#04
読んで下さりありがとうございます!
“もうひとつの生き方を”――VirtualDiveはそんなコンセプトのもと開発・展開されたサービスだ。
技術が進んだ社会の中で失業者が増える中、彼らが生活し新たな文明を築けるような場所として仮想空間ゲームやサービスが確かな地位を築いていった。中でも最も有力だったものが「VirtualDive」だったそうだ。その勢いは留まることなく、今では他の仮想空間サービスを遙かに超えた知名度と社会影響力を持っている。
数多の仮想空間サービスの中で何故VirtualDiveのみがこんなにも絶大な影響を持ったのかといえば、数十年以上という長期間に渡り仮想空間への連続ログインを可能にしたテクノロジーと、現実世界とVirtualDive内とで社会的な繋がりをつくり仮想空間内においても就労・生活・現実世界の人物との交流などを可能としたシステムとが支える部分が大きかった。
現在では世界人口の七割近く、先進国人口に至っては九割以上のユーザー数を占める大規模サービスとなったVirtualDiveは、人生の選択肢として当たり前に存在するようになり現実社会や国家も無視できなくなっていた。
そうして作られたのが「Virtualシステム管理省」という国家とVirtualDiveを開発・運営している企業との間に作られた組織だった。現在VirtualDiveに生じる問題についてはシステム管理省が全面的に対応しているそうだ。システム管理省には目的別にいくつかの傘下組織があり、その中でもVirtualDive内で起こる事件事故からユーザーの安全を守るための「Virtual防衛本部」という組織があるらしい。
「――それで、このVirtual防衛本部が運営している仮想防衛学校に進学したい……です」
並べられていた皿たちを左右によけ、仮想防衛学校――通称VDAの資料を二人とも見えるように広げて指さす。生まれて十数年、人生で一番喋ったんじゃないかというくらい話した。父さんも母さんも丁寧に相づちを挟みつつ、ずっと話を聞いてくれていた。
二人の反応を確かめようと少しだけ視線を上げる。僕をいつもの感情の読み取れない目で見る父さんに対し、母さんは考え込むように俯いていた。
「……」
喋り出す気配のない二人を前に、僕はなんとか緊張を和らげようと浅い呼吸を繰り返す。
「悠、VDAが何をする場所なのか本当にわかってるの?」
先に沈黙を破ったのは母さんだった。
「確かに、悠がどんな進路を選んだって応援するつもりでいたけど……どうしてもVDAじゃないと駄目なの……?」
「えっ、と……」
何か言わないとってわかっているのに言葉が出ない。今まで僕が何かを望んだとき、反対するのはどちらかというと父さんだったから。
「あまりこういうことは言いたくないけど……半端な覚悟のままVDAでやっていくのは苦しいと思うの。今のあなたに覚悟が足りてるって言い切れる?何があっても乗り越えられる?一時の迷いじゃないって本当に言えるの?」
「それは……」
錯乱したかのように問い詰めてくる母さんに対し、戸惑いや恐怖が渦巻いて固まってしまう。それを答えられないと解釈したのか、母さんは更に早口になった。
「……自信を持って答えられないってことはそれまでの覚悟だって思われてもいいってことかしら?一時の気の迷いで決めることの危うさを本当に理解しているの?……あなたが」
「明、言い過ぎだ」
一方的にヒートアップしていく母さんを止めたのは、それまで黙って僕たちのやりとりを聞いていた父さんだった。
「でも……!」
「気持ちはわかる。だが、今君が悠にしていることは君が両親にされていたことと同じだ」
淡々と諭す父さんに、母さんも少しだけ落ち着きを取り戻す。
「悠だってもう中学生だ。本人の希望くらいは聞いてやっても良いんじゃないか?」
父さんにそう言われ、母さんは少し黙り込んだあと、僕に頭を下げた。
「……ごめんなさい悠、取り乱したわ」
「……うん」
動揺の余韻からか頷くことしかできなかった。
「――それで」
僕たちが落ち着いたのを見計らってか、父さんが再び口を開く。
「悠は、どうしてVDAに入りたいんだ?」
相変わらず威厳のある声に、思わずビクッと肩が跳ね上がった。
「……Virtual防衛本部で誰かを守る仕事がしたいって、思ったから」
緊張を何とか押し殺して、あらかじめ用意していた答えを話す。半分嘘で半分本当な答えを。VirtualDiveに関わる仕事をしていればいずれリディアさんに会えると思い色々と調べる中、VDAに所属して誰かを守るのもいいなと感じるようになっていた。
「誰かを守る仕事なら現実世界にだっていくらでもある。どうして、敢えてVirtualDiveの中でと限定するんだ?」
「それは……」
正直、はっきりとした正当な理由は思い浮かばなかった。その上それっぽい嘘を用意できていないのも事実で。明らかに躊躇ったのがバレたようで、父さんは少し考える様子を見せた。
「理由はない、だがVDAに行きたいと?」
「……」
小さく震える手が止まらない。僕の無言を肯定と捉えたのか、父さんは暫く黙り込むとまっすぐ僕を見据えた。
「まぁ、いいんじゃないか」
「……え?」
固まりきらない覚悟を決めていた僕に予想外の回答が降りかかる。
「ちょっと、聡さん」
母さんが納得いかないと言いたげな視線を父さんに向ける。
「君が悠を巻き込みたくないのは重々承知だ。だがな、そのためとはいえ悠に窮屈な思いをさせるのは良くないと僕は思うな」
「それは……そうだけど……」
「あれだけのことを言ったんだ、本部だってすぐさま悠をどうにかしようとはしないはずだ。僕たちが最大限バックアップすれば確実に防げる」
よくわからない話を母さんにしてから、父さんは僕に向き直った。
「悠。薄々気付いているだろうが、父さんも母さんもお前がVDAへ行くのには手放しで賛成とはいかない。だが基本的にはお前の希望を最優先したいのも事実だ……世の中、言葉だけじゃ伝え切れない意思もある。お前の熱意を行動で証明してみなさい」
「……はい!」
未確定とはいえ父さんに認められたことが嬉しくて、返事に少しだけ気合いが入ってしまった。
「さて、結構な時間話し込んでしまったな……気を取り直して食事を再開しようか」
*
「じゃあ悠、気を付けて帰ってね」
「うん」
「ごめんなさいね、なるべく急いで帰ってくるから」
「……気を付けて」
挨拶もそこそこに両親を乗せた車が走り出した。小さくなっていくそれを見届けることなく帰路につく。
「……」
なんとなくこうなる気はしていたから、慣れているから。今更家族三人の時間を邪魔されたからと言って拗ねるほど僕もお子様ではない。
僕の進路を決める話し合いを兼ねた食事は、両親の端末から響く着信音によってあっけなく終わりを迎えた。別に、物心ついた頃から両親の忙しさはわかっていたし、むしろ彼らを誇りに思ってすらもいる。だからといって、期待してしまうのをいつまでも押し殺していられるかと問われれば――そうとも言えないのもまた、現実だ。
「……」
考えるの、やめよ。
ネガティブな思考のループから抜け出そうと、ちょうど視界に映ったコンビニに入る。お腹はいっぱいだったから適当な炭酸飲料だけを手に取ってレジに通した。自動ドアを抜けるとほぼ同時に封を開け、重力の赴くままに中身を喉へ送り出す。
「きっつ……」
喉に伝わるビリビリと引き換えに少しだけ頭がすっきりする。帰ろうと気を取り直して一歩踏み出そうとしたとき、突如隣に気配を感じて振り向いてしまった。
「あら、こんな場所で会えるなんて」
その姿を、僕は信じられないものでも見るような目で見ていたと思う。だって本当に、そうだったから。
「……リディア、さん……?」
「成程ねぇ、VDAかぁ」
「はい……まだ受けるって確定したわけじゃないですけど」
にこにこと話を聞いてくれるリディアさんと目を合わせられなくて下を向く。
「うん……すごく良いと思う」
「……!」
呟く彼女の声色は、顔を見ずとも満足気なのがとてもわかった。
「それにしても、どうしてVDAに行きたいと思ったの?」
「えっと、それは……」
しどろもどろになりながら父さんに話したのと同じ理由を話す。
「すごいね、悠君は。考え方が大人だ」
「……そんなことない、です……」
口先で否定しつつも口角の上昇が止められない。なんとか心を落ち着かせようと少し炭酸の抜けたジュースを口に含んだ。
「謙虚なんだね。――あ、そうだ」
思い出したかのように彼女は両手を合わせ、僕の方を向いた。
「VDAに行くなら、Dコースを志望すると良いよ」
「Dコース?……ってなんですか?」
調べた中でVDAにはA~Cの三コースがあることは知っていたが、Dコースなんてのは初耳だ。
「新設されたコースでね。今は推薦枠しかないんだけど、悠君が受ける年から一般試験も導入する予定なのよ」
「……どうして」
その話を、僕に?その疑問は口に出す前に必要なくなった。
「直感なんだけど、Dコースでできることが一番悠君のやりたいことに近いと思うの」
「……」
不安要素の多いその理由に、何故か酷く心踊っている自分がいた。
「悠君なら絶対、上手くいくから。……ねぇ、目指してみない?」
*
それからの日々はめまぐるしく過ぎていったように感じる。実際は時間の流れは一定なのだと、知ってはいるけど。
両親の言葉を無視して提出した進路希望用紙は、それを見た担任の先生に酷く驚かれた。何度も先生に呼び出しを食らう僕を見て、隣の席の人には「何したらそうなるの」と呆れ半分に笑われるようになった。それから「意外と怖くなくてよかった」とも言われた。
進級して3年生になると、確かにVDAの資料にはDコースの情報が載っていた。実際にVirtualDiveの中に入ったりする授業もあるらしい。成程確かに彼女の言っていたことに間違いはなく、僕はDコース以外の選択肢を考えなくなるくらいには惹かれていた。
季節が過ぎてゆくにつれ、周りでは進路の話をする人が増えていった。志望校とか成績とか偏差値とか、そんな言葉が頻繁に耳を通り過ぎていく。どちらでも問題はないらしいが、読書と勉強しかしていなかった僕はまぁまぁ成績はいい方だった。
僕は変わることなく隣の席の人に挨拶を毎日していた。
「……おはよう」
「おーおはよう悠、今日の課題してきた?最後の問題がわかんなくてさぁ」
「あー……あれはね……」
最近は挨拶以外の会話もできるようになってきていた。
葉っぱの色が緑から茶色になる頃、自習のために授業が終わっても学校に残る人が大半になった。読書のために行っていたはずの図書館で、いつの間にか参考書を開いているときの方が多くなった。
VDAから入学試験の詳細が届いたのはそんな時期だった。
「……」
行うのは形式上の学力テストと面接だと知って、僕は絶望した。
あのときの感覚は今でもしっかり思い出せる。……忘れたいのに。
面接練習は地獄の日々だった。
自分の意思を声にするのはとても難しくて、やっぱりこういうのは向いてないんだなと実感させられる。何回練習しても声は震えるし変な汗は止まらないしで散々だった。
「喋るのが無理なら書き出してみたら?」
そう提案されてからは少しはマシになった方だと思う。本当に微々たる変化だったけれど、あのアドバイスをくれた隣の席の人には感謝しても仕切れないだろう。
時間は過ぎていく、そのくせしてやることは増えていく。
いつの間にか――本当に気付いたら、という感じで今日が来ていた。
「では、呼ばれたら中に入って下さい」
筆記試験を終え、案内された面接室の前に並べられていた椅子に座る。
いま僕は、試験の手応えなんて考えていられないほどの緊張に襲われていた。
「……」
深呼吸を繰り返しているのに上手く酸素を取り込めている感覚が微塵もしない。変な汗は留まることを知らない。周りに人がいなくて余計なプレッシャーを与えられないことだけが唯一の救いだった。
面接室から人が出てきて、すぐに「どうぞ」と名前を呼ばれる。
震える足をなんとか動かして、僕は中へ足を進めた。
あのときはとにかく緊張していたんだ。
「悠……?」
僕を呼ぶ聞き慣れていた声にも気づけないくらいには。
*
結果から言うと僕は合格した。
合格の二文字を見て僕は暫く固まっていた。望んでいたものが本当に叶うと、現実味はなくなってしまうらしい。
「おめでとう!」
色んな人にそう言われた。
「……ありがとう、ございます」
言われる度に答えていたから、多分今までの人生で一番お礼を言ったと思う。
それからは入学手続きをしたり制服を買ったりで相変わらず忙しい日々が続いた。
両親と三人で僕の誕生日も兼ねたお祝いのパーティーをした。
中学校の卒業式では、隣の席の人に応援の言葉をもらった。彼も希望の高校に受かったそうだ。僕も応援の言葉をかけると、一年間ありがとうなと背中を叩かれた。
三年間で一番長いはずの春休みは一瞬で終わっていた。その分一番充実していたように感じる。
「悠~そろそろ行くわよ~」
母さんの呼ぶ声で我に返り時計を確認すると、出発する予定の時間ぴったりを示している。
「……もっと早く言ってよ」
聞かれないよう独りごち、僕は慌てて部屋を飛び出した。
*
VDAの生徒は、基本的に入学時に自宅と寮のどちらから通うかを選択することができる。地方から進学する場合や集中できる環境に身を置きたい場合など、学生寮を利用する生徒は意外と多いみたいだ。
「……すごい」
寮に入るととても広いエントランスロビーがあり、新入寮生で溢れかえっていた。並ばされた長い列の先頭にたどり着くと、ふわりと宙に浮かんだ機械が話しかけてきた。
「ただいまより本人確認をします。手続き時に登録した生体情報を提示して下さい」
「……」
「認証が完了致しました、今野悠さんですね」
「……はい」
「お部屋に案内しますので私の後を着いてきて下さい」
「……」
機械が悠々と移動するのについて歩く。僕に合わせようとしてくれているのか、僕が急ごうとしたり速度を落としたりする度にスピードを変えてくるのでかなり気まずかった。
「到着致しました」
暫く歩くと機械が停止し、こっちを振り返って言った。
「……ありがとうございます」
「では、私は戻ります。よい一日を!」
挨拶をするみたいに回転し、機械は来た道を戻っていった。
「……」
一人で廊下に残された僕は、数秒立ち止まってからおもむろにドアノブに手をかけ中に入った。
「……よかった」
室内を一周ぐるりと見て最初に出た感想はそれだった。
事前資料に『学生寮は一人部屋もしくは二人部屋です』と書いてあるのを見てから正直かなり怯えていたのだ。初めましての人と一緒に生活できるだけの会話力が僕に備わっているとは到底思えない。なので一人部屋でありますようにと毎日祈っていたのだが、その祈りは届いたようだった。
荷ほどきをする気力はなかったので後回しにして備え付けのベッドに転がり込む。緊張が一気にほぐれたせいで疲労感がどっと押し寄せてきた。
「……」
明日はいよいよ入学式だ。どんな生活が待っているんだろう、どんな人がいるんだろう、僕はちゃんと上手くやっていけるだろうか?
……リディアさんに会えるといいな。
ぼんやりと考え事を巡らせながら、僕は一時の眠りについた。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
次回も読んで下さると幸いです。