第109話 切り札たち
キャンディも含めた科学者たちの必死の解析作業により、クローン兵に送られている信号増幅装置の在処が判明した。
「分かりました! 信号増幅機は全部で三つありますです!」
「なんだと! それで、間に合うのかッ!?」
「分かりません……。それぞれが離れた場所に隠されてありました。間に合うかは運しだいです」
「そうか… とにかく、いそいで戦場のバルゴンたち特別遊撃隊に知らせるんだ!」
「は、はいなです!」
キャンディは通信機を手に取ると、バルゴンやネベル達に信号増幅機の破壊作戦について知らせた。
残された時間はほんのわずかだ。
―兵士は限界を超えてがんばってくれてる。どうか頼むぞ。お前たちが我々に残された最後の切り札なのだ―
ガルゴン王はすがるようにそう思った。
「ええ? もう変形できないだって?」
ネベルとディップは、キャンディから伝えられた信号増幅機があるという地点の一つに向かっていた。
三つの増幅機は、ケイブロングヴェルツを囲むような三点に配置されていた。
バルゴンとマックの二人は右翼西側の増幅機、ネベルたちは東側を担当する事になった。
「ああ」
「なんでだよッ 変形した方が強いんじゃねーのか」
先ほどから二人がしているのは、エクリプスについての話だった。
ドワーフ工房部で改造を依頼した後、変形機能が取り払われてしまったのだ。
二人のダイバーは、リ・ケイルム山の荒い大地を颯爽と駆けぬけながらおしゃべりを続けた。
「仕方ないんだ。変形機構はエクリプスの構造に余裕があったから組み込めたんだ。バルガゼウスの槍爪はコイルとしての機能が一番だったけど、それ以前に槍爪自身のエネルギーが大きすぎて、エクリプス内の許容量をかなり圧迫する事になってしまったんだよ」
「ふーん、そういうもんか。 だけどよ、なんかやっぱり勿体ない気もするな……」
「あ? なんでだよ」
ネベルが尋ねると、ディップは決まりの悪そうにもごもごと口を動かした。
「いや、少しばかり恥ずかしいんだが。実はお前の武器が変形するのをどこかカッコいいと思っていたんだよ。だからさ、その」
「……フ」
「オイこら。笑うんじゃねえ」
「悪い。意外だったからさ」
「チッ…」
「だけどさ、もう変形機能なんてどっちみち必要なかったんだよ」
「は? どういう意味だよ」
「……さぁな」
「あ、オイ!」
そう言うと、ネベルは走る速度を上げた。
エクリプスの変形機構はどんなに過酷で様々な状況でも、たった一人で対処するたに生み出された物だった。
だがすでに、彼には近くで共に戦ってくれる仲間がいた。
ネベルはもう、孤独では無かったのだ。
「おっと、お喋りはここまでみたいだな!」
「っ、ああ…」
いつの間にか、二人は指定されたポイントへとたどり着いていた。そこはいくつかの木々に囲まれたリ・ケイルム山の麓にあたる場所だった。
そして、視界の先には信号増幅機と思われる大きな長形の鉄の箱。それを守るように配置されていた護衛の姿があった。
「クローン兵が二体。そして自立型のドローンが二体か……。あれは、ソーンテイルが原型か?」
護衛はいずれも強力な武装だった。クローン兵はメタルアーマーで防御を固めており、サブマシンガンを持って周囲を警戒していた。
自立型ドローンにはレーザーブレードを搭載した長い尻尾が付いており、ソーンテイルのような狂暴性と機動力を兼ね備えていた。
「四人か、しかも強そうだな。 あまり時間もかけてられないぜ?ネベル、ここで使うのか?」
するとネベルはかぶりを振って答えた。
「いや、まだとっておく。フェイタルブランドは俺の奥義だから、考えなしに使うわけにはいかない。だろ?」
「そういやぁそうだったな。 ……だったらその分、俺がお前をカバーするぜ!」
「ああ、頼む。 …いくぜッ!」
ネベルは、エクリプスをホルダーから抜き放つ。
そして一気に四体の護衛めがけて飛び込んでいったのだ。
ファーストアタック。
不意をついたエクリプスの一撃が、クローン兵の頭を派手に叩き潰す。
だがそれで、他のクローン達にも存在を気づかれてしまった。
すぐに、二体の自立ドローンがネベルの周囲を取り囲んだ。
―ピコピコピコ~―「グガァァ!!!」
ドローンの一体がネベルに向かって回転するように飛び込み、尻尾による斬撃をお見舞いしてきた。ネベルはすかさずエクリプスを使ってその攻撃を受け止める。
エクリプスとドローンの尻尾の間で激しい火花が散った。
その間、もう一体のドローンもネベルに攻撃しようと少しずつ距離を詰めてきていた。
だがそれに気づいたネベルは、片方の手からブラックバインの魔法を行使しドローンの動きを封じる。
それで、ネベルは手一杯だった。
残った最後のクローン兵が、身動きできないネベルに向かってサブマシンガンの狙いをつける。
「こっちだ!木偶の坊ども!」
その時、反対側からディップが飛び出すと、ネベルを囲んでいたクローン達に向かってエナジーライフルを斉射した。
突然の背面からの奇襲で、クローンやドローンは無抵抗のまま大ダメージを受けた。彼らの動きが一時的に完全停止する。
「……今だ!」
ネベルはエクリプスで電熱剣の尻尾を弾くと、ブラックバインで拘束していた自立ドローンを思いっきり手繰り寄せ、そのままもう一体のドローンの体にぶつけた。
そして、周辺を確認しながらエクリプスを真横に構える。
……この角度か―
ネベルはその場でクルクルと回りだす。
剣に遠心力が充分に乗ると、勢いのまま二体のドローンを同時に薙ぎ払ったのだ。
ドローンが飛んで行った直線方向の先には、ディップと戦っていたクローン兵の姿が。
後ろを振り返ったクローン兵が自分に向かって飛んでくる大きな投擲物に気づいた時、すでにネベルは宙へと飛翔していた。
舞い上がったネベルの眼下には、三体の敵が一塊に集まっている。
これほど狙いやすい的はない。
ネベルはここまでの戦闘の一連の動きを、すべて自分の感覚だけで導きだしていた。
「ヒートヘイズ!」
真下に射出された魔法の炎が、クローン一体とドローン二体を包みこんだ。
その後、炎からクローン達が出てくる事は無かった。
一瞬だが激しい攻防を終えて、二人は互いに歩みよった。そして中央で拳を突き合わせるとこう言った。
「やったな、ネベル!」
「ああ…!」
一つ目の信号増幅機の破壊を完了すると、ネベルとディップはすぐに三つ目があるポイントへと向かった。
最後の信号増幅機があるのは中央だ。
森の中を走りながら、ディップは通信機を耳に当て、ネベルにこう言った。
「バルゴンとマックも、無事に二つ目の増幅機を破壊したらしいぜ」
「そうか」
「アイツらとは三つ目がある場所で合流しそうだな。デルンによれば、まだ連合軍側の兵士はクローンの攻撃に耐えられているそうだ。まあ、このペースならなんとか間に合いそうだな」
「ああ。きっと間に合うさ。 ん?!」
だがその時、ネベルが急に立ち止まってしまった。
「オイこら。いきなり何止まってやがる。急がないといけない事には変わりはないんだぞ」
「……」
「聞いてるのか、ネベル」
その時ネベルは、森の中である人物の気配を感じ取ったのだ。
突如、どこかへ飛び去って行ったフリークの気配だ。
気配を感じ取るなど常人では不可能かもしれないが、今のネベルならそれが可能だった。
―アイツ、こんなところにいたのか―
するとネベルは、ディップにこう言った。
「ディップ、俺はここで離脱する。悪いけど、最後の信号増幅機の所にはお前一人で向かってくれ」
「はぁ? オイこらッそれはどういうわけだ」
「フリークがいたんだ。 今のアイツを放っておくわけには行かないだろ」
「え、フリークが? ……確かにそれはそうかもだが」
ディップも通信で、フリークが自らを犠牲にして連合軍15万の兵士を守った話を聞いていた。
「マックたちも合流するんだろ? あとはお前らに任せるよ」
「うーん…… 分かった! あいつらには俺から言っておく。ネベル、フリークを頼むぜ?」
「ああ!」
そしてネベルはディップと分かれ、自分が感じたフリークの気配を頼りに再び走りだしたのだった。
数十分後。
移動要塞の中にいたロワンゼットは、むちゃくちゃに悔しがっていた。
ダイバー達の手によって、三つの増幅器は全て破壊された。これにより、残っていた数十万体のクローン兵とロボット兵器の全てが活動を停止した。つまり戦争が終結し、連合軍側の勝利が決まったのだ。
「連合軍バンザイ!」
「ダイバーシティ万歳!」
連合軍側の兵士たちは、互いに戦争の勝利を分かち合った。種族の異なる者同士が抱き合い、生の喜びを感じ合っていた。
「クソゲー!!!クソゲーっ!!!」
荒ぶるロワンゼットは汎用型人機の手で、近くにある物を手当たり次第に殴りまくった。
「死ねッ死ね! ふざけんな!シね! ちきしょー、こんなの有り得ないだろうが」
ロワンゼットにもう残存兵はいなかった。特殊信号を使ったので、クローンの自意識を自らの手で滅ぼしてしまったからだった。
「クソが。あと少しだったんだぞ!」
そう言いながら、ロワンゼットはどうにかしてリセットボタンを探していた。それしか出来る事がなかったからだ。
とその時、前方のモニターに何者かが映り込んだ。人工知能がそれを検知し、ロワンゼットに警告をする。
「な、なんですかコレは!」
それは、アースの魔力をたどって飛んできたはずのフリークだった。
モニターを見たロワンゼットは、すぐにそれが話に聞いていたハイエルフだと分かった。
「ああ、コイツが例のフリークか。 ……クフフ、おかげで良いことを思い出したぞ。そうだ。儂にはまだ秘密兵器があったのだった。クフフ、あれを見せたら、このエルフはどんな顔をするんじゃろうか」
機嫌を直したロワンゼットは、そうして最後にして最悪の切り札を解放したのだった。