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決着


 塔が近くなると階段が多くなるため、クレアたちは馬を降りて走った。

 美しく広い敷石の道の右手には、見覚えのある聖女寮が見える。

 塔は目と鼻の先だ。


「本当に来た」


 塔へと続く道の中央には、ライザがひとりで待ち構えていた。

 クレアは面倒くさそうに顔をしかめる。


「久しぶりね、クレア。グロリアでの仕返しは、あの天使くんに受けてもらったわ」


 ライザは少女のようにくすくすと笑った。

 その金色の瞳はクレアの反応を見逃すまいと観察しているが、思いのほかクレアの反応が薄いので、ライザは不満そうに眉を吊り上げた。


「そんなにあの子が大事なんだ。もっと味見しておけばよかったかしら。だってあの子死んじゃうんだもの。あなたって本当にかわいそうね……愛した男には裏切られて、そして先立たれるのでしょう? ふふ、ざまぁないわね!」


 いちいち腹の立つ女だ。それでもクレアはここまで我慢した。

 それはレイの忠告があったからだ。レイは小悪魔の顔をして言っていた。


「彼女はあなたに執着しています。次に会うことがありましたら、こう言ってあげてください」


 得意気に笑ったレイを思い出して、クレアの口元が綻ぶ。


「ねぇ、あなた」


 クレアが声をかける。ライザは迎え撃つように、にんまりと笑っている。


「誰だっけ?」

「は?」


 その瞬間、ライザの顔から表情が抜け落ちた。

 レイの言ったとおりのようだ。


「な、何を言ってるのよクレア……冗談はやめなさいよ。急に馬鹿にでもなったわけ?」


 クレアが無視して歩き出す。

 ニケもライザを避けて、クレアのあとに続いた。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 ライザは周章狼狽としてクレアを追いかける。


「ねぇ、クレア! 私、レイをたくさん殴ったわよ! あの綺麗な顔をずたずたにしてやった! たくさん悪戯もしてやったわ。そしたらあの子ったらすぐに私に落ちるんだもの。可愛かったわよぉ? 死ぬ前に天国を見せてあげたの」


 顔を覗きこんで必死にクレアの気を引こうとするが、クレアは眉ひとつ動かさなかった。


「嘘だと思っているんでしょう!? 本当なんだから!」


 ライザは顔を真っ赤にして、逆上して怒鳴り散らした。

 それでもクレアは止まらない。

 すると、ライザはクレアの腕にしがみついた。その手は激しく震えていた。


「どうして絶望しないの? ほら、あの時みたいに絶望しながら泣いてよ。私を見なさいよ。困ったように笑いなさいよ。怒ってもいいわよ? 何か反応しろよ!」


 クレアはライザの手を払い落とし、無視して歩いた。


「待ってよ、ライザって呼んでよぉ!」

「うるさい羽虫ね。あなたなんか知らないって言ってるでしょう。知らない人間の話を誰が信用するっていうの」


 「邪魔」と体を押し返すと、ライザは大袈裟によろけて、ぽろぽろと涙をこぼした。


「ひどい、ひどいよクレア……どうしていつも私を見てくれないの。どうして私だけを見てくれないのよ」


 クレアはライザのことばも、その価値観も理解できなかったし、何も理解したくなかった。


「やっぱりあの時、殺しておけばよかった」


 ライザが不穏なことを言い出したので、ニケがとっさにクレアをかばおうとするが、クレアはそっとその肩に触れて「大丈夫」と言った。


「そうすれば、クレアは最期に私を見て、憎んで……私の永遠になってくれたのに!」


 ライザの両手が淡く輝く。鉱石術を発動させようとしている。

 しかしそれよりも早く、クレアの右の拳がライザの顔を殴り飛ばした。


「ぅぎゃ!」


 ライザはへしゃげた声を上げて、敷石の上をごろごろと転がった。

 思ったより遠くに吹っ飛んだので、ニケが目を丸くしている。


「そうだ、あれが使えるじゃない」


 クレアはすっかり忘れていたある物をポケットからとり出した。

 かつて依頼の報酬として受け取ったピンク色の液体の小瓶だ。嫌な記憶を消すことができる薬と言われたが、クレアには必要がなかった。

 クレアは鼻血を垂れ流しながら上体を起こそうとするライザに馬乗りになって、その口に瓶を突きつけた。


「な、何するのよ! くそっ」

「さっさと飲んで。こっちは急いでるのよ」

「嫌に決まって……うぐっ」


 無理矢理瓶ごと突っこんで飲ませると、ライザは激しくむせながらすべてを飲み干した。


「クレアのことは忘れろ。あとレイのことも」


 血走った目を向けてくるライザを見下ろして、クレアは暗示をかけるように言った。

 ライザは馬鹿にしたように口の端を吊り上げて笑った。


「はあ? 何言ってんのよ。お願いされても忘れてやるかバーカ!」

「忘れろ」


 強く命令すると、ライザは突然白目をむいて気を失った。


「クレア様、いまのは」

「気にしないで。これで忘れてくれたら最高なんだけど」


 クレアは瓶を聖女寮に向かって投げ捨てると、興味を失ったように塔へと向かう。

 しばらくして、「あの」と後ろから声をかけられた。

 視線だけで振り向くと、ライザがこちらを見ながら首を傾げていた。


「すみません、私はここで何をしていたのでしょう」

「知らないわよ」

「そうですか。顔が痛いわ……うそ、血が出てるじゃない。汚い。ルベン、どこにいったのよ。使えない男ね」


 ライザは苛立ったようにつぶやいて、聖女寮へと消えて行った。


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