#01
見つけて下さりありがとうございます。
初めて連載するので至らない点などあると思いますが暖かい心で読んで下さると幸いです。
「ねぇ、なにをしているの?」
少年がソレに出会ったのは、エレベーターが来るのを待っているときだった。
薄暗い廊下の端、誰もいないはずの場所に現れた得体の知れない何か。
いけないことかもしれないとわかっていながらも少年は後ろを振り返った。振り返ってしまった。
ソレは少年の予想とは異なり、随分と魅力的な女性の姿をしていた。
「ごめんなさいね。驚かすつもりはなかったの」
少年の表情が強張っていたからだろう。彼女は優しい声色で微笑んだ。
「……」
少年はただ黙っていた。彼女の姿をまっすぐみつめ、申し訳なさげに少しだけ目を伏せ、再び彼女とまっすぐ目を合わせた。
「あまり見かけない姿が見えたから、迷子なのかと思っちゃって……」
彼女は気まずそうに言葉を続ける。
「……」
少年はしばし黙っていた。初対面の人との会話で何を話せばいいのか、彼なりに言葉を探している最中だった。
「……迷子ではない、です」
「……そうだったの、よかったわ」
漸く口を開いた少年に、彼女は安堵した。少年は迷子ではないことなど、彼女は既に知っている。
「……あの」
少年が緊張を抱えて口を開く。彼女は黙って次の言葉を待っていた。
「……名前、聞いてもいいですか?」
震える声で、なけなしの勇気で尋ねた少年に、彼女は快く自身の名を教えた。リディアと名乗った彼女にお礼を言ったあと、僕は今野悠ですと少年も自己紹介をした。
「ドアが開きます」
無機質な機械音声と共に背後の扉が開く。あぁ、そういえばエレベーターを待っていたんだと少年は我に返った。
「それじゃあ私は失礼するわね」
彼女がくるりと背を向けて歩き出したとき、
「あの――」
少年は思わず彼女の袖口をつかんでしまった。
「――また、あなたに会えますか?」
口をついて出た言葉を後悔するより前に、彼女は少年の頬に手を添えて微笑んだ。
「えぇ――必ず会える、約束するわ」
扉が閉まり動き始めるエレベーターの中で、少年だけが時間が止まったかのように固まっていた。
――彼女との出会いは運命だったと、僕は今でも感じている。
*
それはなんてことないある日のホームルーム。
「各自相談して期限内に提出するように」
そう告げられて配布されたのは進路希望用紙だった。
日直が一日を締める挨拶をしたあと、クラスメートはそれぞれ思い思いの行動を始める。近隣の席同士で話し始める者、さっさと部活動へ向かう準備をする者、何事もなかったかのように机へ向き直り課題を進める者。いつもと何ら変わらない光景の中で、僕は一人先程配られた用紙に目を落としていた。
「進路……」
将来について考えたことがなかったわけではない。だがしかし、目の前の進路にも将来の夢や目標にも僕は答えを全く見出せないでいた。やりたいことや成し遂げたいことなんて何一つ浮かんでこないし、代わりにと言いたげに脳内に住み着くのは将来への漠然とした不安ばかりだった。
「考えたって仕方ないのかもな……」
誰に言い聞かせるでもなく口に出し、周りに合わせて帰り支度をする。部活動に入っていない人は別に急ぐ必要はなかったけれど、僕はいつもの場所に早く行きたかったので急いで荷物をまとめた。
――
一番速い電車で1駅ほど移動して降りる。僕の家と学校のちょうど真ん中くらいにあるこの場所は、いつも通り沢山の人であふれかえっていた。人混みを避けながら、慣れたという言葉では足りないほど歩いた道をたどると数分ほどで目的地が見え始めた。
「こんにちは、今野です」
自動ドアを抜け受付へと一直線に向かいいつものお姉さんに話しかける。親切なお姉さんは作業中だったであろう手を止め、こちらを一瞥したあと関係者と書かれた札のついたネックストラップを持ってこちらに来てくれた。
「こんにちは、悠君は学校帰り?」
「そうです」
「そっか~、毎日お疲れ様だね。ハイこれ」
渡されたネックストラップを首から提げながら話を続ける。
「ありがとうございます。そちらこそお疲れ様です」
「いえいえ~、先生はいつもの診察室にいるから、場所わかるよね?」
「はい、大丈夫です。では失礼します」
ぺこりとお辞儀をしてから建物の奥へ向かう。エレベーターに乗り込み行き先のフロアを選択すると、最近リニューアルされたらしい小綺麗な機械はいとも簡単に僕を運んでくれた。
「8階です」
簡素なアナウンスと共にドアが開く。廊下を突き当たりまで歩けばいつも通り目的の部屋へたどり着く。
「……」
どうしてか、エレベーターを降りたときから僕は妙な緊張感に襲われていた。今日配られた用紙のせいか、もしくは何か予感みたいなものでも働いているのか。くだらない方向へと回り出した思考回路を止めるように首を左右へぶんぶんと振った。
「……失礼します」
3回ドアをノックしてから室内に聞こえるように呟く。数秒もしないうちに中からどうぞと返されたのを確認し、ゆっくりと取っ手に手をかけた。
「いらっしゃい、悠」
「……今日は一人なの?母さん」
僕の予想に反して、室内にいたのは母一人だけだった。見慣れた白衣姿の首に提げられた名札には今野明という文字列とともに長ったらしい彼女の階級が書かれていた。
「たまたま前の子とのお話が早めに終わっただけよ。それよりも、学校終わりで疲れてるでしょ。てきとーに座っちゃいな」
「はーい」
促されるまま近くの椅子に腰掛ける。入れ違うように立ち上がった母さんにペットボトルのジュースを渡されたのでその場で開けて飲んだ。少しだけ、緊張が治まった気がした。
「それね、期間限定なんだって。こんなに美味しいのにもったいないよね」
「そうだね」
母さんも同じものを飲んでいた。曰く、考え事をすると甘いものが飲みたくなるらしい。大人なのに変わった人だ。
「それで、学校で何かあったの?随分と暗い顔してるけど」
「あー……」
気まずくって思わず目を逸らす。母は、ここにいる子たちとお話するときと同じ視線をこちらに投げかけていた。わずかな表情や仕草なんかから簡単に感情の変化を察してしまう。そんな視線だ。
「……今日、学校で、進路希望の用紙が配られた」
意味もなく震えた声で話すと、母さんは拍子が抜けたかのように目をまん丸にした。
「進路?……そっか、進路か。もうそんな時期だっけ」
「……」
研究者としての仕事が忙しすぎるせいか、母さんは仕事以外の色々なことをよく忘れていた。確か小学校を卒業するときも似たようなことを言われたっけ。この前なんか、自分の誕生日を忘れたまま仕事に没頭していて、主役がいない誕生日会をどうするか父さんと話し合ったりもした。まだ割と若い方なのに、少しだけ……いや、かなり心配だ。
それなのに、毎年僕の誕生日には有給を取って一緒に過ごしてくれるのでなんだか憎めないでいた。
「それはまぁ、近いうちにお父さんと3人で話そっか」
「わかった」
話し合ったところで「悠の好きなようにしたらいいんじゃない」という結論になるのは見えているけど。2人ともそういう人だってのはなんとなくわかっていた。
心に住み着いたもやもやが一個なくなり、母さんが再びデスクに向き直ろうとした瞬間、タイミングを見計らったかのようにドアが開けられた。
「失礼します、今野先生。……ってあれ、悠じゃん!」
「……やぁ」
ドアを開けた犯人は、僕に気付くなりニヤっと口角を上げこちらへ歩み寄ってきた。
「なんだよ~来てたんなら一言声かけてくれたっていいじゃんか~」
「……さっき来たばっかだから、後で行こうと思ってた」
座っている僕の両肩を掴み、前後に揺らされる。ぐわんぐわんと視界が大きく揺れた。
「ふーん、嘘っぽいけどなぁ」
「嘘じゃない」
はっきり告げると、そいつはパッと手を離してから母さんに向き直った。
「あ、すみません先生。急に入室してしまって」
「特に何かしていたわけでもないし大丈夫よ。それより白栖川くん、何か急ぎの用事だったんじゃないの?」
母が問いかけると、そいつ、もとい白栖川開はハッとしてから困ってるみたいな表情になった。
「そうなんです、さっきテストを終えたちびっ子の一人が具合悪くなっちゃったみたいで……」
「……それは大変ね。具体的な症状は?」
「えっと、オレが聞いたのは目眩と頭痛、あと若干の吐き気があるみたいでした」
開の話を聞きながら、母は簡易的に荷物をまとめていく。
「なるほどね。じゃあ私は様子を見に行ってくるから、2人ともちょっとここで待っててもらえる?」
「わかった」
「わかりました」
慌ただしく部屋を出た母の姿を追うように数秒、僕はドアを眺めていた。
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