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決別と守護天使1

 このまま目が覚めなければよかったのに。

 クレアは鬱々とした気分でベッドから起き上がり、洗面台の前に立った。

 目蓋が腫れて、ひどい顔をしていた。

 水で顔を洗い、新しい聖女の礼服に着替える。

 祈りの間の女神像に早朝の祈りを捧げて、応接室のほうへ向かう。

 外は風が吹き荒れて、ガラス窓に雨粒が叩きつけられていた。

 窓を拭いていたニケが振り返った。


「おはようございます。クレア様」

「おはよう」


 クレアのかすれた声に、ニケは悲愴な顔で雑巾をにぎりしめた。


「クレア様、申し訳ありません。私があのようなことを提案したから……」

「あなたが責任を感じる必要はないわ。ちょっと色々あってね」


 クレアはなんとか微笑むと、ニケはさらに申し訳なさそうに頭を下げる。


「あの、じつはルベン様がいらっしゃっています」


 心臓が強く脈打った。

 昨夜の光景がよみがえり、怒りで拳が震えた。

 ライザの部屋から直接来たに違いない。


「彼は何か言っていた?」

「しばらく会えなかったから、城に向かう前にクレア様の顔を一目見たいとおっしゃって」


 昨夜のクレアの様子や、ルベンがクレアと会っていないという口振りに、ニケは何かを察しているのかもしれない。

 クレアは覚悟を決めて、部屋にとおすように言った。

 ニケと入れ替わるようにして、赤いバラの花束を持ったルベンが入ってきた。


「久しぶりだね、クレア」


 優しい笑顔を見ればいつも安心できたのに、いまはただそれに踊らされていた自分が滑稽でひどく惨めだった。

 あれだけ泣いたのに、また涙が浮かんで、クレアはそっと目元を拭った。

 ルベンはクレアを見て驚いたように花束を落とした。


「どうしたんだその顔は! またモリブデンに何か意地悪をされたのか!?」


 クレアは、両手を広げて抱きしめようとするルベンの手を叩き落とした。

 ルベンはクレアの拒絶に目を丸くした。

 ライザに愛を囁き、クレアを貶めた男に触れられるなんて耐えられなかった。


「教えてください、ルベン様。昨夜はどこへいたのです」

「もちろんずっと城にいたよ。徹夜明けで少しくたびれているけれど、どうしてもきみに会っておきたかった」


 ルベンは真意をはかりかねた様子で、困ったように微笑んでいる。

 答えるわけがないと思っていたが、嘘をつかれるのは想像以上につらかった。

 このままジェード家に行っていいのだろうか。ルベンは聖女の力だけを欲しているのだ。ジェード家に行っても、ここと同じなのかもしれない。


「見ていたのです。あなたがライザと一緒に、彼女の部屋に入ったのを」


 ルベンは役者だった。何のことだかわからないと困惑していた。


「そんなわけがないだろう。何を言い出すんだきみは。まさか俺が他の聖女と関係をもっていると疑っているのかい?」

「首のあざ」


 ルベンは素早く襟ごと首を隠した。誰も左側などと言っていないのに、ルベンの動きには迷いがなかった。

 本人もそれに気づいたらしく、ばつが悪そうにした。

 クレアは心底どうでもよくなって、疲れたようにソファーに座った。


「何も知らない私が、ひたすらあなたに夢中になっていく姿はさぞ滑稽だったでしょう。恋は盲目とはよく言ったものですよね。三年間あなたに恋をしていました。一月後に自由になれるとずっと信じていた」


 窓の外の色褪せた灰色の世界が、まさにクレアの心情そのものだ。


「結局あなたも私の聖女の力が目当てだったのですね」

「違う、それだけは絶対に!」


 ルベンは倉皇として、クレアの前に片膝をついて、クレアの右手をとった。

 騎士らしい仕草だ。きのうまでのクレアならばまちがいなく胸をときめかせたことだろう。

 いまは不快でしかなかった。

 本当は殴ってしまいたかったけれど、自分の立場はわきまえている。

 聖女の地位はあるが所詮平民の娘だ。それにわざわざこんな男のために手を痛めたくない。


「俺は騎士団長としての激務の合間を縫って、何度だってきみのために教団と対話を重ねてきただろう。たしかに俺はライザと関係を持ってしまった。それは……寂しかったからだ」

「寂しい?」


 何を言っているのだろう? クレアの頬が引きつった。

 眉を垂れてこちらを上目遣いに見つめる顔は、誰が見ても同情したことだろう。


「きみと一緒にいられる時間は限られているし、触れ合うことも禁止されていた。本当は俺の一方的な愛情なんじゃないかと思って、寂しくなったんだ。すまなかった! 女神フォルトゥナに誓って二度としない!」


 真摯に見えるそのまなざしに心が揺れたが、同時にひどく惨めな気分になった。そしられて、裏切られたというのに、好きだった頃の心がルベンを許せばいいと囁いている。

 クレアはなけなしの勇気を振り絞ってルベンの手を払い、立ち上がって背を向けた。

 もう顔を見ていたくなかった。

 みっともなく泣き叫んで、二度と立ち上がれない気がしたのだ。


次話。ルベンの言い訳が続きます。

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