第103話 はじまりを告げる一撃
今度こそ為すすべがない。策士ロワンゼットの罠にはまり、あっという間に連合軍全体が絶体絶命の危機に陥ってしまった。
当然このピンチを、ケイブロングヴェルツ坑道砦門にいたガルゴン王とダイバー達も把握していた。
「クッ、ソォォオッ!!!」
怒りのままに、ガルゴン王はこぶしを振り下ろす。
「このままでは無残に兵士を死なせるだけだ! 降伏するしか道はないのか!?」
たとえ伝説級の武器シャイニングエコーであっても、六つの波動砲と数万のバルカン砲。そして50万のレーザー光線を同時に防ぐことは不可能であった。
「マズイよ!マズイってばぁ! ねえどうするんだよー!」
「オーマイガー! あんな金魚の口みたいなビッグキャノンが直撃したら、本当に一貫の終わりだ!」
「ねえねえネベル? あの砲撃も、エクリプスのフェイタルブランドで何とかならないのっ?」
「いや、流石にあんな攻撃範囲はカバーできないさ。くそっ」
いつだって前を見続けたダイバー達さえ、その時だけは絶望しかけた。
だがその時、それまでずっと静かだったフリークが重い口を開いた。
「……こうなったら、私がやるしかないでしょう。極大の禁呪を使います」
フリークには何か考えがあるようにみえ、この現状では唯一の光明だった。
ロンドがこう言った。
「そ、その魔法なら、おれ達もみんな助かるの?」
「はい」
「本当?! やったぁ! じゃあ、お願いしますフリークさん!」
しかし望は、フリークが禁呪と言ったのを聞き逃してはいなかった。彼女の脳内には、白絹の森で見たエクスポートディメンションの後の生々しい血の光景がはっきり刻まれていたのだ。
「ちょっと待ってよロンド君。ねえフリークさん、極大の禁呪ってなんですか? そんな物つかって、大丈夫なんですか?」
するとフリークは答えた。
「ええ。もちろんです! だって、私は死にませんから」
死なないだけで、何かがある。
その言葉から不穏な気配を感じ取ると、すかさずマックはこう問いただした。
「ヘイ、フリーク。たしか君は神によって使える魔力を制限されたと言っていたよね。そんな状態で極大の禁呪なんて使ったら、体内魔素の制限を超えてしまい、重い代償を支払う事になる。違うかい?」
「プクク、そうですねー 五感は何かしら失うでしょうし、最悪の場合、自我を失ったまま帰ってこれなくなるかもしれませんね~」
「なッ それなら…」
「でもですね。私は最後に貴方たちを守れるのなら、本望なんですよ」
「フリーク…!」
波動砲のエネルギーは、既に70%近く溜まっていた。
あれが満タンになったとき、最低でも5万人、最悪だと15万人が死ぬ。
「……今から魔素を集めます。相手が攻撃を始める直前になったら教えてください」
そういうとフリークはその場に座り込み、目を閉じ瞑想を始めた。
ガルゴン王は自国の運命を他人のエルフに託さねばならない事に無念を感じながら、従者たちに連れられ砦の中へと消えていった。
このままでは大勢が殺されてしまう。
しかし術を持たない彼らはフリークの力にすがるしかない。
助かるためには、誰かを犠牲にするしかない。
なにより、もう覚悟を決めたフリークを止めることなど、誰にも出来ないのだ。
―このまま見ている事しかできないのか? また、俺は守れないのか―
どうにもできない事が許せなかったネベルも、この砦を飛び出し今すぐ戦場に向かおうと思った。
無謀で無策だが、このままここに留まり、無力でいるよりずっとマシだ。
しかし、ふとその時、傍らにいたロンドが、何やらブツブツと独り言をつぶやいているのに気が付いた。
「魔素を集める、魔素を集める……。うーん。なんかいい物があった気がするんだけどぉ……」
キャンディはそれを聞くと、何かに取りつかれたような勢いで飛び上がった。
「アアっ!それです!!! その手があったです!!!」
「キャンディ、何いってんだよ」
「アタシ急いで取りに行ってきます。 …フリークさん。少し待っててくださいです!」
するとダイバー達が制止する暇もなく、キャンディはあっと言う間にどこかへと走り去ってしまった。
そして数分後。
消えたキャンディが戻ってくるよりも先に、ロワンゼットによる二度目の音声放送が始まった。
~「愚か者共よ。せっかく、この儂が恩情を与えたというのに。どうやら余程死にたいようだな。クフフ、為らば望み通り、まとめてあの世におくってやろうぞ」~ブツ
愉悦混じりの死刑宣告。それは、これから大虐殺が行われる事を示していた。
「時間が来たようですね。皆さん、危険なのでここから離れていて下さい」
「フリークさん…!」
「……禁呪を使ったあとに、私がどうなっているか分かりません。なので、一応言っておきますね」
――今までありがとう。そして、さようなら――
その直後、フリークから荒々しい魔力のオーラが溢れだした。極大の禁呪の詠唱準備を開始したのだ。
そして、本来ゆるされている量を遥かに越えた魔素の放出は、時間と共に極めて深刻な傷を術者の身体に与え続ける。
「くおおぉぉ!」
顔にある全ての穴からは、赤い血が垂れはじめた。
「フリークッ」
「……どこかに行ってくれませんか? 貴方にこんな姿、見られたくないんですよ」
「くっ… ああ……分かった」
「プクク。ありがとうございます」
ダイバー達は皆、フリークに背を向ける。
そしてフリークは、詠唱のためさらなる魔素を集め始めた。
「ウォォオオッ!!!」
―私なんてどうなろうとも構わない。彼らの未来だけは、絶対に守ってみせる!―
そして同時刻に、敵の波動砲の方でも発射準備が完了し、クローン兵の一人がケイブロングヴェルツに照準を合わせスイッチを押そうとしている所だった。
しかしフリークの魔法は、まだ発動まで時間がかかりそうであった。代償を支払っても、まだ魔素が足りていなかったのだ。
「くっ、ここまでか」
──だがその時、キャンディが息を切らしながらようやく砦に戻って来た。
「キャンディ! 君はこんな時にどこに行っていたんだい?!」
「す、すみません。でも、これ使えると思いませんです?」
そういって彼女がダイバー達にみせたのは、エナジー結晶1000個の詰まったアタッシュケースだった。
「これって〈サキエル〉でネベル君がもらった報酬だよね。 あ、そっか!エナジーも魔素と同じ微精霊だから!」
「はいなっ! ネベルさんみたいに、フリークさんもエナジー瓶で魔法が使えるんじゃないかなって思ったんです」
キャンディの意図をすぐに理解したネベルは、急いでそのアタッシュケースを掴み上げ、フリークに向かって思いっきり放り投げた。
「フリーク!こいつを使え!」
アタッシュケースが宙を舞う。途中で蓋が開き、中のエナジー結晶がこぼれだしてしまっていたが、その時にはフリークにもすべてが通じていた。
フリークは大きな手のような闇魔法を発動し、空中のエナジー結晶をすべて拾い上げると、そのまま体内魔素として還元した。
「……よし。これならいけます!」
「やった!」
だが既に、クローン軍は一斉攻撃を開始してしまっていたのだ。
エナジー銃とは違い弾速も速く威力も高いレーザー光線やバルカン砲が同時に数十万発も発射された。壊滅的な威力を誇る6つの波動砲も、ケイブロングヴェルツに向かって火を噴いたのだ。
戦場の兵士たちは、それぞれの最後を悟った。
「ああ、もうおしまいだぁ」
「最初から無理だったんだ…」
しかしその時、たった一人のエルフだけはもう余裕だった。
フリークを纏う魔力のオーラは、いつの間にか荒々しさが消滅し、全属性を表す虹色に変化していた。それは禁呪の詠唱に必要な魔素が、完全に補完できた事の証明であった。
彼は祈った。
―今は亡き友よ。貴方の力、お借りしますね―
「……イクシオンヴェゼット・ℵ・エレメンタリ・ディスオベイ!」
フリークの発動した魔法は、大きな炎が出たり高威力の雷で攻撃するわけでもなく、視覚的に派手な物では無かった。
だが、その効力は凄まじい物だった。
こちらに向かって飛んできていた幾億もの弾丸や砲弾、レーザー光線のすべてが、フリークが魔法を使った瞬間に跡形もなく消失したのだ!
「一体、何をしたんだ?」
「プクク。まあ見ていてください」
クローン兵による攻撃が突然消滅し、指揮官であるロワンゼットも大いに困惑していた。
「何だ。まさか防がれたのか? だが、それは後回しだ。クローン共、さっさともう一度攻撃するんだ」
ロワンゼットの号令を受け、50万のクローン兵たちは再びレーザーライフルを構えた。
しかしその後、銃撃は一切起こらなかった。
「どうなってんだぁぁ!!!」
フリークは今起きた事を説明した。
「私が使ったのは、相手の攻撃魔法を無力化する魔法だったんです」
それを聞くと、ダイバー達は首をかしげた。
「攻撃魔法を無力化って言うけど…、レーザーとかはどう考えたって魔法じゃないだろ」
「ええ、そうですね」
「あ? どういう……」
「この禁呪で無力化する攻撃を決めるとき、何を魔法と捉えるかは術者の気分次第なんですよ」
「…………」
全属性魔法攻撃無効化呪文が開発された時代には、発達した異世界の科学は存在していなかった。
なので炎や光を放つ魔法のような投射物も、ギリギリ魔法攻撃と認めることが出来るのだ。
「じゃあ、今なぜか敵が追撃してこないのも、フリークの魔法の力なのかい?」
「はい。この魔法で一度攻撃魔法を無効化された杖は、しばらく魔法を使うことが出来なくなりますので。まあ、大して強くもないレーザーライフルなんかは、すぐに封印も解けてしまうでしょうが」
「ヒュー! スゴイな。インビンシブル!」
そしてロンドはこう言った。
「ありがとうフリークさぁん! また、助けられちゃったね」
フリークは、かぶりを振りながらこう答える。
「いえこちらこそ。皆さんの助けがなければ、決してこの魔法は成功しませんでした。特にキャンディ、貴方にはとても助けられましたよ」
「てへへ、そんなことないですぅー。恥ずかしいですよ~」
褒められたキャンディは鼻の下を伸ばしすっかり気を緩ませていた。
よって彼女は分からなかったようだが、ネベルはフリークの不自然な視点の不一致に気が付いた。
「お前、目が」
「あ、アハハ。気が付かれちゃいましたか」
すると、望は心配そうにこう尋ねた。
「見えないの?」
フリークは、少し困り顔で答える。
「あー。いいえ、それなりに見えますよ。 この程度で済んだんですから、全然よかったですよ」
「……うん」
彼はそう言ったが、視力はほぼ喪失してしまっており、残された僅かな色覚と魔法探知により物の位置を把握していた。
この症状は呪いであり、エリクサーでも回復することは出来ない。
「我からも、一言いわせてくれまいかっ!」
砦から出てくるとガルゴン王は、すぐさまフリークの前で膝をつき、彼に敬意を示した。
「我はつい先刻まで、エルフである貴様の本質をまだ疑っていたのだ。どうか、愚かな王を許してほしい。本当にすまなかったフリーク。お前にすべてを任せてしまって。そして、国を救ってくれて感謝する。この恩を、ケイブロングヴェルツは永劫に忘れない」
「いいんですよ。私はその為にここにいるのですから」
「ウム。そうだったか!」
「それよりも王様。こんな呑気に話している場合ではないと思いますけど? やつら、銃火器が使えないと分かったら、今度は近接武器に持ち替えて攻めてくるでしょう。まだ戦争に勝ったわけではないのですから」
フリークは魔法攻撃を無力化はしたが、結局誰も殺してはいない。数の差は相変わらず覆ってはいないのだ。
だがそれを聞くと、ガルゴン王は豪快に笑いながらこう言った。
「ガガガ! それはむしろ大歓迎だ。なにせ、肉弾戦なら、我々は大得意だからな! そうだろう?不可視の獣よ」
「……ああ。今度はこっちのターンだ!」
ネベルは出撃準備を開始した。