを取り出した。
―このままでは機能停止にまで追い込まれてしまう。だがこの男には勝てない。私の望みは、ここで潰えるのか?―
アポストロスはじりじりと追いつめられていった。
だがその時、目の前のネベルの視線があらぬ方向を向いたのだ。その先には彼の大切な仲間がいた。
「うっ、俺もネベルさんに加勢する!」
「ダメだよロンド君っ、闇魔法のダメージがまだ残ってるんでしょ?」
「そうだけどさ! ネベルさんだけに世界の運命を背負わせちゃダメだよ! それにアポストロスはすごく強い。ネベルさんでも一人だけじゃ負けてしまうかもしれないよぉ」
ネベルは、そんな仲間たちの様子を、戦闘の最中でも気にかけているようだった。
覚醒したネベルにはもう余所見をする余裕が生まれていたのだ。
そんな彼を見てブレインズは腹立たしさを感じたが、同時にある重要な事にも気づく。
ネベルにとっての仲間の重要性に。
「ふ、ふはは。これも人類の発展のためだ……。卑怯な手を使わせてもらうぞ!!!」
「何っ、貴様!」
突如、アポストロスは、ネベルの視線の先にいた望とロンドに向かって二発のミサイルを発射したのだ。
「ネベル。まずは弱者から倒させてもらうぞ」
「チッ クソ!!! そうはさせるか!!!!!」
ネベルは二人を守るため、急いでミサイルを追いかけた。
だがそれを見ると、アレックス・ブレインズはにやりと笑みを浮かべた。
「かかったな?! 後ろだッ!!!」
「なにぃッ うぁぁああっ!」
焦って飛び出したネベルは、背後から放たれたもう一発のミサイルの存在に気づくことが出来なかった。
ミサイルが爆発すると、黒焦げになったネベルは力なく地面に落っこちていった。
「「ネベルッ!」」
ダイバー達は一斉に彼の元へと駆けよる。咄嗟に避けて爆風の威力を抑えてはいたが、腕と胴を怪我し大量の血を流していた。
「ネベルしっかりして! 今血を止めるからあッ」
望は震える手を押さえつけながら、凝血剤を含んだテープで止血処理をした。
フリークがハイポーションを体にかけると、傷は癒えネベルの体力は僅かに回復する。
「…やはり人間は愚かな生き物だ。このまま私たちが戦っていたらおそらくお前が勝っていた。なのにお前は土壇場で、仲間意識などという原始的な衝動にかき乱されたのだよ。弱い生き物ほど群れるという。ネベル、お前は強かったが、精神はまだまだ弱者の域にいるようだ」
アポストロスは自らの機械腕から特殊金属製のブレードを出現させ、それに魔法の属性付与を施した。
「銀杯よ、黒より黒く染まれ。マスターダーク」
闇の魔素を纏うと、ブレードは3倍の長さに伸びていた。
それを見るとネベルもふらりと立ち上がった。
「キャンディ、エナジー瓶を」
「は、はいなです!」
するとキャンディは最後の一瓶をネベルに渡した。それを受け取ると、さっきのミサイルで割れたカートリッジの代用品としてエクリプスに差し込んだ。ヒートヘイズでエナジーを点火させ、uhO融合炉の活動をどうにか促す。
「アポストロス。俺も昔は似たような考えを持っていた。だがそれは間違ってたんだ。人は、一人じゃ生きていけないんだよ。 …俺はずっと、何物にも負けない強さが欲しかった。だけどお前のいうような自分一人の為の強さなら、俺はもう欲しくはない……ッ」
カートリッジより爆薬としての威力が弱いため時間はかかったが、ようやくuhO融合炉にも火が灯りだした。エクリプスの刃が少しずつ赤い光を放ち始めていた。
「分からないか?そんなくだらない感情論にすがっているから、今のように判断を間違えたんだ。お前たち人間に任せていては、世界は何度だって滅びの運命を辿る!」
「フン、そしたらまた滅ぶ前に救ってやるさ。何度だって諦めない。俺たちは、ダイバーだ!」
二つの因果は同時に駆けだすと、言葉と共に機械剣を重ね合わせた。
「死ね!ネベル・ウェーバーッ!!!」「フェイタルブランド!!!!」
凄まじいエネルギー同士が衝突しあい、二人を中心に激しい衝撃波が生じる。
―カラン……
片方が倒れ、硬い金属が擦れる音が響いた。
そして水蒸気の霧が晴れそこに立っていたのは、半身を犠牲にし、再び片腕を失った男だった。
「ネベル!!!」
「は、ははは! 勝った、私が勝ったんだ! これで神の雫は手に入ったも同然。ああ…長かった。私の役目もこれで終わるっ……」
アレックス・ブレインズは歓喜した。
ネベルが倒れているのを見つけると、ダイバー達は口々に声をかけた。
だがやがて、ロンドが異変に気付いて彼の口元に手をかざす。
「ネベルさん、息してないよ?!」
「え」
それを聞いて、慌てて心臓のある胸に耳をあてたマックは青ざめた。
「おい、うそだよな」
「はは、冗談きついですよ… あなたが死ぬはずなんてない!」
「ネベル!!! ネベル!!!」
ピクシーは泣き、ディップは事実を受け止められずに彼の体を何度も揺さぶった。
「どいて!」
すると望はディップを無理やり押しのけ、ピクリとも動かないネベルの上にまたがった。そして彼の額に手を乗せると、唇と唇を躊躇なく重ね合わせた。
「な、なにを!」
「フー、見てわからないの? 人工呼吸だよ! 絶対に、ネベルをたすけなくちゃ……フー」
毎分100回の胸部圧迫と、口からのブレッシング。望はそれらの心肺蘇生法を黙々と繰り返していた。
「よ、よし。俺たちも何か手を尽くすんだ!余ってるハイポーションをかき集めろっ」
「っ無駄です!!!!」
つんざくようにそう叫んだフリークの心は、今にもはち切れる寸前だった。
ネベルは闇魔法で死んだ。
ディスペルの影響で、状態異常防壁をかけ損ねた自分のせいで死んだのだ。
「心肺蘇生なんて意味がないのです。彼はもう、死んでるんですから」
「そんな……」
しかし、それを聞いても、望は人工呼吸と心臓マッサージを止めようとしなかった。
見るに堪えずに、ディップが彼女にやめさせようとする。だがその時、望の頬を流れ落ちる雫に気が付いた。
「…ねえ、ネベル。なんで死んじゃったの……? 私に言ってたじゃん、一緒にお父さんとお母さんのちゃんとしたお墓を作ってあげたいって、私と行くって約束したじゃん!」
もう望は腕にまともな力を込めることが出来なくなっていた。彼女はそのまま泣き崩れ、ネベルの上に倒れこむ。
「ネベル。もっとたくさん色んなところにいこうよ……! だからお願い。目を覚ましてっ」
そんな些細な願いも、死んでいるネベルには聞こえなかった。
望につられてダイバー達も涙を流す。
絶望を感じ、フリークは言った。
「神よ。これが残酷な運命なのですか!!?」