第101話 開戦の狼煙
総勢15万の連合軍は、2万から4万の部隊に分かれ、ケイブロングヴェルツの砦前にてそれぞれ配置した。
前衛は主に、守りに優れるドワーフや高い攻撃力のある蜥人族の戦士たちで固められていた。
その後方には、機動力のある犬人族や、遠くまで矢を届かせることが出来る猫人族が控えていた。
アルカイック商業組合は魔法使いを200人ほど雇った。狐人族の焔と呼ばれる火の魔法現象を扱う11人の精鋭と共に、彼らは各所に配置された。
そして、15万人全員がドワーフが鍛えた一流の武器防具を装備していた。
中でも精鋭兵には風魔法の付与されたコンポジットボウや、重力兵器ウルフバートが配られた。
ジ・ガルゴン王と戦士バ・バルゴンは、戦争の最終防衛ラインでもあるケイブロングヴェルツ坑道砦門の屋上にいた。
双眼鏡片手に、遠くにうっすらと見ることが出来る敵の姿を注意深く観察していたのだ。
行軍で発生した砂煙のせいで、ハッキリと敵影を視界に収めることは出来なかったが、少なくとも1万以上の戦車の存在を確認していた。
ガルゴン達はクローンとの数々の戦の経験から、それが大きなガトリング砲を搭載したホバー戦車だと予測できた。地上から3ミリ浮いておりどんな荒地でも走行可能なのだ。
「うん。この戦争の規模だけに、バルカン戦車の数も流石に多い。だが、タイラントが一台も見当たらないのが不気味じゃのぉ」
通称タイラント。クローン軍がたまに使用してくる超大型二足歩行ロボットである。
頭部から極太レーザーを放射してきて、初めて接敵したときはそれで何千人も死者が出た強力な相手だった。
なのでドワーフ達は、その大型ロボットの存在をとても危惧していた。
「すくなくとも一台。いや、3台以上は導入してきてもおかしくないハズじゃのに」
「同感だ。 まだどこかに隠しているのか。それとも、もっと恐ろしい秘密兵器を用意しているのか……」
「ううん……」
文明化された敵の科学大隊がどのような戦術をもって攻めてくるのか。二人のドワーフは頭を悩ませていた。
そんな時、ようやくダイバー達が、戦場にいる彼らの元に一足遅れて駆け付けた。
8人と1匹が全員そろっているようだ。
「おお! 貴様ら、待っておったぞ!」
ガルゴン王はダイバー達を歓迎した。
連合軍の中でもダイバー達の戦闘力は総合的に上位の方だ。
王も彼らを頼りにしていた。
すると、ドワーフの二人に会うなりディップはこう言った。
「なあバルゴン! 俺たち兄弟、お前の所で戦わせてくれよ!」
それを聞いたガルゴン王はこう言った。
「ウム。それはちょうどよい。 バルゴンの部隊は特別遊撃隊なのだ。貴様らが加わればさらに活躍することだろう」
「へえーッ 特別遊撃隊だって? ちょっとカッケーじゃねえか。俄然やる気が湧いてきたぜ!」
テンションの上がったディップは、むきっと歯を見せながらガッツポーズをしてみせた。
しかし弟のデルンはどこか不安そうだ。
「でも、大丈夫ですかね? 僕たちは本職の兵士じゃないし……。本当にこれから、あの中で戦うんですか?」
デルンはすぐ下にいる何万もの兵たちの人波を見ると、これから起きる血みどろの戦いを想像しサッと青ざめた。
「うぅ、やっぱ僕っ…」
「デルン。無理はしなくていいぞ」
「兄さん!??」
それはデルンにとって以外な一言だった。ディップならてっきり「オイこら。情けねーぞデルン!お前もダイバーなら男らしく戦え!」とでも言って、自分を叱責するだろうと思っていたからだ。
「なんで? らしくないですよ」
「ああ。俺も、これまで散々してきたコードブレイン社の奴らに、一緒に一泡吹かせてやりたい気持ちはあるさ。だがそれより、たった一人の家族のお前には死んでほしくは無いからな」
「兄さん……!」
デルンは思わず涙腺を緩ませる。
「けどな。心配するなデルン。 お前もだいぶ強くなったんだぜ」
「えっ 本当ですか?」
「ああ!そうだとも! この旅の間で見違えるほどたくましくなったと思う。だからきっと、負けやしねーよ」
尊敬している兄から、自分がこんなにも認められていたのだと知り、デルンはとても嬉しくなった。弱い自分も、少しずつだが兄のようなダイバーに近づけていたのだ。
―そうだ。僕は臆病者を卒業して、兄さんのような勇気を身に着けると決めたんじゃないか―
「……よし。僕もがんばります!兄さんと一緒に戦います!」
「そうか? さすが俺の弟だぜ」
そうしてバーンズ兄弟は、バルゴンの特別遊撃隊に編入することが決まったのだった。
「うん。よろしく頼むのじゃ」
「ああっ こっちこそ! いっそのこと、俺たちで全滅させてやろうぜ?」
「グッハッハッハッ 威勢がいいのぉ。その話乗った!」
バルゴンとディップは固い握手を交わした。
「おほん。ところで、ずっと気になっていたのだが……」
ガルゴン王は、ディップ達の話し合いがひと段落すると、ネベルの方を見てニヤニヤしながらこう言った。
「どうして望は、そんなにネベル殿にくっついているのだぁ?」
それを聞いたダイバー達は、一斉にネベルと望の方へ振り返る。
二人は集団の後ろの方に居て、望はネベルの服の裾を掴んで彼に身体を寄せるようにしていた。
だが、みんなが自分たちの方を振り向くと、急いでその手をパっと放した。
どこか初々しくもある望の姿を見て、我慢ならなくなったピクシー。
二人の間めがけて全速力で突っ込んでいくと、その場で猛烈に暴れだした。
「うぅあう!あうああああああ!!!」
顔を真っ赤にさせて手足をバタバタと振り回しながら、望をネベルから遠ざけようとしていた。
するとピクシーは、ネベルにこう言った。
「わたしも!わたしもたたかぅ! ネベルの役に立つんだもん!」
「はぁー? 何言ってんだお前。 お前に出来るのなんて、せいぜい遺跡の中での偵察くらいだろ」
「ぬぐぐぅー!」
図星をさされ、もはやぐうの音しか出ない。
「……危ないんだから。いつもみたいにおとなしくしとけって」
「う、うるさいうるさーい! わたしだってさッ 一つくらい魔法が使えるんだからね!」
ネベルはそれが、ピクシーの苦し紛れの嘘だと思った。
「フン、だったら見せてみろよ」
「そ、それは……」
「ほうら。やっぱり嘘じゃないか」
だがその直後。ダイバー達の背後にある戦場の最前線で、激しい火花が上がった。
ネベル達はまさかと思い、ぎょっとしながらピクシーの顔を見つめる。ピクシーは首を横に振った。
「ちがうちがう!」
「だよな…」
すると、坑道砦門の中から一人の魔法使いが慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
彼女はこの砦の守りを任されたクロという魔法使いで、ガルゴン王に前線の状況を伝えに来たのだった。
状況を聞いたガルゴン王は、ダイバー達にこう言った。
「ウム、どうやらクローン軍が攻撃を開始したようだな。前線では大きな火の手が上がり、既に数体のドローンと戦闘を開始しているそうだ」
「ついに、戦いが始まったんですね……」
望がそう言うと、王は頷いた。
そして、おもむろに拡声器を手に取ると、砦の前で陣を構えている兵士たちに向かって激励をした。
「貴様ら、聞け! これは正義の戦いだ。その手で、非道な侵略者どもをうち滅ぼすのだ!」
「「うぉぉぉぉおぉぉおおぉお!!!」」
ガルゴンがシャイニングエコーを天高くつき上げると、兵士たちの雄たけびがボロン平原に轟いた。
戦士バルゴンは、地面に置いていた自分の戦斧を手に取った。
「わしも出る。おぬしらも来るか?」
「ああ、もちろんだぜ」
そしてバルゴン達は、先に戦場へと向かっていった。
だがその直前、ディップは立ち止まるとネベルにこう尋ねた。
「お前は一緒に来ないのか? 戦いが好きなんだろ?」
「ああ。でも俺は俺の好きにやらせてもらう」
「ふーん、そうか。 ま、お前もがんばれよ!」
そう言うと、ディップは今度こそ去っていった。
砦の様子が一気に慌ただしくなる。運命を決める四度目の世界大戦は、今ここに開幕したのだ。
「どうやらおしゃべりはここまでの様ですね。プクク、準備はいいですか? モテモテのネベル君♡」
「くっ、うっせぇ! ……決意なら、とうの昔に出来てるさ」
ネベルもホルダーに刺さったままのエクリプスを強く握りしめた。