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ユメグイ  作者: 佐倉もち
第一章
10/11

#10

読んで下さりありがとうございます!

「あの、本当に今から行くんですか……?」

「そうだよ。何度も同じことを言わせないでくれないか?」

黒瀬さんが呆れた目で僕をじとっと見る。実際、反論できないほど同じ質問を繰り返している自覚はあった。

「そんなに嫌なのか?感情結晶と契約するのは」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……」

嘘だ。すごく嫌だ、気が乗らない。

だって考えてみて欲しい、今日あったことを。

初めての任務、初めて目の当たりにしたバグとその戦い。感情結晶とかいう謎の力。それから僕にしては頑張ったと思う話し慣れていない人とのコミュニケーション。

こんなに色々あったのに、更に初対面の人と会わなければいけないという状況は僕のキャパシティを大幅に超えていた。

「黒瀬さん、こいつはただ知らない人と会うのが苦手なだけなんでテキトーに無視して大丈夫ですよ」

「ちが、何言ってんの」

「そうか、参考にさせてもらおう」

移動する集団の最後尾で意味のない言い合いを続けている僕らの間に開が割って入った。慌てて否定しようとしたが黒瀬さんはあっさりと納得してしまった。

「別にそういうんじゃないのに……」

「じゃあ何だ?結晶自体を恐れてるってわけじゃないだろ?授業で習ってたし。昔っから人見知りってかコミュニケーション苦手だもんな~お前」

「……」

グサリと核心を突いてくる開に、返す言葉もなく黙り込む。そんな僕を見て開はへらへらと楽しそうに笑っていた。

「今野はもう少し人と話した方がいいかもな。任務に支障が出かねん」

「だってさ、頑張れ悠!」

「……はい」

全てを諦め返事をする僕を見て、開と黒瀬さんは顔を合わせてため息を吐いた。解せない。


「そういえば、感情結晶って選んだ相手としか契約しないんですよね?」

僕に気を遣ってか開が話題を変える。

「あぁ、そうだな」

「もし……仮にオレたちが結晶に選ばれなかったら、そのときはどうするんですか?」

開の言葉にハッとして黒瀬さんを見る。彼女はひとつ瞬きをしてから口角を上げた。

「安心しろ、そんなことはない。絶対にな」

「でも、万一のことがあったら」

あっさりと言い切る黒瀬さんに開は食い下がる。僕も同じ気持ちだ。

「そう不安になるな、絶対と言っているだろう。……VDDにスカウトする学生には、契約できる結晶がいるのか審査してあるからな。いなかったらそもそもスカウトなどしないさ」

言い切られ、僕らはそういうものなのかと顔を見合わせた。

「勿論、一般枠の学生も入学試験の際に適性を確認している。……まぁ、結晶と契約できる人材などいないに等しいし、一般枠での合格など希だがな」

「……」

黙り込む僕たちを放って、こほんとひとつ咳払いをした黒瀬さんは一行の先頭に移動する。

「さて、もうすぐ感情結晶と対峙するが、してふたつだけ忠告がある」

それまで自由に話していた全員が黒瀬さんに注目する。

「結晶の言葉に気を取られるな、結晶に自我を許すな。……では行こう」

いつもの重みのある声で言ってから、黒瀬さんは再び前を向いて歩き始めた。

無言で後に続く僕に開がふわりと視線を向ける。

「そういえばさ、悠ってなんでVDDに入ったんだ?」

「え、なんで……ってなんで」

不意に投げられた質問の意味がつかめなくて聞き返す。

「……単純に気になったから。言いたくないならいーけど」

「……」

VDAに入学したいと思ったのは間違いなくリディアさんの影響だけど、それを答えとするのは色んな意味で違う気がした。とはいえ、だったらなんで、僕はここに来たいと思ったんだろう。

僕が何も答えられずにいると、開は拗ねたのか僕から視線を外した。

「えっと」

「無理に言わなくていい、そんな興味ないし」

昨日の天気くらいどーでもいいことだから、なんて言っておきながら薄っぺらい笑みを浮かべる開に、僕はそれでも答えを見つけられないでいた。



「ここだ」

黒瀬さんが足を止めたのは大きな扉の前だった。無遠慮に扉を開ける彼女に続いて中に入る。

「……すごい」

扉の中はとても広くて、豪華な空間が繰り広げられていた。天井から吊された明の下、ふかふかそうな絨毯が敷かれた床の部屋の内装。その中でも一番僕が目を引かれたのは部屋の壁一面に並べられた数々の本だった。去年通い詰めた図書館よりも豪華なんじゃないかとさえ錯覚してしまうほどの本が目の前にある。僕はそれまでの緊張感を殆ど忘れ、ただ目の前の本たちに興味をそそられていた。

「楽しそうだな」

「うん」

「オレにはわかんねーや」

僕を置いて開はずかずかと中へ入っていく。気付けば僕たち以外みんな奥に進んでいた。

「僕も行く」

開の後ろに続いて室内を進む。みんなに追いついたところで、僕はぴたりと歩みを止めた。


カチッとはまって動かなくなった視線の先をじっと見つめる。


「悠?どうした?」


心配の声を無視してただ立ち尽くす。


「紹介しよう。彼女が感情結晶の管理者、リディア・サックだ」


僕がこの場所へ来た理由が、目の前にいた。




「はじめまして、リディアといいます」

リディアさんがぺこりと頭を下げる。その洗練された動きに合わせて垂れる長髪までもがとても綺麗で。

「結晶達と契約を交わすのよね。もう準備はできているわ」

その整えられた顔に浮かべる妖艶な笑顔に、自然と視線が吸い寄せられてしまう。

「一応リディア自身も結晶だからな。あまり気を許すなよ」

黒瀬さんの隣で困ったようにはにかんでいるのもまた、先程の完成された笑顔とは違った良さがあった。

ぼんやりと彼女の表情に、声に意識を傾ける。完成されていると錯覚すらしてしまう所作に心を奪われている間に、いつの間にか僕たちは結晶との契約を終えてしまっていた。


「全員、契約を終えたみたいだな」

一呼吸置いて黒瀬さんが話す。みんながそれぞれ隣に結晶らしき人物を侍らせていた。だったらと僕の隣を確認すれば、微笑むリディアさんと視線が合う。

「それじゃあ、改めてよろしくね。悠くん」

「は……はい!よろしくお願いします」

彼女の想定通りだろうか、僕はリディアさんと契約を結んでいたらしい。正直、緊張やらで彼女と何を話したのかなんて思い出せなかった。

「なぁ悠、このあと……」

パタパタとこちらに話し掛けにきた開が、途中で言葉を止める。開の後ろには桃色の髪を右側でひとつにまとめた少女がいた。恐らく彼の契約相手だろう。

「どうしたの?」

会話を促せば、開は数回音のない言葉を発してから漸く口を開いた。

「……本当に、リディアさんと契約したのか?」

「うん……まぁ」

現実味のない感覚が残ったまま答えれば、開は怪訝そうな面持ちで僕の方を見た。

「……そうか」

意味深に呟く開に合わせておもむろに頷く。視線を逸らしわざとらしくため息を吐かれ、そのまま開は黒瀬さんのもとへパタパタと歩いていった。

「……あの子はお友達?」

隣に立つリディアさんに尋ねられ、そうですと頷く。

「彼がどうかしましたか?」

「……いいえ。あの子、古い知り合いに似ているなって」

僕に目線を合わせて答えた後、リディアさんは再び開へと視線を向けた。

「……」

何を考えているのか、懐かしそうに見つめるその先が、すこしだけ、ずるい。

僕が見ていることに気付いたのか、彼女は再びこちらを見て微笑んだ。

「どうしたの?そんな顔して」

「いえ……なんでもないです……」

不安そうに僕を見る表情すらも綺麗で、近くで見ていると目眩すら覚えてしまいそうだ。

「そう……嫌なことがあったら何でも言ってね?これから戦線を共にする上で、信頼関係はとても大切だから」

「はい……!」

かしこまって返事をする僕に、リディアさんは少々おもしろそうに微笑んだ。

「雑談は終わったか?」

会話が一段落ついたのを見計らったように背後から声を掛けられる。どうやら二人の世界に浸らせてはくれないみたいだ。

「は、はい……」

恐る恐る振り返れば黒瀬さんがすぐそばに立っていた。

「なら良い。今日はもう遅いので先程ここで解散にした、今野もログアウトして早く帰宅すると良い」

「……」

なんとなくまだ話していたくて視界の端でリディアさんを窺う。彼女はまたねといった風に胸元で手を振った。

「これからいくらでも話せるでしょう?だからそんなに悲しそうにしないで」

「……わかりました」

後ろ髪引かれる想いで、僕はログアウト画面を開いた。



教室に戻っても、僕は誰にも出会わなかった。既にみんな帰ったのだろう。僕も荷物をまとめて帰路についた。

学校から寮までの無いに等しい通学路を歩く。すぐそこだからとイヤホンを付けないままの風景はとても静かで、随分久しぶりに一人になった気がする。

「……」

別に急ぐ必要も無いので敢えてゆっくりと歩いてみる。風の揺るぎが髪を擽って耳がすこしざわりとした。

隣で話す声がないだけでこんなに変わるものなのか。すっかり脳裏に染みついてしまった声色は、それでも何故か不快な気持ちにはならなかった。


「お母さんはお仕事があるからね、開くんといいこで遊んでてね」

不意に古い記憶が浮かぶ。物心ついたときから僕は母の職場にある保育施設で一日の大半を過ごしていた。

「悠~!こっちこっち!」

同い年の男の子がお互いしかいなかったのもあって、僕らは必然的に仲良くなっていった。特に開は僕を見つけては色々なことを話していた。

今日は新しいおもちゃが来たとか、今日のおやつは豪華だとか……思い返せばくだらない話ばかりだな。


そんな日々に変化があったのは僕が小学生になって暫くしてからだった。

あるとき施設に行くと、いつもいる開の姿が見当たらない。

「白栖川くんはいま今野先生とお話ししてるから、一緒には遊べないかな~」

そのたびに施設の先生に聞いては、申し訳なさそうに諭されていた。そういうときは大体、宿題をしていればいつの間にか開が戻ってきていた。

「悠、来てたのか!言ってくれればすぐ来たのにさ~早くゲームしようぜ!」

「……うん」

そうやってお話を終えた開と遊ぶのが日常になっていた。


開が母さんと何を話していたのか、僕は知らない。


“それ以上読むな!”

施設で最後に開と会った時を思い出す。


“これだけは忘れないでやってくれ”

いつかの授業で黒瀬さんに言われた言葉。


“悠ってなんでVDDに入ったんだ?”

君こそ、どうして。


“あの子、古い知り合いに似ているなって”



「……」

いつの間にか空は夕焼けを過ぎて藍色に近づいていた。無意識に止まっていた足を動かして寮へと戻る。自室へと向かう足取りは少しづつ重くなる。

遠くない部屋の入り口へはあっさりとたどり着いてしまった。中に入る前になんとなく隣室のドアへ目をやる。開く気配のないドアと目を合わせる前に僕は自室へと姿を消した。

その日の夕食は、久々に一人で食べた。

最後まで読んで下さりありがとうございました!

次回も読んで下さると幸いです。

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