第11話 森の妖精
ネベルの言うエルフの知り合いとは、その名もフリークといった。
この先の惑わしの森の奥にたった一人で住んでいて、その名前の通りかなり変わった奴だ。ミュートリアンだというのに人間と仲良くしてたりする。
しかし、彼がフリークなどと呼ばれている理由は別にあった。
エルフという種族は両性具有で、男と女の姿を自由に変える事が出来たのだが、フリークは美しくエルフの基本形である女の姿でなく、何故かいつも男の姿で生活していたのだった。
二人の付き合いはネベルにとってはそれなりに長く、エルフのフリークにとってはとても短い。
ネベルは彼から魔法を教わり、ある程度を信頼していた。
しかしこの度の仕打ちに関しては少々鼻につくものがあった。
ネベルが惑わしの森に踏み入れると、たくさんの罠やモンスターが待ち構えていたのだ。
木の葉で隠した落とし穴や首つり式のワイヤートラップ、丸太のハンマー。モンスターもゴブリンから昆虫種まで、それも実に多種多用な品揃え。
ネベルはここまですべてのトラップをクリアーしてきたが、面倒くさいことこの上無かった。
―あの性根の腐ったエルフなら、俺が来る事を予測してても不思議じゃない―
きっと奴は、俺が罠にかかった所をからかおうという魂胆なのだろう。
現に先ほどから、何者かの視線を背後から感じるのだ。
気配に気づいたことを悟らせないため、振り返らずにそのまま真っすぐ進み続けた。ネベルが進むと背後の気配も後からついてくるようだった。
そこで、ネベルは逆にフリークの奴をはめてやろうと考えた。
しばらく森の中を進んでいく内に、辺りにうっすらと霧がかかってきた。この森が惑わしの森と呼ばれている所以だ。
その視界の悪さが、今は好都合だ。
ネベルは背後の気配を感じ取りながら、いきなり霧の中を駆け出した。
それに気づくと、追跡者も慌てて後を追う。
二つの影が森の中を疾走する。
だが疾駆の最中、霧に隠れていた前方の落とし穴にネベルは落っこちてしまった。
いや、それはわざとだった。しかし、ネベルの演技だとは気づかず、追跡者はネベルの落っこちた穴を覗き込もうと近づいてきた。
そして穴の淵に人影が現れた瞬間、ネベルはその足を掴み一気に穴の底へと引きずり落としたのだ。
「捕まえたぞッ フリーク」
「うわぁあああああああああっ!」
「ええッ?! うああああああああああああああ!」
ネベルは彼女につられて大声で叫んでしまった。
そう。ネベルが捕まえたと思ったのはエルフのフリークでは無かったのだ。
二頭身程度の大きさしかない小さな女の子だった。
背中にはトンボのような羽が四つある事から、それが妖精の女の子だと分かった。
「びっくりしたぁ。いきなり引っ張らないでよ」
「お、お前……何なんだ?」
「わたし? わたしはピクシー! 見ての通り妖精だよ。この前この森で生まれたばかりなの」
妖精は微精霊が集まり成長する事で稀に誕生する存在だ。
人間のように自我や個性があるが、身体の構造は生物より自然現象に近い。
また、この世界のどこかには、生まれた妖精たちを統べる妖精女王が存在し、微精霊も女王に関係があるとかないとか。
ネベルがそんな事を思いだしている間、ピクシーと名乗った妖精はネベルの周りを飛びながら彼を興味深く観察しているようだった。
「なんだよ……」
飛び回るピクシーをうざったく手で払いながらそう言った。
ピクシーはそんな事は気にせずに、目を輝かせてネベルにこう言った。
「君、すごいね! こんなに重そうな荷物をしょってるのに、あんなたくさんの罠をどうやって避けてたの? 前にも惑わしの森に来た人間を何人か見たけど、ここまで来れた人はいなかったよ」
「フン…………なんとなく分かるんだよ」
「それは、罠の場所が?」
「ああ……」
ネベルはゆっくり立ち上がると、落とし穴から這い出た。
その間も、ピクシーは彼の周りを飛び回りながら絶えずおしゃべりを続けていた。
「それってどういう事? 罠の場所が勝手に分かっちゃうの? それってすごくない?! 超能力的な?それでここまで来れたんだぁ」
「知るか! 勘だよ勘」
「ふーん、なんだ勘か。あれっ どこか行くの?」
ネベルは気を取り直し、再びフリークのいる惑わしの森の奥を目指そうとしていた。
「ああ。お前には関係ない」
「ねえねえ、君っておもしろそうだからついて行っていい?」
「はぁ? ついてくるなよ!」
「ははは! 剣士さん待ってよー!」
「俺はネベルだ。だからついてくるなって!」
再び追いかけっこが始まった。
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