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ユメグイ  作者: 佐倉もち
第一章
9/11

#09

読んで下さりありがとうございます!


VirtualDive内で初めての授業を受けてから一週間が過ぎた。

VDAに入学してから過ごした時間は2週間くらいだろうか。


すっかり慣れた手つきでVirtualDiveにログインすると、いつもの教室、というには少々広すぎる空間に黒瀬さんが立っていた。


「今日から君らにはVDDの任務へ同行してもらう」

堂々と言い放つ黒瀬さんに、僕らは固まる。

「任務……ですか?オレたち一応、学生なんですけど」

「そうだ」

僕らの疑問を代弁した開に対し、依然として黒瀬さんは堂々としている。

「我々VDD、VirtualDive防衛部隊は酷く人手不足でな……正直君らへの授業と任務を両立するのはかなり難しいのだよ。故に、学生にはある程度イメージの力を使いこなせるようになり次第任務に同行してもらって実践から学んでもらう方針をとっている」

「……」

僕らがみんな返す言葉を失っている間にも黒瀬さんはいそいそと準備を進めていった。

「手始めに今日は二手に分かれて私と露草の任務に同行してもらう。ほら、さっさと別れろ」

黒瀬さんが指さす方向には、いつの間にか来ていた露草さんがにこにこと手を振っていた。

僕らも、いつまでも呆然としているわけにもいかず開が作った即席くじでチームに分かれる。僕は一人だった。

「……」

「それじゃあ、卯花君と白栖川君は僕と一緒に行こうか」

露草さんに声を掛けられ、開たちははーいと返事をして彼についていく。助けを求めようと開に視線を送ったときには既に手遅れだった。

「あ……」

「では私の同行者は今野か」

背後から威圧感満載の声がして思わず肩を跳ねさせる。

「……お願いします」

「あぁ、よろしくな」

黒瀬さんはにこにこと微笑んでいる。向こうのチームがよかったなと若干の不満を抱えたまま、僕の初任務は始まった。


「さて、ついたぞ」

黒瀬さんにテレポートされてたどり着いたのは、本の世界でよく描写されるような古びた神殿みたいな建物の前だった。

「ここは?」

「プレイヤーエリアの一角にあるダンジョンだ。貴君の最初の仕事場とも言えるな」

プレイヤーエリアと呼ばれるこの場所は、普段僕らがイメージの訓練をしている場所よりもかなり複雑な造りになっていた。確かにこれは、少しだけ好奇心がそそられる。だが、それよりも。

「……誰もいない」

思わず口にしてしまった指摘に対し、黒瀬さんは当たり前だと肩をすくめた。

「例外なくプレイヤーは立ち入り禁止にしているからな。任務が完了するまで、誰もここには来ないぞ」

「……」

「時間が惜しい、説明はダンジョン内を探索しながらしよう。二人ともこっちだ」

黒瀬さんはスタスタとダンジョンに足を進めていく。僕は取り残されないように早足で後に続いた。

「何があるかわからない、決して私のそばを離れるなよ」

「……はい」


「我々が今滞在しているダンジョン内において、バグが出現したという報告があってな。今回の任務ではそれを除去するのが目的だ……そこ、段差があるから気をつけろ」

「え?……あ」

忠告虚しく段差につまずいてしまった。

「もう少し注意して歩け。全く、誰に似たんだか……すまない、話がそれたな。先ほど今回はと言ったが、正確に言えば我々VDDの主たる任務はバグの除去とその後の原状復帰だ。まぁ原状復帰の方は外部の者が手伝ってくれることがほとんどだから、任務イコールバグの除去という認識で構わん」

「……」

黒瀬さんの会話を聞き逃さないように早歩きする。

「ちなみに、我々VDDが対峙するバグというのはかなり特殊でな。システムに生じるバグが従来のものであればVirtualDiveの外から破壊、修復することもたやすかったのだろうが……」

話している間に僕たちは大きな扉の前に来ていた。

「……我々VDDがバグと呼んでいるそれは、もっと非常に厄介で危険だ」

言い置いて黒瀬さんは扉をゆっくりと開ける。

「こっちだ」

中へ歩を進める彼女に、僕はおずおずと続いた。

「……」

これは……酷い有様だ。

これまで歩いてきた場所とは全く違う。扉の向こうにあったのは、初めて訪れた僕でもこの場所が荒らされていると一目でわかるほどの凄惨な光景だった。床も壁も天井も、区別がつかないくらいごちゃ混ぜになっている。

「本来この場所は中ボスのいるエリアなんだがな……察しはついているだろうが、この惨状を引き起こしたのがバグと呼ばれるものだ。奴らの攻撃が我々に当たればこの空間と同じ結末をたどる。この先は更に気を付けて、決して私のそばを離れないようにな」

「はい」

忠告に怯えながらも黒瀬さんの後について歩く。歩くと言っても床はないに等しいので、宙に浮いている瓦礫を足場に跳び進むしかないのだが。

「とはいえ、ここには既にいないな……荒らされた痕跡はあるものの本体の気配が殆どない」

周囲を一通り観察し終えた黒瀬さんが面倒そうにため息を吐く。

「奥まで探し回るのも一手だが……呼んだ方が安全か」

そう呟くと彼女は右耳のピアスに触れた。あれ、黒瀬さん、ピアスなんて付けてたっけ。

ふいに浮かんだ疑問が形になる前にピアスが輝き、瞬間、何者かが黒瀬さんの眼前に現れる。綺麗という言葉が似合う女性だった。外見は異なるが醸し出す雰囲気は少しだけ記憶の中のリディアさんに似ている気もする。

「……」

「あら冬華ちゃん、お仕事?それとも私とお話したかったのかしら?」

「……仕事だ」

呆れを隠さずに答える黒瀬さんに対し、たった今現れた彼女はにこにこと微笑んでいた。

「……えっと、誰、ですか」

突然あらわれた人物に困惑を隠せないまま質問する。

「紹介しよう。彼女はアイ、私の扱う感情結晶だ」

「あらまぁ、随分とかわいい子ねぇ……はじめまして、アイといいます」


感情結晶。

授業で何度も繰り返し教わった、その言葉には聞き覚えがあった。VDDに必要不可欠な、バグを除去することのできる唯一の武器……それが、目の前のこの人?


「この人が、本当に感情結晶……?」

動揺からか少し震えてたしまった声色に、黒瀬さんは「正確には異なるが」と前置いて答える。

「まず彼女は人間ではない、人の姿に見えるがな。正しい言い方ではないがざっと説明すると、感情結晶とは高度なバグの一種みたいなものだ。人の姿を模せるのもこいつらの能力だと思って良い」

「……」

「こいつらって、冬華ちゃんは相変わらず私たちに厳しいわねぇ」

「情など抱くだけ無駄だからな。さて、露草たちを待たせるわけにもいかないしな。手早く終わらせるぞ。二人はそこで見ていろ、私がいいと言うまで動くなよ」

説明もそこそこに黒瀬さんはふわりと宙に浮かび、アイさんもそれに続く。

「このダンジョン内にいる標的の呼び寄せと核の捕獲、それから生徒の防衛を頼む」

黒瀬さんの指令にアイさんはにやりと微笑む。

「供物は?」

「右耳の聴力。時間は任せる」

「そしたら……そうね、半日ほど頂くわ」


アイさんが告げた次の瞬間、周囲が大量の水で溢れかえった。

「……!?」

「うわぁ!?」

突然襲った生命の危機に思わず両目をつむり息を止める。暫くそうしていたが不思議なことに水の感触は一向にしなかった。

「あれ……?」

恐る恐る目を開けると、僕の周りの空間だけが切り取られていた。球状の空間からみえる光景は巨大なアクアリウムを連想させられる。

「……」

よくわからないが、ここは安全みたいだ。少しだけ安心した僕は水面に腰を下ろし外に目をやる。

安全地帯の外、渦巻く水中では黒瀬さんがふわりと浮かんでいた。



「……来たな」

彼女が呟いた直後、水流に巻き込まれ巨大な何かが黒瀬の眼前に現れた。生きているかのように不規則に動く得体の知れない何か。おおよそ同じ生物とは思えないそれこそがバグと呼ばれるものの姿だった。

必要ないと判断したのだろう。彼女は大規模な水流を止め、目の前のバグに対峙する。

「……想定よりデカいしうるさいな」

自分に襲いかかるそいつを前に、黒瀬は左耳を塞いでからわかりやすくため息を吐いた。

「さてと」

彼女は右腕をバグの前にかざし、見せつけるように手のひらを握り込む。

瞬間、水でできた輪が現れ、そいつが拘束されていた。

「抵抗は無駄だ」

ジタバタと暴れるバグに言い聞かせ彼女は握った拳に力を込める。ぐ、ぐ、ぐ、と。握りしめる度に水の輪がギュッと縮まり、捕らえられたバグも小さくなっていった。

うめき声を上げていたバグが次第に大人しくなっていくのを黒瀬は冷め切った目で見つめていた。

「……終わったか」

手のひらに収まるほどの大きさにまで縮小したそいつを回収し呟くと、黒瀬はたったいま思い出したかのように悠を防御していた水球を取り消した。



「もう動いていいぞ」

「……」

黒瀬さんの戦いを見て唖然としていると、いつの間にかなくなっていた水壁の向こうから声を掛けられる。

「実際に見るのは初めてだろう。こいつがバグだ」

黒瀬さんはにこにことして僕に捕らえたばかりのバグを見せつけてくる。最初に見た巨大な姿とは異なり、随分と大人しく縮こまっていた。

「小さいとあまり、怖くない……」

「そうだな」

手のひらサイズの水球に閉じ込められたバグは、しっかりと見なければ小動物のようにも見えた。

「大小さまざまなバグがあるが、やつらには共通して核と呼ばれる部分があってな。こんな風に核を捕獲したら我々の任務は完了だ。この場の後片付けは外部の者がやってくれる」

黒瀬さんは説明しながらバグをしまい、入り口の方向へと歩き出した。

「今日の任務は以上だ、戻るぞ」

「……はい!」

すたすたと進む黒瀬さんに置いて行かれないため、急いで歩いた。


いつもの教室に戻ると、開達はまだ戻ってきていなかった。

「一応状況だけ確認してくる、すぐ戻るから待機していてくれ」

黒瀬さんはそう言い残して教室を出て行く。一人きりで残された僕たちの間には気まずい空気が流れていた。

「……」

今日の任務について無意識に考え込んでしまう。

感情結晶、バグ、それらとの戦い。初めて見る光景たちは今でもまぶたの奥にしっかりと残っている。


「なーに辛気くさい顔してんだ、よ!」

「うわっ!?」

暫く黙り込んでいた僕らに割って入ったのは開だった。背後から蹴飛ばされた僕は十数メートルほど飛ばされてそのまま床に転がってしまう。

「ごめんね~、ちょっと遅くなっちゃった!」

「全く、あの程度のバグに手こずるとは。露草らしくもない」

「いやーほんとすみません。意外と苦戦しちゃいました」

「……」

急に賑やかになった状況に唖然としていると、開がこちらへ歩いてきた。

「やっといつもの間抜け顔にもどったな!……立てるか?」

「……うん」

自分で蹴飛ばしておいて心配そうにこちらを見る開に、むかつきながらも差し出された手を取る。

みんなのいるスペースに戻ると、全員いるのを確認してから黒瀬さんが話し出した。

「さて、任務に同行したので既に察しているとは思うが。我々VDDは殆どの任務に感情結晶を用ている。感情結晶には色々と制約があってな、結晶ひとつを利用できるユーザーは一人までと決まっているんだ」

黒瀬さんはいったん話すのをやめ、髪をかき上げて右耳を見せる。

「結晶に選ばれたユーザーは契約を結び、その証を身に付ける。私の場合はこのピアス、露草の場合は指輪だな」

言われてみれば、露草さんの手には確かにシルバーリングが嵌められていた。

「君らには明日以降も任務に同行してもらう。その上で実際に戦闘もしてもらうが、結晶を持たずにバグと戦闘することは自殺行為に等しい。というわけで君らには今から感情結晶と契約を結んでもらう」

「……え?」

じゃあ、行くぞ。とどこかへ歩き始める黒瀬さんに、僕の思考回路は固まってしまっていた。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

もし「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、いいねやブックマークなどをしてくださると嬉しいです。大変励みになります!

また次話も読んでくださると幸いです。

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