#07
読んで下さりありがとうございます!
「イメージを発信して現象を起こしてもらう。まずは今私がして見せたのと同じように、炎を発生させてみろ」
黒瀬さんが笑顔で言い放った言葉は、とんでもない無理難題だったと後になってから思い知らされる。数十分ほど訓練しても僕たちは現象を起こせる気配すらしなかった。
ひとりを除いて。
「んー……何か問題があるってわけでもないし、もうしばらく練習したら上手くいくと思うけどな……」
「……」
何故か教わるよりも先にイメージの力を使いこなしていた開に、何故か指導してもらうことになった僕は不満をめいっぱいに込めた視線を向ける。
「はぁ……色々言ってなかったのはオレが悪かったけどさ、そんなに怒るなって」
そう言って開は僕の頭に手をのせる。呆れているのを全く隠そうとせずに僕をなだめようとしているが、原因が自分だってことを本当に自覚しているのだろうか。
「ほらほら、練習しないといつまでもできないままだぞ~」
「……」
……自覚、してないだろうな。
開のことは一旦諦めて、僕は再びイメージの練習に思考を向けることにした。
発信したイメージを現象として起こすには、より強くイメージしなければならないとのことらしい。
「例えば、君たちはこの場所を自由に歩けるだろう?厳密にはそれもイメージを発信して起こした現象なんだ」
黒瀬さんの言葉を思い出す。
僕たちが現実世界でできていた行動は、よりイメージしやすい基盤ができているため実際に現象として発生しやすい。逆に、イメージする時点で不可能だと認識してしまったことを現象として発生させることはかなり難しい。
イメージの力を最大限に利用するには“できない”という先入観を排除しなければならない。頭ではわかってはいても実際にしてみるのは至難の技なのだ。
「……」
「苦戦しているみたいだな、今野」
どうすればいいものかと考え込んでいると視界の外から声を掛けられる。慌てて顔を上げると視線を少し上げたところに黒瀬さんがいた。
「はい……そう、ですね」
取り繕えなかった声色から察したのか、黒瀬さんはわかりやすくため息を吐いた。
「そんなに落ち込まずともよい。経験のないことをしているんだ、最初からできるやつなんて殆どいない」
「……でも、開は」
開は最初からできていたじゃないですか。そう言い返そうと言葉を声にする直前に口を塞がれた。
「……!?」
「何を言い出すかと思ったら……全く、白栖川に聞こえでもしたらどうするつもりだったんだ」
僕の発言の自由を奪ったまま、黒瀬さんは開の方に目を向ける。卯花さんと話しているのだろう、開がこちらに気付いた気配はない。
「……」
全力で抵抗しているのに僕の口を塞ぐ手をどけることはできなかった。むしろ、彼女が触れている場所からだんだんと力が失われていくように感じられてくる。
「上手く力が入らんだろう」
僕が完全に抵抗をやめたとみたのか、黒瀬さんが問いかけてくる。言葉で答えられないので代わりに頷いて意思を示した。
「恐らくだが、この程度の拘束なら白栖川は難なく抜けられるはずだ」
そこまで言うと黒瀬さんは手を離した。途端に体勢を崩して膝から崩れ落ちる。必要ないと理解していても、身体が酸素を求めるので呼吸が荒くなった。
「立てるか?」
差し伸べられた手を借りてなんとか立ち上がる。
「……どうして」
沢山の疑問が脳内を駆け巡るだけで、続く言葉は出てこなかった。
「……色々と言いたいことがあるのだろう。その気持ちは尊重したいが」
「……」
黙って次の言葉を待つ。
「白栖川は決して自分の意志でイメージを使いこなせるようになったわけではない。これだけは忘れないでやってくれ」
重い声色で話す黒瀬さんは顔を伏せていて、その表情は読み取れなかった。
「……」
「それで?今野はどこで躓いていたんだ?」
あっさりと切り替えてしまった黒瀬さんに見上げられて思わず戸惑う。
「ぇと……その、上手く火を発生させるイメージが浮かばなくて……」
手を熱くすることはできたんですけど、その先が上手くいかないんです。とたじたじになりつつもなんとか伝えると、黒瀬さんは顎に手を当てて考える仕草をした。
「手の温度を上げるところまではできたんだな」
「はい……」
「一度やってみてくれないか?どれくらいの温度か確かめたい」
「はい」
言われるがままに右手の温度をできる限り上昇させる。
「……できました」
比較的簡単なイメージなのにかなりの集中力が削がれていくのを感じた。
黒瀬さんは僕の合図を聞くと、確かめるように右手へそっと触れた。
「……んー、そうだな」
数秒ほど触れた後、もういいぞとの一言をよこして手を離した。気が抜けてしまって右手の温度が元に戻ってしまう。
「……すみません」
慌てて頭を下げるも、いや、構わん。と謝罪は切って落とされてしまった。
「……今野は、炎と聞いて何を思い浮かべる?」
「へ?」
想像の斜め上から投げられた質問に、素っ頓狂な声が出る。
「なんでもいい、思い浮かべたものを列挙してくれ」
「……」
意図が掴めないながらも再び脅されるのが怖かった僕は、言われた通り炎について考えてみた。
「……熱い、めらめらしてる、明るくて……赤かったり青かったり……酸素とエネルギーを使って発生する、固体でも液体でもない……」
「概ねその通りだな」
黒瀬さんは僕の言葉に頷いてから、目の前に紙を出現させた。
「紙が燃えることは知っているか?」
「はい」
本で得た知識だ、自信満々に答える。
「なら話が早い」
そう言うと黒瀬さんは躊躇うことなく紙に火を点けた。
「紙が燃えるとき、このようにして火が発生する」
僕はただ、彼女の話に耳を傾けていた。
「このとき、紙に含まれる物質と酸素が結びついて酸化反応が発生しているんだ。そして酸化反応がある条件下で起こるとき、光と熱をエネルギーとして発する。このときに我々が光と熱の正体として捉えるものこそが、火であり炎なんだ」
「……」
「現実世界では炎を発生させるのに酸化反応を起こせる物質と酸素が必要になってくるが、この世界では異なる。結論からいえば、イメージさえできれば炎を発生させられるんだ」
「……なるほど」
彼女は右手に小さな火の玉を出現させた。
「先程の今野は炎をイメージするときに熱しか上手く発現させられなかった。だが実際の炎は熱だけではなく光も発している。これを踏まえてもう一度やってみろ、上手くいくはずだ」
「はい……」
じゃあ、頑張れよ。とだけ残して黒瀬さんは行ってしまった。
「……」
一人になった僕は、もう一度自分の右手に向き合ってみる。
「炎の、光……」
黒瀬さんが見せてくれた炎の姿を思い返す。あれが自分の手のひらに乗っている、その様子を目を閉じてできる限り鮮明に想像する。
「……!」
瞼の向こう側に微かな光を感じた僕は、驚きと焦りから閉じていた目を開けてしまった。瞬間、手のひらにいた炎は姿を消してしまう。
「あ……」
消えてしまった、だけど確かにあった。ついさっきまで、そこに。
「すげーじゃん!やったな悠!」
僕が何かを言う前に開がすごいテンションで肩を組んできた。顔は見えないが声だけで嬉しそうなことが伝わる。というかいつの間に来ていたんだ。
「別に……一瞬だったし」
「それでもできたってのがすげーんだよ!ったく、素直に喜べよな~」
「……」
一通り僕に絡むと、満足したのか開は黒瀬さんのところへ報告しに行った。
「全員、課題を達成したみたいだな」
開が行ってから少しすると、僕らは黒瀬さんに呼び集められそう告げられた。どうやら僕が最後だったみたいだ。みんなすごいな……
「今日初めてイメージを使った者は、難しいと感じたかもしれない。だが、一度不可能ではないことを認識すればイメージの力を使うハードルはかなり下がる。今ならイメージを駆使してできることが増えているはずだ」
明日からは本格的にイメージのトレーニングを行っていく。そう話して黒瀬さんはその場を解散とした。
「予想より早く終わったからあと一時間ほどは自由時間として構わん。だがイメージの特訓だけはやめておけ。これ以上負担をかけるのはよくないからな」
特訓を禁止されたせいで僕は完全にやることをなくしてしまう。暇を潰そうと開を探したが、何か黒瀬さんと話し込んでいるようだった。
「……」
静かに息を吐く、肺の中を空っぽにするみたいに。
ふと黒瀬さんの言葉が脳裏によみがえった。
「これだけは忘れないでやってくれ……か」
どうして開はイメージの力を最初から使えたんだろうか。自分の意志で選んだわけではないと彼女は言っていた。なら誰が、開にその選択をさせたのだろうか。どうして。
「……」
答えの見えない問いに、心のもやもやは増加していく一方だ。
「悠くん、どうかした?」
突然声を掛けられビクッとする。少しだけ不安そうな様子の卯花さんが、こちらを見ていた。
「なんだかすっごく怖い顔してたけど、しんどい?」
「いや……大丈夫」
なけなしの会話力で答えると、ならよかった、と卯花さんは笑顔になった。
「よかったらちょっとだけ話そうよ」
「え……」
「喋るのが嫌なら聞いてるだけでいいから、ね?」
戸惑う僕に、卯花さんはにこにこと逃げ道を塞いでくる。拒否する理由を失った僕は、仕方なく卯花さんと並んで腰を下ろした。
「今日の授業さ、すっごく楽しかったよね!その分ちゃんと難しかったけど、なんか、実践的!って感じで」
「……うん」
聞いてるだけでいいと言われたけれど、なんだか申し訳なくて相槌だけは返してしまう。
「……悠くんはさ、どうしてVDAに入ろうと思ったの?」
「……」
その質問の答えとして、一番最初に浮かんだのはリディアさんだった。VDAに入ったのに未だ会えていないなとかいう場違いな思考が脳裏によみがえる。
「……私ね、つまんないのが嫌でさ」
卯花さんは別に僕の答えを求めていたわけじゃないらしい。口を開く前に話し始めた彼女の言葉に耳を傾ける。
「楽しさとか刺激?みたいなものを追求したくてVDAを受けたんだ。去年も一昨年も一般選抜での合格者がいないって聞いたときは流石に不安だったけど、今は受けてよかったと思ってる」
「……」
「だって、昨日までだって毎日新しい学びの連続で楽しかったのに、こんなに面白い力を使えるだなんてロマンしかないじゃん!それに、白栖川くんみたいにすっごく賢くてイメージの力を使いこなしてるすごい人もいるし。もちろん悠くんだってすごい人だよ!」
「……」
「ふふー、信じてないでしょ。でも私は本当にそう思うんだ。なんかね、悠くんはすごい力を秘めてると思う。直感だけどね」
「……なにそれ」
とってつけたかのような発言に軽く笑うと、卯花さんはちょっとだけ怒った。
「笑うとこじゃないでしょー!……でも、笑ってくれてよかった。さっきの怖い顔よりそっちの方がいいよ」
「そう」
「とにかく!悠くんはすごい人なんだから、もっと自信もっていいからね!」
私は逆に頑張らないとなぁ~、なんて卯花さんは楽しそうに呟いている。
「……」
「全員!もうすぐ授業の終わる時間だから、ログアウトするように!」
「もうそんな時間!?じゃあ悠くん、また向こうで!」
黒瀬さんの言葉に、僕たちはそれぞれログアウト手続きに取り掛かった。
*
「うへぇ~きもちわるい~」
「……」
「VirtualDiveの副作用だな。しばらくしたら治るから、それまでは我慢するしかない」
乗り物酔いを倍増させたような不快感が全身を襲う。唯一平気そうな開を除いて、僕たちの顔色は酷いものだった。
「これから毎回副作用に襲われるのかぁ……」
「何回か繰り返してるうちに耐性がついてくから重く考えなくていーぞ」
「……」
こみ上げるものを抑えようと口元を手で覆う。
「ところで、白栖川君はVirtualDiveに慣れてるの?イメージも使いこなしてたし、副作用もないみたいだし」
卯花さんの一言に開がわかりやすく肩を跳ねさせる。
「うん、ま、まぁそうだな……何回かログインしたことは、ある」
こんなに動揺している開は滅多に見たことがない。身を潜めていたもやもやが再び僕の心に住み着いてくる。
「やっぱりそうなんだ!すごいなぁ~……」
「……」
「……ほら、早く教室戻って帰ろうぜ!」
僕たちは何とも言えない気まずさを抱えながら、教室へと戻った。
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