第117話 罪と罰
戦いはさらに激しさを増す。
アポストロスは火炎や爆発から高性能管理演算機を守るために、大聖堂の壁面にバリアを出現させていた。
限界まで加速するため、ロンドは地面すれすれまでの低姿勢をとった。
レーザーブレードを起動し、アポストロス目掛けて全速力で駆け出す。
スピードに乗った勢いのまま強力な一閃。だがアポストロスに短距離瞬間移動を使われ、ロンドの剣はあっけなく躱された。
そしてアポストロスはロンドの背後に位置どると、気づかれぬよう片手にとどめの魔力を貯めようとする。
「…そこだ!」
ロンドは《空間把握》により、短距離瞬間移動先を瞬時に突き止めていたのだ。
二本目のレーザーブレードを抜き、振り返りざまに、アポストロスの顔面めがけて斬り上げる。
アポストロスは音波剣を展開し防御する。
「なかなか厄介な力を持っているようだね。だが私には通用しない」
「……へえー、それはどうかなぁ?」
するとその時、アポストロスの背中に向かって一発の強力な弾丸が放たれた。マックのTC-30が火を吹いたのだ。
しかし背中に当たる直前、何らかの見えない壁にぶつかるのが分かった。
加速度がゼロになった弾丸は、むなしく地面に転げ落ちた。
「ワッツ?? 今のは何なんだい」
するとアポストロスはこう言った。
「反物質阻害盾だよ。私はこの大聖堂にいる限り、〈ガブリエル〉にある全てのエネルギーの供給を無限に受けられる。だから君たちにこの防御を突破することなどは不可能だ」
「だったら、その盾が壊れるまで攻撃し続けるだけさ! 諦めなければいつか隙が出来るはず!」
「そこまでの時間的猶予を、私が与えるとでも思ったか。くらえっ ダークヘイズ!」
「し、しまった! うわぁぁぁッ!」
剣を持っている機械腕とは対照にあるアースクローンの黒い手が、ロンドの腹部に触れた。
強力な闇の波動が溢れだす。
状態異常防壁のおかげで即死は免れたが、魔力圧に押し出されたロンドは魔法ダメージを受け、そのまま大聖堂の壁まで弾き飛ばされた。
「ロンド君っ!」
彼の元に、回復役の望が急いで駆け寄っていく。
「つ、強い! 次から次へと多彩な攻撃を使ってきて、そのどれもが強力だ。こんなのに、本当に僕たちは勝てるんですか?」
「泣き言をいうな。奴が強いのはみんな分かってるさ。だが数ではこっちが圧倒的に勝ってる。俺たちはコンビネーションで戦うぞ」
「はい、兄さんッ」
だがその時、フリークはアポストロスの中にあるアースの不穏な気配に気が付いた。
今までとは段違いの魔素量が、彼女に集まって来ていたのだ。
「いけない! 大規模破壊魔法が来ますっ あれは私一人じゃ防げない…! ネベル、手伝ってください」
「ッ……分かった!」
そのうちに、ディップたち魔力が扱えない他のダイバーにも、視覚的にアポストロスのエネルギーの高まりの変化を感じ取ることが出来た。
「ハリーアップ! 早くネベルとフリークにエナジー瓶を渡すんだ!!!」
「はいですっ!」
ネベルとフリークは、協力してリフレクトマジックを展開。
ダイバー達は魔力盾の後ろに身を隠した。
そしてアポストロスは、飛行魔法で大聖堂の中心部まで移動すると、魔法の詠唱を開始した。
「破滅と加護たる恩寵よ、その純然たる暴虐の輝きを我に示せ。オーバード・デストロイレイズ!」
アポストロスを中心に、無数の魔力光線が放射状に乱射された。
部屋のあちこちで破滅の光がバリアに当たり、激しい爆発を引き起こしていた。
「うわぁああああッ」
「くっ、くそぉー! このまま耐えられるのか?」
「分かりません! もっとエナジー瓶を寄越してください!!!」
大規模破壊魔法の効果は20秒ほど継続し、その後ようやく光の雨は降りやんだ。
「はぁ、はぁ…… 私たち、まだ生きてるよね?」
「ああ、なんとかな。 あと残りのエナジーは幾つ残ってる?」
するとキャンディは素早く正確に、残された資源を数えてネベルたちに知らせた。
「あと、全部で22瓶です。でも今の攻防で10瓶も消費してしまいました」
「そうか」
それを聞くとフリークはこう言った。
「私はエルフですから、必要な魔力を体内魔素で補えます。なので、残りは全部ネベルが使ってください」
「……分かった。そうしよう」
ネベルはこくりと頷いた。そしてキャンディからひとまず6瓶だけを受け取る。
アポストロスは、今の大魔法でもダイバー達を誰一人倒せていないことに驚いた。
その事実に僅かな奇怪さを感じながらも、空中から彼らに向かってレーザー光線の連射をはじめた。
「ヤバい!撃ってきたよ!」
「……俺に任せろ!」
そういうと、ネベルは超速展開シールドを二つ同時に展開し遮蔽物を作り出した。ダイバー達は二手に分かれ、展開シールドの裏からエナジーライフルなどで迎撃を開始した。
アポストロスは短距離瞬間移動と反物質阻害盾を駆使して銃弾の嵐をかいくぐってくる。
だが地面に降り立った瞬間、ネベルは一気に距離を詰めると、アポストロスの不意をついて思いっきり斬りこんだ。
「グッ……」
ダメージを受け、アポストロスはよろめく。だがすぐに音波剣を出すと、ネベルに反撃を仕掛けてきた。二つの剣がぶつかり合う。
「お前たちのしていることは全くもって無駄だ! 魔界と合体した今の不安定な世界など、どちらにせよすぐに滅びる。人間は自分の利益のためなら同族でも殺し合える最も残酷な生き物だ。人間と魔物なんていう異形種が分かり合えるわけがないじゃないか」
「……傷つけあうのは、きっとお互いを知らないからだ。理解しあえれば、きっとどんな世界でも上手くやっていけるはずさ」
「希望的観測だ。いや、くだらない戯言ですらない」
「フン、それはどっちだろうな。そもそもだ。人をやめた奴が、人を語ってんじゃねーよ」
「な、なんだとッ!」
激しい剣戟の最中、突如アポストロスは音波剣からソニックブームを発生させ、ネベルを一瞬ひるませた。その隙に一定の距離をとると、奴は手から闇の魔法斬撃を放った。
「侵せ、ダークスラッシュ」
手刀のようにオーラの纏った手で何度も空を斬り刻む。その度に闇の刃が生成され、ネベルに襲い掛かっていった。
ネベルはヒートヘイズを唱え、闇魔法の相殺を試みる。
「私も援護します。 ダークヘイズ!」
ネベルの魔法にフリークの火力が上乗せされる。ネベルに届く前にダークスラッシュはかき消された。
それを見て、アレックス・ブレインズは表情を歪ませる。
そしてフリークは、さっとネベルに近付くと、こう提案した。
「ネベル、雷魔法を使いましょう。こちらも攻撃に転じねばなりません」
「……分かった。 じゃあ、補助魔法を頼む」
「任せてください」
雷魔法はエクリプスに本来備わった機能ではない。異常な力は剣に過剰負荷を与え、予期せぬ事故を招く可能性があった。
だがネベルはそれを鑑みても、この場では発動のメリットの方が高いと考えた。
「天雷よ、来たれッ! 限界超越!!!」
ネベルの周りに、微弱な雷の魔力エネルギーが迸る。
ここからさらに出力を上げるのだ。強力な雷に耐えられるよう、フリークは防護魔法をネベルに向かって唱えた。しかし、
「(ディスペル!)」
電撃耐性の途中で詠唱が強制中断される。アースの意識がこれ以上フリークに魔法を行使させる事を許してくれなかったのだ。
それでもフリークは、仲間のためにもう一度詠唱を試みた。
「くっ…… ショロよ、流せ。ライトニンっ」
「(ディスペル!)」
「ならば! 加護よ、宿れ。ダーク…」
「(ディスペル!!)」
「うぅッ …………刃よ、研げ。アサルト…っ」
「(ディスペル!!!)」
フリークは補助魔法の詠唱を悉く妨害された。様々な呪文で何度やっても、執念深くアースはディスペルを唱えた。
「(ねえ、フリーク? これ以上あなたの好きにはさせないわ。殺せないならその分苛め抜いてあげる。あなたが無力だったせいで、お友達はみんな死ぬの。それが私に苦痛を与えた、あなたの罪に対する罰よ)」
「…………」
その様子を見ていたネベルはフリークから魔法補助の見込みがないと分かると、槍爪の雷エネルギーを高める事をやめた。
「大丈夫だ、フリーク。この状態でもさっきよりは強い。きっと戦えるはずさ」
そういって雷撃をまとったエクリプスを構え、アポストロスに向かって突撃していった。
フリークはネベルに対し、すまないという気持ちを感じていた。
同時に、自分のせいで穢れてしまったもう一人のアースに対して、心の中でこう語りかけた。
―アース、貴方にいまさら許しを請うつもりなどありません。私にはそんな資格もないのですから。なので私は、今の貴方よりも、共に築いた私たちの夢を尊重します! 仲間を傷つけ、その未来を阻むというなら、たとえ貴方でも必ず倒して見せますから!!!―
そしてフリークは、ネベルを援護するため攻撃魔法を発動させるのであった。