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ユメグイ  作者: 佐倉もち
第零章
2/11

#02

見つけて下さりありがとうございます!

つたない文章ですが温かく見守って頂けると光栄です。


「なにぼーっとしてんだ」


明先生が部屋を出たあと、いつまでも放心状態で扉をみつめ続けるそいつ――今野悠の背中をオレは軽く小突いた。


「……別に、ぼーっとなんてしてない」

「嘘つけ」

「……」

手遅れがすぎる嘘を指摘すると、返す言葉を失った悠に軽く睨まれた。客観的に見れば表情の変化が乏しい悠だが、長年一緒にいたお陰かオレには表情豊かにすら見えるようになっていた。

「そんなに怒るなよな~」

不機嫌になってしまった悠の頭をわしゃわしゃと撫ぜる。ふわふわとした癖のある髪がオレの手を柔らかく擽った。頭上に載せた手が数回ほど往復を繰り返すと、悠の表情もつられるように穏やかになっていった。

「……にしても久々だな、悠に会うの」

最後に会ったのは1ヶ月前ほどだろうか。

「僕は毎日来てるけどね。君がいないだけで」

ぽつりとこぼれたオレの言葉を、悠はあっさりと切り落とす。オレだって好きでいなかったわけじゃないんだけどな、なんて口にはできない言い訳をなんとか飲み下す。

「まぁなー、オレも忙しいからなー。今日みたく予定がない日なんて滅多にないし、こればっかりはしゃーないよなぁ」

怒りを誤魔化そうと空いている方の手を広げてへらりと笑う。首をあげた悠と一瞬だけ目が合ったが、「なんだか楽しそうだね」という言葉と共に逸らされてしまった。


――楽しそう?オレが?


「そうか……?」

「うん」

「んー……」

心当たりのない言葉を聞き返してみても肯定の返事しか返ってこず。オレにとってはお前の方が余程楽しそうに見えるんだけどな。なんて返そうと言葉の主へ視線を向けると、悠はわかりやすく微笑みを浮かべてオレを見ていた。普段の無表情からはかけ離れた……なんていうか、明先生が悠と話しているときの雰囲気によく似ている……気がする。

考えてみれば……悠の知っているオレの日常は、こうやって施設の中で過ごす時間ばかりで、それだけ切り取ってみればオレが日々を楽しんでいるのは確かだった。

「……まぁ、そうかもな」

オレなんかよりよっぽど楽しそうに生きているこいつにも、きっとオレの知らない生活も苦しみもあって。所謂“隣の芝生は青い”とかいうやつなのだろう。


「……」

悠は何も言わずに持っていたジュースを一口飲んだ。見慣れないデザインのラベルは新作なのだろうか。あとで明先生に聞いてみよう。

「にしても暇だよな~……ん~っと!」

置くだけになっていた手を頭上から降ろし、伸びをしてから悠の顔をのぞき込む。

「……なに」

悠は心底面倒くさそうな様子でオレを見ていた。

「折角だし探検しようぜ!」

ニカッと笑ってそう言うと、悠は一瞬固まったと思いきや取れそうな勢いで首を左右に振った。

「何言ってるの、ルール違反だよ?」

「だからだろー、今野先生も他の職員もいねーんだから、今しかないじゃん」

ほら行くぞ、と悠の腕を掴んで部屋を出る。悠も最初こそ抵抗したものの、数歩ほど歩くと大人しくついてくるようになった。


「……探検、したかったの?」

おどおどと尋ねる悠に、まぁなーとだけ返す。背後から思いっきりため息を吐かれたが、無視した。

今いる8階には、先程までいた診察室と同じような部屋がいくつか、あとは診察室が使われているときに使用する待機室があるくらいだ。このフロアとすぐ下の食堂や寝室がある7階は、オレや悠も自由に行き来することができる。


――となると、行くべきはそれ以外の場所だろう。


廊下の端から端までを足早に進み、突き当たりのエレベーターを呼び出す。

未だに怯えている悠に「怒られるときはオレだけですむようにしてもらうから、安心しろって」と声を掛けてやると、「ここまで来てる時点で僕も共犯だよ」と返された。

「もしかして、割と乗り気か?」

「……」

振り返ったら気まずそうに目を逸らされた。わかりやすい。

「8階です」

無機質なアナウンスと共に目の前の扉が開く。誰もいなくてよかったと胸をなで下ろして中に入った。急いで9階と閉じるのボタンを押す。

「……9階?」

「すぐ行ける場所の方がいいだろ」

「なるほど……」


数秒もしないうちにエレベーターは停止し、オレたちは知らないフロアへ放り出された。

「……なにもない」

「そりゃそうだろ、誰かが間違えて入ったらどーすんだ」

ぱっと見は8階と変わらない、ドアが並んでいるだけの簡素なフロアだ。

「……んじゃ、行くぞ」

「……」

踏み出す足が少し震えるのは、オレだけじゃないと思いたい。


「んんー……」

「……本ばっかりだね」

3部屋ほど見回ったオレたちは、顔を合わせてため息を吐いた。

「思ってたのと違う……!」

見つからないように小声で叫ぶ。もっとオモシロイ実験施設みたいなものを期待していたのに、とんだ肩透かしを食らってしまった。

「まぁまぁ、誰かが間違えて入ったら危ないもんね~」

先程言ったような気がする言葉を投げかけられ、オレは失笑するしかなくなってしまう。せめて何か成果が欲しいと、オレは目の前に並べてある難しそうな本達から1冊手に取り適当にページを開く。

「……先述した例外を除けば、これまで発見された自然発生的バグは先述したいずれも不特定多数の感情から構成されており、特定の感情から構成される純結晶は人工的にしか作成されていない……やっべー、全然意味わかんね」

なんとなく読める部分だけ声に出してみるも、前後の文脈がわからないせいでさっぱりだ。

諦めてページから顔を上げると、悠が別の本を開き目を通していた。

「こっちも難しくてよくわからないや……当プロジェクトでは実験開始当時に5歳または6歳だった者を対象にVirtualDive内での動作限界と副作用に――」

「――まてまてまて!それ以上読むな!」

考えるよりに先に身体が動いた。大声で静止し悠の手から本を奪う。

「……急にどうしたの、あんまり大きな声出すと見つかっちゃうよ」

背中を冷や汗が伝い、息が荒くなる。全身が心臓になったかと誤解するほど鼓動が激しくなった。


――まずい。


悠が手にした本は明先生の書いたものだろうか。きっとそうだろう。

今読み上げられた実験を、オレはよく知っている。


「……開?聞いてる?……大丈夫?」

悠が尋ねながらオレの方へ一歩踏み出したそのとき、すぐそばから無機質な機械音が鳴り響いた。

「あ、電話だ」

立ち止まった悠は人差し指を口に当て、通話開始ボタンを押した。先程とは異なる緊張がオレたちを襲う。

「なに、母さん……うん……うん、わかった。じゃあね」

疑われることなく通話は終わり、悠は再びオレに向き直った。

「母さんが……今日は帰れないかもしれないから先に帰って、だって」

「そっか」

「あと……開に、今日は時間とれないかもしれないから下で待っててって伝えて、だって」

「……了解、サンキューな」

話を聞きながら2冊の本を元の位置に戻していく。オレの両手が空になると、悠はまた心配そうにオレをみた。

「……もう大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。……戻るか!」

そう言って踏み出すと、「そうだね」と悠も後ろに続いた。


エレベーターに乗り、悠が8階と7階のボタンを押す。

「1階じゃねーの?」

「うん……荷物とか置きっぱなしだし」

「そっか」

程なくしてエレベーターは停止し、悠だけ外に出る。

「じゃあね」

「おう、またな」

ドアが完全に閉まるよりも先に悠が走っていく後ろ姿が見えた。


 *


「7階です」

聞き慣れたアナウンスと同時にドアが開く。降りたフロアの一番手前のドアを開いて中に入った。

「あ~!開お兄ちゃんだ!」

「おかえり~」

「どこいってたの~」

オレがただいまと言う前にちびっ子たちからの熱烈歓迎を受ける。

「はいはいただいま。いい子にしてたか?」

尋ねると、一斉に「うん!」と返され、鼓膜の危機を迎えた。ふと、オレを囲むちびっ子たちの向こうに明先生の姿を見つけた。

「……今野先生、先程のちびっ子は」

「処置室に移って暫くしたら落ち着いてきたから、一度他の先生方に引き継いできたわ。これから保育先生に話を聞いたら、また戻るから」

「……わかりました」

無事なら何よりと心の中でだけため息を吐いた。

「白栖川君がすぐに知らせてくれたお陰で大事にならなくて助かったわ。お手柄ね」

そう言って明先生はにこりと微笑む。

「ありがとう……ございます」

オレは上がっていく口角を何とか押さえながら礼を言うと、明先生は「こちらこそ」と頭を下げてから保育先生の元へ向かった。

「……へへ」

こみ上げてくる笑い声をなんとかしてこらえる。

「開にーちゃん、にやにやしてる」

「してねーよ」

再び寄ってきたちびっ子に指摘されたが、オレはソッコーで否定した。

ちびっ子の相手をしながら、悠はもう帰ったかな、なんて考える。

9階での出来事を怪しまれていないか不安に思う一方で、明日は何して遊ぼうかと考えを巡らせている自分もいた。

「……楽しみだな」

「なにが~?」

「なんでもねーよ」



しかし、オレの期待に反して、悠が施設に訪れることは二度となかった。


最後まで読んで下さりありがとうございます!

次回も読んで下さると幸いです。

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