第102話 絶対絶命
バルゴンの特別遊撃隊はヒポテクスに騎乗すると、まるで風のような素早さで戦闘の激しい前線地帯へと向かった。
ディップとデルンもソーンテイルの背に乗り、部隊の後を追いかけた。
「……あれは、 なんじゃ???」
目的地についた彼らの視界の先にあったモノを形容するならば、それはとても大きな黒雲であった。
だがよくよく見ると、それらが無数の小型ドローンの集合体であると判明した。
「オイオイ、なんて数だ。こりゃ一兆体はいるんじゃないか?」
「まさか、これ程の戦力を隠していたなんて! これじゃあ勝負にすらなりませんよ。一方的に蹂躙されるだけです」
まさにデルンの言う通りだった。一体一体の小型ドローンは、旧文明の遺跡を巡回する監視ロボット程度の戦闘力しか持ち合わせていないだろう。
しかし、それぞれが単機の熱機銃を搭載しているのだ。一兆体ともなれば圧倒的に脅威なのである。
今も遠くの空では、何本ものレーザー光が地上に降り注いでおり、そこにいた兵士たちは必死に逃げまどう事しか出来ずにいた。
「あの場にいる兵士たちは、きっと急な襲撃で混乱状態に陥っておるのじゃ。冷静な判断ができずに戦況を建て直せずにいるのだろう」
「だったら、すぐに助けに行かねーとな」
「うん。そのとおりじゃ。いくぞみんな!」
「「オオウッ!!!」」
そうして特別遊撃隊の精鋭達は、一兆体のドローンに包囲された窮地の仲間の元へと戦馬を走らせたのであった。
だが彼らは、現場に着くなり、すぐにある異変に気が付いた。
「兄さん。おかしいです…!」
「ああ、明らかに少なすぎる」
ディップ達は、さきほど確かに一兆体の敵影を視認したはずだった。それに今も、空からのドローンの攻撃がやむ事はなく、ドワーフの精鋭兵たちはウルフバートを使って煩わしい敵を叩き落としている。
だがしかし、視界に映る敵の数と敵の攻撃頻度がどう考えても合わない。少なすぎるのだ。
バルゴンの見立てでは、実際に攻撃している敵の数は万にも満たないだろうという。
「んっ? あれを見てください!」
特別遊撃隊の一員である猫人族の兵士が、空中で待機中のドローンの一団を指し示した。
猫人族はそこに弓矢を射かける。すると矢はドローンに当たることはなく、幻のようにすり抜けたのだった。
「あッ もしかしてホログラムか!」
「なんじゃって? ホログラムとな?」
「バルゴン。俺達は偽の映像を見せられていたんだ。 この大軍勢は、すべてフェイクだ!」
「なななんと! つまり、これは罠かっ!」
その時前線は、一兆体のドローンに追いかけまわされる恐怖のせいで、陣形がすっかり崩されてしまっていたのだ。
「こりゃいかん。すぐにこの事を王に知らせるのじゃ!」
通信でバルゴンの報せを受け取ったガルゴン王は、すぐに自分の元に魔法使いクロを呼び寄せた。
「急げ! 我に精神系魔法を付与せよ」
「直ちに。 ……プラチナムズソウル!」
クロが手をかざすと、たちまちガルゴンの身体は暖かい光を放つ銀色のオーラに包まれた。この魔法には、対象者に精神耐性の付与や存在感の強化などの効力があった。
「……よし。 ──皆の衆、きけぇい!」
ガルゴンは拡声器を使い、戦場の兵士たちに呼びかける。
「貴様らの前にある数え切れぬ小型ドローンの群れは、すべて敵の作り出した幻である。これは我々を動揺させる罠だ。各自落ち着いて対処するのだ」
それを聞くと、兵士たちは徐々に平静を取り戻していった。
「ええっ 全部偽物だって?」
「本当だ。よく見たらこいつら見た目だけで、ほとんどスカスカだぞ」
「くそー。オレら騙されてたのかぁー」
兵士たちは、魔法の付与された王の言葉により勇気を取り戻し、再び敵に立ち向かっていく。
乱れていた陣形も、指揮官たちの活躍で、すぐに回復しているようだった。
しかし、その時には何もかもが手遅れだった。
敵の巧妙な包囲陣は、既に完成してしまっていたのだ。
突然、小型ドローン群から投影されていた一兆体のホログラム映像が途切れた。
「何ごとじゃ!」
「オイこら、いきなりどうして消えたんだ?」
空を覆いつくすほどの大量の敵軍がいきなり消滅し、兵士たちは困惑していた。
だがすぐに、それより衝撃的な物を目撃する事になる。
さらに驚くべきものがドローン映像の死角に隠されていたのだ。
連合軍の兵士たちが一兆体の小型ドローンに気を取られている間に、背後のリ・ケイルム山以外の全方向を、敵のクローン兵によって完全に包囲されてしまっていたのだ!
50万のクローン兵が持つレーザーライフル。
そして数万のバルカン戦車の砲台が、完全にこちらを狙いつけていた。
また敵軍の中には、途轍もなく巨大な大砲も見えた。しかも、それは六つもあるようだ。
「なんじゃぁ?!? ありゃあ、下手するとタイラントよりデカいぞ。あんなのに狙われたらひとたまりもないわい」
すると、戦場にいる兵士たちに対し、ガルゴンのように拡声器を使い話しかける者が現れた。
~「儂はこの軍を指揮するコマンダー。ロワンゼットである。クフフ、貴様らは儂の策略にはまり既に積んでいる。貴様らの負けだ! 今から波動砲を含めた全ての火砲を一斉に放ち、消し炭にする! 死にたくなければ、降伏せよ野人共」~ブツ
音声が切れると、巨大砲の中にそれぞれ火が灯り、エネルギーのチャージが開始されたのが分かった。
脅しの中で告げられた「消し炭にする!」というのは、明らかにアレックス・ブレインズの「殺し過ぎるな」という忠告に反していると思われた。しかしロワンゼット自体は15万にもいるのだからだいたい5万人くらいなら殺しても構わないだろうという思惑があっての発言だったのだ。