命の期限4
クレアは深く息を吐いて、足元を焦がす炎を鎮めた。
「たとえそれが事実だとして、世界中の魔力を吸い取るなんてことが起きたら、魔力を持っている私たちだって無事ではいられないわよ」
「千年前にも生き残った者たちがいる。我らの先祖は聖女の祈りに守られていたんだよ。そしてこの時代の我々にも聖女たちがついている」
「だとしても世界中の人々は守れないわ。あなた、まさか……」
ルベンの思惑に気づいたクレアに、ルベンは暗い瞳を細めた。
「すべては守れない。だったら俺は王都だけを選ぶ。そこから新しい世界を作ればいいだけだろう? きみと一緒にね」
自分だけは確実に助かる道を得たルベンは、信じられないほど穏やかに微笑んでいる。
「彼の身柄は我々星羅騎士団が預かる。モリブデンはしきりに処刑したがっているが、どうせ殺すなら意義のある死を与えてやろうじゃないか」
「どいつもこいつも、勝手なこと言ってんじゃないわよ!」
ごおっと音を立てて、クレアの背後から炎の柱が立ち上る。
騎士たちが一斉に水の鉱石術を発動させるが、それすらも圧倒するほどの炎が暗闇に染まった空を焼いた。
「クレアを捕らえろ! だが絶対に傷つけるな! 俺はひと足先にこれを王都に連行する」
ルベンはレイの腕をつかんで馬車に連れこもうとするが、レイは激しく抵抗して転倒した。
「レイ!」
「クレア、ごめんなさい! 裏切ってごめんなさい!」
レイは倒れたまま、顔を上げて叫んだ。
美しい顔を涙でぐしゃぐしゃに濡らして、どれだけ情けなくなっても、クレアのことをまっすぐに見つめている。
どんな時でも、レイの素直さは変わらない。
悲しみ傷ついた表情のレイに、クレアは安心させるように微笑んだ。
「馬鹿ね。自分の意思でどうにもならないことを裏切りなんて言わないの。もう二度とこんな隠しごとはしないで」
レイは目を見開いて、それから柔らかく顔を綻ばせた。
魔獣から助けたあの時のように、まぶしい笑顔だった。
そのやりとりが癪に障ったのか、ルベンはレイを乱暴に引き寄せると、力任せに馬車に放りこんで、自らも馬車に乗りこんだ。
いますぐ後を追いたいが、クレアの動きに合わせて騎士たちも一歩ずつ踏みこんでくる。
「邪魔をするな!」
聖女の膨大な魔力による炎で一気に蹴散らすが、やはり多勢に無勢だ。
ひとり倒れると、その倍の増援がやって来る。クレアの額に脂汗が浮かんだ。
このままだと無駄に消耗するだけだ。
レイが遠ざかる焦燥と苛立ちで、体が思うように動かない。
すると、突然目の前の騎士の頭に酒瓶が振り下ろされて、騎士は目を回して倒れた。
「お前ら、王都だけ守るとか言いやがったか!」
酒瓶を持った男が憤慨したように叫ぶと、それに同調した声が騎士の背後から波のように押し寄せた。
「私たちのことを見捨てるつもりなの!?」
「いっつも偉そうにしやがって! 結局自分たちのことしか考えてねぇんだ!」
ルベンの話を聞いていた人々が武器を手に次々と騎士に襲いかかる。
クレアは呆然とその様子を見ていたが、後ろから声をかけられて慌てて振り返った。
「姉ちゃん! 早く追いかけな!」
クレアに駆け寄ってきたのは、馬を連れた男だった。
「大切な子なんだろう。ここは任せな」
「ありがとう!」
男は頼もしく、にっと白い歯を見せてから、騎士への反乱に加わった。
クレアが馬に乗って走り出すと、「がんばれ」「負けるな」と人々から歓声が上がった。
一時の盛り上がりだったとしても、クレアは人々の応援に勇気づけられた。
「レイ、無事でいて」
クレアは祈るようにペンダントをにぎった。




