対決6
覚えのある浮遊感に、クレアは驚きと懐かしさに包まれる。
恐る恐る視線を下げると村の全体が見えた。村人の姿が蟻のように小さく見える。
「レイ! あなた空を飛べたの!?」
強風に掻き消されないように声が大きくなる。
レイは悪戯が成功した子供のように笑った。
「すごいでしょう? クレアは二回目ですよね」
「うん……いまみたいにペンダントの天使が助けてくれたのよ。あなたと出会っていなかったら、私はとっくに死んでいた」
「嫌です。クレアのいない世界なんて考えたくない」
「私もよ」
そんなこと、怖くて想像すらできない。
クレアは腕の中の温もりを感じたくて、強く抱きついた。
レイの手が背中を撫でる。
「見てください、クレア」
レイに促されて顔を上げる。周囲を見渡すと、そこには青空が広がっている。
「ほら、すぐそばに」
手が届く場所に霧のような雲がある。クレアは右手を伸ばして、指先で小さな雲を掻き混ぜた。
「楽しい! 見て、レイ!」
「えぇ、妖精みたいで可愛いですよ」
「よ、え!? も、もうっ」
クレアは赤くなった顔を隠すように、レイの首筋に頬をすり寄せた。
レイの体が揺れて、喉で笑う気配がする。
クレアはほんの少しむくれながら、もう一度空を見たくて頭を傾ける。
鳥はこんな気分なのだろうか。もっと上空には刷毛でひいたような雲があって、透きとおるような青空が広がっている。
ふたりを邪魔する人間も、建物すら存在しない世界だ。
「世界でふたりきりみたい」
「僕も同じことを考えていました」
レイの鼻先がクレアの髪をくすぐる。
その感触は心地良かったが、少し物足りなくて、クレアはレイに頬ずりをした。
ふたりだけの世界で、心地良い無言の時間をすごしていた。
やがて飛ぶ速度が落ちてきて、久方ぶりに足先に地面の感触がした。
気がつくと、深い森を一望できる丘の上にいた。
「ごめんなさい、クレア」
「うん?」
「村の人と挨拶する前に飛んでしまったから。でもこれ以上、あんな男のことばをクレアに聞かせたくなかった」
「うん、わかってる。ありがとう」
いつかまたあの村に訪れる機会があれば、その時は突然出て行ったことの謝罪をすればいい。クレアは自分でも不思議なことに、あの村にもう一度帰りたいと思っていた。
故郷と言える場所になったのかもしれない。
「それにしても、あなたがルベンの息子って! 傑作だわ!」
いまさらながらに笑いがこみ上げてきて、クレアは腹を抱えて笑った。
クレアにつられて、レイも声を上げて笑った。
勝手に父親にされたルベンは、今頃村から追い出されていることだろう。
「ねぇ、クレア。これからどこに行きますか」
「そうね。とにかく近くの町に行って依頼を受けましょうか」
「そうですね。うーん、せめてクッキーだけは持ってくればよかったな。クレアに食べてほしかったのに」
レイはむすっと拗ねたように言った。
クレアはレイの機嫌をとるように、自分から手をつないだ。
「天使がいるだけでじゅうぶんよ」
レイはほんのりと目元を染めた。
「やっぱりクレアは僕を救ってくれる聖女ですね。あなたの祈りはいつだって僕を幸せにしてくれる」
わかってないなぁ、とクレアは微笑む。
私に祈りの力を与えてくれるのは、いつだってレイのおかげなのに。




