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ユメグイ  作者: 佐倉もち
第零章
3/11

#03

読んで下さりありがとうございます!


「また、あなたに会えますか?」


「えぇ――必ず会える、約束するわ」


帰り道、僕はずっとリディアさんとの会話が頭を離れないでいた。それどころか、綺麗な人だったな、とか施設の人なのかな、とか余計な考えが脳裏をちらつくばかりだ。


「……ただいま」

玄関の鍵を開けて中に入る。返事が返ってこなくても挨拶をしてしまうのはきっと、母さんに与えられた習慣なんだろう。

イヤホン越しにずっと聴いていた音楽が遮られて通知音が鳴る。画面を開けば、見慣れたアイコンが母さんからのメッセージを示していた。

『話したいことがあるから仕事が一段落付いたら連絡しますね。ごはんは用意できてないので好きなものでも出前して食べちゃって下さい!』

数秒、文字列を眺め、ふーっと息を吐く。お腹は空いていたので出前のサイトを開いてハンバーグ定食を注文した。


「……」

出前が届くまでの時間に寝落ちするのを防ぐため動画サイトを開く。リビングにある大画面には適当に選んだニュース番組が映し出された。

「続いてのニュースです」

女性のキャスターさんが淡々とした声で今日あったあれこれを述べていく。リディアさんの来ていた服と似ているなぁ……なんてことをぼんやりと思い出しながら、キャスターさんの解説に合わせ繰り広げられる映像を何の気なしに見ていた。

「VirtualDive内で未知の現象によるシステムの破損が多発している件について、本日正午に仮想システム管理省が声明を発表しました」

聞き流していたはずの声色の中にVirtualDiveという単語を見つけ、僕はほぼ無意識に反応して画面を食い入るように見つめた。

「……」

画面はすごそうな室内と重い雰囲気で話すスーツ姿の偉そうな人が映っていた。言っていることはわからなかったが何か大変なことが起きているのは察せた。

いや、そんなことより。

「……VirtualDive」

母の職場で見つけてからやけに脳内に残る単語を、僕は探究心に従うまま手元の検索サイトに打ち込んだ。

「……!」

コンマ数秒以下で表示された結果に、僕は虚を突かれた感覚で数秒画面を見ていた。どうして忘れていたのか、端末に映し出されていたのは有名なオンラインサービスであるVirtualDiveの公式サイトからその攻略方法をまとめたサイト、プレイヤーと呼ばれる人たちの書いているブログなど様々なサイトの見出したちだった。

むなしさを片手に意味も無く端末をスクロールしていると、ピンポンと来客を示す音が部屋中に響き渡った。もうそんな時間か。

「……はい」

聞こえるわけのない返事をして僕は配達員さんを玄関先まで通した。


「……いただきます」

誰に向けるでもない挨拶をしてハンバーグを口に運ぶ。うん、やっぱり美味しい。

半分くらい食べ進めた頃、机に置いていた端末からメッセージが来たことを知らせる音がした。

「……」

内容を確認してから通話開始ボタンを押す。正直、あまり気は乗らないけど。

「――久しぶりだな、悠」

機械越しでも変わらない品格のある声色に、少しだけ喉がきゅっとした。

「……父さん」


「そうか、悠ももうそんな時期か」

「……うん」

父さんにも進路の話をすると、母さんほどではないが驚いていた。

「時の流れはいつも速い。悠もこの間まで小学生だったのにな……」

「……」

うまくごはんが飲み込めなくて、無駄に咀嚼が多くなる。父さんの話もいまいち入ってこなかった。

「それで、悠はどうしたいんだ?」

深い意味は無いだろう質問を投げかける父さんに、僕は答えを見つけようと黙り込んだ。

「……考えたけど、わからない……今は」

怒られる気がして付け加える。父さんは少しだけ沈黙し、変わらぬ様子で再び話し始めた。

「悠もまだ学生だ、将来のことをはっきりと決めるには知識も経験も足りないだろう。のんびり考えていけばいいさ。そのための時間だっていくらでもある」

「そう、ですか」

予想外の父さんの反応に返す言葉を失ってしまった。

「とはいえ、進路は決めないとなぁ。来週、予定通りそっちに帰るから母さんと三人で話し合おうか。提出期限は問題ないか?」

「……うん、大丈夫」

父さんの言葉に慌てて進路希望用紙を確認する。うん、間に合う。

「ならしっかり話し合えるな。他に用件はないか?父さんそろそろ会議に向かわないといけないんだ」

「……そっか、うん、もう大丈夫」

「母さんによろしくな。じゃあまた、来週」

「あ。会議、頑張って――」

言い終わるより先に画面が通話終了の表示に変わった。

「……」

時間を掛けて深呼吸をする。無意識に緊張していたみたい。少し冷めたハンバーグをゆっくり噛んで飲み込んだ。

「はぁ……」

父さんのことをぐるぐると考えている内に、思考回路はリディアさんのことへとお散歩し始めていた。


リディアって名前から考えれば、多分日本語圏の出身ではないんだろうな……それにしては流暢な日本語を話していたよな……もしかしてこっちでの生活が長いんだろうか?ということは施設に通っていれば自然と会えるかもしれない……?

「……はぁ」

会えたからって何を話せば良いんだろう。僕と彼女はきっと、住む世界が違いすぎる。でも先に声を掛けたのは彼女で、だから少しくらいは追いつけると期待をしてもいいと思いたい。


仮想の話で勝手に落ち込んでは、希望を無理矢理見いだして、それをただ繰り返していた。


「あ……また電話」

悶々と広がり続ける空想を遮り、聞き慣れた機械音がリビングに響く。画面を見ると母さんからだった。

「……はい」

「もしもし、悠?いま少しだけ話せるかしら」

機会の向こうから少しだけ焦りを含んだ母さんの声が聞こえる。背後の喧騒も相まってかなり聞き取りづらかった。

「うん、大丈夫」

「ありがとう、じゃあ三点だけ伝えるわね。まず一つ、いま施設でちょっとしたトラブルがあって、今日は帰れなくなっちゃったから、戸締まりを確認して寝ててくれるかな?」

「……うん、わかった」

……珍しいな、と思った。これまで、どんなに忙しくても母さんは日付が変わるまでには帰ってきていた。余程の大事なのだろうか……心配だな。

「ありがとう。二つめ、悠の進路についてなんだけど、お父さんが帰国してから三人で話す時間を作りたくて……大丈夫かな?」

「うん、大丈夫だよ。父さんもそう言ってた、予定通りに帰れそうだって」

「……そう、よかったわ。詳しいことはトラブルが落ち着いてから連絡するわね」

「わかった」

「ありがとうね……じゃあ、三つめなんだけど」

そう前置きしたうえで、母さんは深呼吸をした……のだろう。


「悠には申し訳ないんだけど、暫く施設には近づかないで欲しいの」

先程までよりだいぶ低いトーンの声で、母はそういった。

「……どう、して」

僕の疑問に、母はただ謝罪を繰り返すのみだった。

「ごめんなさい、理由は言えないの……でもあなたを守るために必要なことなの、本当にごめんなさい……」

最後の方は涙声となってほとんど聞き取れなかった。

「……」

「とにかく、施設には近づかないで。……お願い」

「……」

少し落ち着いたのか改まって僕に話す母さんに、逆らうことなどできなかった。

「わかった」

「……ありがとう……戸締まり、よろしくね。……おやすみなさい、悠」

「……うん」


ボタンを押すより先に通話終了の画面が表示される。画面が暗くなってもまだ、ぼんやりとしていた。

待ち時間が無くなったのでさっさと寝てしまおうとシャワーを浴びにいく。考え事が多すぎて、何をしても霧がかかった感覚が抜けなかった。施設に行けないこと、開やちびっ子に会えないこと、明日から放課後は何をしようか、夜ごはんはどうしようか、みたいなことがぼんやりと浮かんでは消えていった。

そんな考え事の中心地にはっきりと居座っているのは、相変わらずリディアさんのことで。

「……」


……施設に行けば会えると思ったのにな。



――必ず会える、約束するわ


 

彼女はそう言っていた。今は信じるしかないのかもしれない。

その日、僕はいつもより少しだけ眠れなかった。


 *


一週間経っても僕の脳内にはリディアさんが住んでいて、けれども僕はそのことに慣れつつあった。変わってしまった生活も同様に、新しい形で僕の日常になりつつある。


「起立、礼」

「ありがとうございましたー」


一日の授業が終わる合図と同時に荷物をまとめる。急ぐ必要はない。わかってはいても慣れた手際は片付けを素早く終わらせてしまった。

「……さようなら」

「うん!今野君また明日~!」

リディアさんにまた会った時に上手く話せるようにと、隣の席の人に挨拶をする練習を始めた。施設に行かないと一日中ほとんど会話しなくなるから、というのもあるけれど。最初は驚かれたものの、数日続ける内に隣の人も笑顔で返してくれるようになった。


自動ドアが静かに開く、僕もつられて足音を殺しながら中へ入っていく。いつもの席が空いているのを確認すると、本棚から適当に数冊の本を取って席に着く。

「……」

施設の代わりに見つけた居場所は図書館だった。ここでは喋らなくても大丈夫だし、静かにさえしていれば宿題をしたりゲームをしたりと暇つぶしには事欠かないので居心地がいい。

更には、紙の本というものは意外とオモシロくて、読書をしていたら時間なんて溶けるように過ぎていくの

だ。

適当に調べた音楽を聴きながらページをめくる時間が、いつの間にか好きになっていた。難しすぎると理解に時間がかかるので選ぶのは簡単そうな小説ばかりだったが、読書に慣れない僕はそれでも時間がかかっていた。


「……?」

音楽を遮る通知音に読書の手を止める。画面を確認すると、母さんからメッセージが来ていた。

『今日の外食だけど、何食べたいとかある?』

簡素な疑問文に僕は首を傾げる。

今日……外食だったっけ……?

メッセージは無視してカレンダーを開くと、確かに今日の予定に“父帰国,外食,進路の話”と書いてあった。

「忘れてた……」

僕は慌てて荷物をまとめ、早足で図書館を後にした。


 *


「珍しいわね、悠が予定を忘れるの」

「……」

急ぎはしたものの結局僕は予定の時間に間に合わず、先に帰っていた父さんと母さんに笑われてしまった。いつもなら遅れてくるのは大半が母さん、たまに父さんといった感じで、僕はむしろ2人に忘れないようにとアナウンスする側だったのに……

「悠も明さんに似てきたのかな」

「あら、聡さんだって遅れてくることが多いのに」

「……」 

こんな私生活ポンコツ夫婦に似てたまるか、と口には出さず悪態をついておく。そうこう話している内に料理が運ばれてきた。

「今日は話し合いもあるけど、久々の家族三人での時間も兼ねているからな。遠慮なく食べなさい」

「はーい、いただきます」

並べられたちょっぴり豪華な料理達に、胃袋が刺激される。三人そろって手を合わせてから各々気になるものをよそい始めた。


「明さんは仕事は落ち着いたのかい?」

「えぇ……根本的な解決ができたわけではないけど、一時的な対応はある程度落ち着いてきたわ。……悠には迷惑かけてしまったわよね……」

「……僕はいいから、母さんが無事でなにより」

「悠の言うとおりだよ。明さんの仕事が大変なのはよくわかってるし、家庭の負担は考えなくて大丈夫だから」

父さんの言葉に頷き、取り分けた料理を一口食べる。

「本当にありがとうね……」

母さんは少し掠れた声で僕たちに頭を下げ、お茶を一口飲んだ。

「それで、悠の進路の話なんだけど」

どうしたい?問いかける母さんに、僕は一呼吸置いて答えた。


「行きたい学校ができた」

最後まで読んで下さりありがとうございました!

次回も読んで下さると幸いです。

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