ライザの真実1
レイが目を覚ますと、目の前には見覚えのある女性が絵画でも眺めるようにレイを観察していた。
椅子に座らされた状態で、手首を魔具で拘束されたまま椅子ごと縄でくくりつけられているようだった。
重厚なカーテンと高い天井。靴越しにも感じるふかふかの絨毯と部屋の雰囲気から、恐らくジェード家に連れてこられたのだろう。
状況を確認するために視線を走らせていると、女性が長い金髪を揺らして近づいてきた。
「初めまして、私は聖女のライザよ。たしかレイと呼ばれていたかしら? 額の傷は祈りの力で治したけど、他に痛いところはないかしら」
「そうですね。縄が食いこんで痛いです。外していただけませんか」
「ごめんなさい。それは私にはできないのよ」
ライザは申し訳なさそうに頭を振った。
レイは警戒したようにライザを見上げる。
「それにしても、あなたは本当に綺麗ね。天使と呼ばれているのも納得できるわ」
ライザは熱っぽくため息をついて、するりとレイの頬を撫でた。
「僕に媚を売っても無駄ですよ。そろそろ本性を現せばいいでしょう」
レイが冷たく突き放すと、ライザは傷ついたように手を引いて眉を垂れた。
茶番だ、とレイは眉をひそめる。
「恋人のクレア以外に触れられても不快だと言ったのですよ」
ばしんと頬が鳴り、衝撃でレイの顔が横を向いた。
視線だけで見上げると、ライザが無表情でこちらを見下ろしていた。
レイは確信をもったようにうなずいた。
「やっぱりそうなんだ。あなたと僕の想い人は同じなのですね」
今度は反対側の頬が叩かれて、口の端に痛みが走る。
痛みには慣れている。
怯まずにらみつけると、ライザは忌々しそうに可憐な顔をゆがめていた。
「クレアの昔話を聞いている時から変だと思っていたのです。なぜ王子様であると強調し、自分のものであるかのように振る舞うのか。あなたがクレアに向ける感情は歪すぎる」
「黙って」
「クレアはあなたの王子様ではない。僕の恋人だ」
「黙れぇ!」
ライザは力の限りにレイを殴りつけた。
椅子が大きく傾いて、レイは右半身を床に叩きつけられて呻いた。
反射的に閉じていた目蓋を開くと、ライザの靴の爪先が脅すように突きつけられていた。
「男だからって理由であの子の恋愛対象になれるあなたに、何も言われたくないわねぇ」
金色の瞳の奥に、どろどろとした愛憎が虫のように蠢いて見えた。
「あなたの場合、性別が理由ではないでしょう」
腹にライザの爪先が食いこみ、レイは痛みをこらえるようにぐっと歯を噛みしめた。
「どれだけ健気で可愛くたって、クレアは私を愛してくれなかった。私の王子様だったくせに」
ライザは爪を噛みながら、ぎりぎりと歯ぎしりをしている。
「あぁ、ちくしょう、憎らしい……殺してやりたいくらい憎らしい。私の知らないところでこんな男をつくりやがって。何度好きな男を奪ってやっても懲りないんだから」
ライザはぶつぶつと不満を吐き出すと、ゆっくりとしゃがみこんで、毒を含んだ微笑みをレイに向けた、
「私はね、あの子に一生消えない傷を刻みたいの。じくじくと痛んで血を流し続けるような傷よ。そうしたらクレアは、私を永遠に忘れないでしょう? ずっと私から逃れられなくなるでしょう!」
名案と言いたげに、ライザは少女の無邪気さで言った。
レイはふっと笑って、
「途中まで大成功でしたよ。クレアはあなたの悪夢に悩まされていましたから。ですが残念ですね。いまは僕がその傷を塞いでしまいました。そろそろ舞台から退場していただけませんか? いい加減不愉快ですよ」
ライザは目を血走らせて、怒りで全身を震わせていたが、突然立ち上がって、机にあった羽ペンを手にとった。
緑の魔鉱石で加工されたペン先が鋭く輝いた。
「その綺麗な目玉をえぐり出して、可愛い顔をずたずたに引き裂いてやったら、クレアは私を許さないわよねぇ? ふふ、ふふふふ」
ライザは狂ったように笑いながら、酔いが回ったような覚束ない足取りで近づいて来る。
レイの背中に冷たい汗が流れた。
しかし、床と接触する右半身には、この部屋に近づく足音を感じていた。




