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天国の塔3

 長い階段を下りた先には、部屋全体を美しい青の魔鉱石で飾った部屋があった。

 中央には青の魔鉱石の巨大な柱が天井まで貫いていて、柱の中に閉じこめられた光の海が、還る場所を求めて漂っている。


「呆れた……これほどの祈りが集められているなんて」


 クレアのため息まじりの声が響いて、柱を愛おしそうに撫でていたモリブデンが慌てて振り返った。


「お、お前はクレア! なぜここに!」

「あら、お久しぶりね枢機卿」

「これが噂の……あぁ、僕にも見覚えがあります」


 その皺だらけの顔が、レイを見て青ざめた。


「やめろ! 来るな! 何をするつもりかは知らんが、これは私のものなのだ! これを集めるのにどれほど私が苦労したのか、貴様らにわかるはずもない! この祈りの力にどれほどの価値があると思う? お前のような平民上がりの女にはこの意味は一生わからな」


 助走をつけたクレアの右の拳を顔面で受け止めたモリブデンは、ぱっと鮮やかな鼻血を噴き出しながら後ろによろめいた。


「よくも好き勝手に暴力を振るってくれたわね。これでいままでの分、全部チャラよ」

「ひっ」

「なわけないでしょ! 地獄に落ちろ!」


 すかさず腹を何度も拳でえぐって、最後に顔面を蹴り飛ばす。

 モリブデンはことばにならない声を上げて、柱に激突してその場に顔から倒れこんだ。気を失ったようだ。


「かっこいいです!」

「まだまだ足りないけれど、まあいいわ。いまからこいつの苦労が、全部水の泡になるんだから」


 クレアは額に浮いた汗を拭いて、レイに向き直った。


「世界の終焉を前に、誓ってやりましょう」

「かっこいいなぁ、クレアは」


 レイはクレアに近づいて、少し緊張した面持ちで言った。


「クレア・レッドルビー。僕に愛を教えてくれた大切な人。いつだって僕を救ってくれた愛しい人。僕と結婚してください」


 いつだってまっすぐな愛情を向けてくれたレイに、クレアは涙を浮かべて「はい」と力強くうなずいて応えた。


「レイ・ラズライト。私の愛しい天使。どうか私と結婚してください」

「もちろんです!」


 返事と同時に強く抱きしめられて、クレアも負けじとレイの背中に腕を回した。

 左半身は完全に魔鉱石に覆われているようで、人間とは思えない硬い質感をしていたが、それはクレアにとって慣れた感触だ。ずっとクレアに寄り添ってくれた、ペンダントそのものだった。

 クレアはレイと額を重ね合わせて、目を閉じた。


「愛を喜びなさい。愛を学びなさい。変化を恐れず、善悪もなく、愛を降らせなさい」


 何度も口にした、女神フォルトゥナの祝福のことばを告げて、そっと顔を離す。

 この先のことばは、愛を誓うふたりだけに許されるものだ。

 それを口にできる喜びと緊張に、心臓がどきどきと早鐘を打つ。

 クレアとレイは目配せをして、同時に口を開いた。


「我らの永遠なる祈りと愛を女神に捧げる」

「いざ、豊麗の大地を抱く女神フォルトゥナよ」

「我らに愛しい未来を授けたまえ」


 その誓いに反応するように、柱に封じられた光が激しく輝き始めて、ぴしりと柱に亀裂が走った。

 解放の兆しか、魔獣の襲撃か、地面が激しく揺れている。

 クレアはレイの魔鉱石に覆われた頬を撫でた。


「レイ、大丈夫よ。そばにいるから」

「うん、何も怖くないよ。どんな未来でも、クレアと一緒なら」


 レイの瞳にはクレアしか映っていない。世界が終わる、その瞬間までお互いしか見えていないなんて、なんと幸福なことだろう。

 クレアがゆっくりと顔を近づけると、レイもまた距離を縮めた。

 さらりとお互いの前髪が触れ合って、そっと唇が重なった。

 柔らかくて優しくて、自然と頬に涙が伝う。

 柱の崩壊と同時に、解放された光が押し寄せてきた。

 クレアは自分が目を閉じているのか、開けているのかわからなかった。

 それでもレイの気配は変わらず腕の中にあった。それがこんなにも心強い。

 体内の魔力が、解放された光に反応しているのがわかる。

 これで正解だったのか、それはいまでもわからない。

 でも不思議と恐怖心はなかった。


 地面の感覚がなく、自分の体の境界すら曖昧になっていく。

 ふと、レイ以外の温もりを感じた。

 大きな掌に包まれるような安心感に、抗いがたい眠りに誘われる。

 光の向こうで、見覚えのある女性が微笑んだような、そんな気がした。


「愛しい生命に祝福を授けん」


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