第113話 そして約束の地へ……
ネベルとフリークが坑道砦門に戻ると、そこにはダイバー達の姿があった。ハリス・シャムやアスカ・シャムも一緒にいるようだった。
「これで全員そろったか。とりあえずお前らはみんな無事でよかったぜ!」
「そうですね兄さん。だけど、この状況だとそうも言ってられなさそうですよ」
「ああ、全くだ。こりゃあ、いったいどういう事だ?俺たちはクローンとの戦争に勝ったはずだろ。なのにこんな結果じゃあ救われねえぜ」
ディップはなんとも情けない顔で、両手の平を上にあげながらそう言った。
「オレもまさかこんな事態になるとは、全く予想できなかったってな。バルゴンもオルゴンも、みんな洗脳されちまった! コードブレイン社の奴らは戦争に負けたっていうのに、今更どうしてこんな事をしでかしたんだ?」
ハリスの嘆きを聞くと、フリークはそれに対しこう答えた。
「大勢の人々を洗脳した理由なら、私とネベルは知っていますよ。ロワンゼットと直接戦ってきましたから。 彼は言っていました。仮想空間を動かす為にはたくさんの脳の電気信号が必要だそうなのです。おそらく、洗脳はすべてその為だったのです」
「つまり、これまでの奴等の侵略行為のすべてが、今この瞬間のためだったと??」
「そこまでは断言出来ませんが、そうなのかもしれません」
コードブレイン社がいくつものミュートリアンの土地を侵略し、そこに塔をたて洗脳した事。それは黒魔法使いファントムローゼのような気に入らないからなどという目的の無い目的ではなかった。
仮想空間。すべてはそこに起因していたのだと、ダイバー達はようやくハッキリと知りえた。
「で、でも! まだ分からない事がありますですッ。 催眠妨害装置が破壊されたとしても、こんなあり得ない数の人たちを、どうやって同時に洗脳したんですか? アタシ、まだ信じられないです…」
「おそらく、さっき空を覆った不思議な光が関係しているのだろうけど。フリークはそれにも心当たりがあるのかい?」
「ええ、なんとなくですが」
すると、フリークはネベルにこう尋ねた。
「ネベル。一つ確認したいのですが…」
「なんだ?」
「たしか電波というのは、高い所からだと遠くまで届けることが出来るのですよね」
「ん、まあ。上から下に流れる性質があるからな」
「そうですか。だったら私の推測はきっと正しいでしょう」
だがそれを聞いたハリスは、不満げな様子でフリークに反論した。
「おいおい。まさか敵は高い場所から催眠電波を流したとでもいうのか?でも砦の外をよく見ろってな。戦場中、いやもしかしたら世界中が電波の影響を受けてるかもしれないんだぜ。そんなあり得ない広範囲まで届けられるような高い塔なんて、存在するわけないじゃないか!」
「「あ!!!」」
「……え?」
ダイバーたちはハリスの発したその言葉で、一斉に真実に気づいてしまった。
「プククっ 実はあるんですよ。ここからさらに西の敵本拠地のど真ん中、神に背く不届き者にお似合いの天空にも届く一本の柱がね」
その後、ネベルはふとある事に気が付いた。
砦にいてもおかしくないのだが、集まった〈ゼルエル〉の生き残りの中に、ガリバーとシリカの姿がどこにも見当たらないのだ。
「ところで、あの二人は?」
ネベルがそう言うと、望とロンドは表情を暗くさせた。
「う、うん。ネベル君、ガリバーはさんは何だかここに来たくないって言ってたよ」
「は?来たくないだって? じゃあ、あの女秘書は?」
「えっとそれはね……」
「なんだよ?」
すると、それを見ていたマックはこう言った。
「ヘイ、ネベル。そんな風に詰め寄ったら望も話しづらいだろう?」
「あっ、ああ。そうだな。 ……ごめん」
ネベルは望に頭を下げた。
「オーケー。 だがまあ、情報は最終的に必要になる。そこでどうだい。ここで一度、互いの陣営で起きたことを整理しないかい」
「うん、そうだな。よし、情報交換をしよう」
そうして彼らは話あった。その結果、互いに色々なことがあったと分かった。
各々が成し遂げた事もあれば、とても辛い出来事もあったとも分かった。
また情報交換の中で、ネベルとフリークは流石に融合キメラの事に関しては皆に黙っておくと決めた。
望たちから話を聞いた後、ネベルはこう言った。
「まさか、あいつがスパイだったとはな。じゃあガリバーは今も?」
「うん。一緒に水路に残ってるの」
「そうか……」
実際に彼女を殺したのもガリバーだったが、使長と秘書という関係で一番側にいたのもガリバーだったのだ。
「にしてもよー。まさかクローンの親玉が人工知能だったとはな。……これってさー、まるでSF映画である終末世界の人類対AIみたいな展開じゃね?」
「なにいってんすか兄さん。そもそもSF映画なんて見たことあるんですか?」
「ふっふっふ、実は一度だけあるんだ。まあほとんど忘れちまったがな」
「えーちょっと羨ましいなぁ」
すると、それを聞いたネベルがこう言った。
「映画なら俺も見たことあるぜ。【〇トリックス】ってやつだ」
「うーん。知らねーなっ。お前多分それB級映画だぜ」
「そうなのか?」
「ああ、俺の【大怪獣ムカデザウルス対人食いザメ!】の方が絶対おもしろいから、今度遺跡で見つけたらみせてやるよ」
「フ、それは楽しみだな」
ネベルはディップに映画を見せてもらえる事を、本当に楽しみだと思った。だがデルンは、その映画のタイトルを聞いた瞬間に、絶対につまらないだろうという事を確信した。
そんな風に楽しく話していたあと、ふとネベルがこう言った。
「……だけど、これは映画じゃないんだ。現実に起こっていることなんだ」
それを聞いてダイバー達も頷いた。
「ああ。絶対に勝たなきゃいけない。世界の命運が、マジで俺たちにかかっている」
するとハリス・シャムは、突然ダイバーたちに頭を下げた。
「ど、どうしたんだハリス?」
「頼む!!! こんな事頼める立場じゃないかもしれないが…… ドワーフたちを、この世界を救ってくれ!」
さらにハリスは地面に跪いた。
「助けたくても、オレたちにはその力がない。それが出来るのは、お前らダイバーしかいないんだ!」
いつのまにか、砦にいた他の〈ゼルエル〉の技術者たちもハリスの言葉を聞いていた。そして、同じようにダイバーたちに救いを求め始めたのだ。中にはハリスを真似て跪く者たちもいた。
「お願いだ! 俺たちの居場所を取り戻してくれ!」
「大切な仲間を救って!」
「ダイバーシティ! あんたらだけが頼りなんだ」
最初は人間たちからの過度な期待に困惑していたが、すぐにダイバー達はそれぞれの信念をもって彼らの求めに答えていた。
「いわれなくても! ミュートリアンか人間かなんて関係ない。もうあいつらは、俺の大事なダチだからな。助けるのは当たり前だ!」
「人間とミュートリアン。異なる者がいてこそ、世界は成り立っていくのです。 私はここで、その希望をみました。この世界の未来を必ず守って見せます」
「この国はもう僕らの第二の故郷のようなもんですから! まあ世界を守るなんて大層なこと、僕に務まるかは分かりませんよ。ですが、出来る事を最後まで貫きたいと思います」
「Don't look back.すべてに決着をつけよう。これ以上、悲しむ者が現れないように!」
そして望は、おもむろに神の雫を取り出す。ダイバー達の視線が強制的に吸い寄せられる。
今、彼女の手に握られている小さなレリックこそが全ての始まりだった。そして祖父の遺言にあった秘密の部屋へと持っていく事で、その秘密の全てが分かるはず。
その時は、もうすぐそこまで近づいていた。
「行こう! 約束の場所へ……!」
ダイバー達は決意を固めた。
問題は〈ガブリエル〉までどうやって行くかだ。
その事について悩んでいると、ハリスがこう進言した。
「それなら問題ないぜ。クローン兵の使った飛行車両がまだ残ってるんだ。お前ら全員が乗れるくらい大型のもある。あれなら半日もかからず辿り着くはずだ」
「よーし、じゃあ早速準備すっか」
「必用な物資の詰め込みくらいだったら、俺たちにも手伝えるってな。お前ら!みんな手伝え!」
「「おう」」
ハリスの呼びかけにより、〈ゼルエル〉の人間たちは砦中から役に立ちそうなものを集めると、次々に飛行車両に詰め込んでいった。
彼らが張り切ってくれたおかげで、出発の準備はあっという間に済んだ。
「みんな、準備はいいか?」
ネベルがそう言うと、ダイバー達は頷いた。
「ええ、いつでもいいですよ」
「覚悟ならとっくに出来てます」
「よし。それじゃあ」
だがその時、ダイバー達の乗る飛行車両に駆け寄ってくる者がいた。彼女は目立つ赤いスカートを着ていた。
それを見たロンドは、すぐに自分に対する用事なんだと察し、船を出て彼女の元に駆け寄った。
「アスカちゃんっ どうしたの?」
「ロンド君、ほんとに行っちゃうの?」
「うん。……俺もダイバーの一員なんだ。少しでも力になりたいし、終わりをきちんと見届けなくちゃ」
「そうなんだ……」
成長し一人前に近づいていたロンドの顔を見たアスカは、彼の強い意志を感じ何も言い返すことが出来なかった。
「もう行かなくちゃ、みんな待ってる」
「待ってっ!」
「うん?」
アスカはなんとかしてロンドを引き留めたかった。だがそれが無理だと分かったので、考えた結果、彼女の口からはこんな言葉が出てきた。
「……ねえ、前にデートしたいって言ってたよね?」
「うん。でも、アスカちゃん、俺とはデートしてくれないんでしょ?」
「ううんッ。帰って来たらしてあげる! だから絶対に、ここに戻ってくること!いい?!」
「本当?! え」
その直後、ロンドの頬にアスカの唇が触れた。
あまりに一瞬だったので、ロンドは呆けたまま何が起こったか分からないでいたが、船内にいたダイバーたちは全員その瞬間をバッチリ目撃していた。
「きゃっ、今のって」
「プクク。これはカラかいがいがありそうですねぇ」
「ヒュー、やるじゃねえかアイツ! よし、後で色々教えてやるか」
今日一番で盛り上がるダイバー達。空間把握能力に長けるロンドは、当然彼らの様子も把握していた。
「はぁー、絶対からかわれるよぉ」
「……約束だからね?」
「!!!っ うん!」
そう言うと、アスカは飛行車両のある場所から砦の中へと去っていった。
二度目のダイバー達の旅立ちは、多くの者によって見送られた。出発の時には、アスカも顔を出していた。
期待を背負い、彼らは最終目的地へと旅を進める。
「行くぜッ。全てを終わらせるんだ」