対決4
「クレアに触るな」
ふたりの間を割って入るように白い手が伸びて、ルベンの顔を鷲掴みにした。
すると、あれだけ頑丈だった腕の拘束がほどけて、ルベンが膝から崩れ落ちた。
ルベンから解放されたクレアは、気がつくとレイの腕の中にいた。レイの背中には二枚の美しい羽が広がっている。
「クレア、大丈夫ですか?」
レイは労わるようにクレアの頬を撫でた。
「レイ、あなたこそ! 鉱石術を受けたでしょう?」
「僕は大丈夫。鉱石術には耐性があるのですよ」
「本当に? 怪我はしていない?」
「このとおりですよ。心配させてごめんなさい」
レイに優しく抱きしめられて、クレアはすがるようにレイを掻き抱いた。
レイの匂いにようやく体の緊張がほぐれる。彼のもとへもどれたのだと、全身が歓喜していた。
「レイ、ごめんなさい。嫌だったのに、動けなかった……」
「謝らないで。もう大丈夫だから。もう何も怖くないよ」
クレアはうなずいて、隙間をなくすように身を寄せた。
あの塔に監禁されているクレアはもういない。もうひとりじゃないことを、クレアは知っている。
「貴様! この俺に何をした!」
ルベンは床に這いつくばりながら激昂し、レイをにらんだ。
レイはルベンの視界をさえぎるように、大きな羽でクレアの姿を隠してくれた。
「あなたの魔力を吸い取りました。しばらくは自由に動けませんよ」
「魔力を吸い取るだと? そんな鉱石術があるというのか」
信じられない、とルベンは驚愕した。
鉱石術は万物を構成する地水火風を操る。クレアは火を、ライザは地の防御壁を使用して、ルベンはそれらを組み合わせた雷を使う。他者の魔力を吸い取れる鉱石術はたしかに珍しいものだ。
「あなたに説明する義理はありませんし、いまはそんなことどうでもいい」
レイの全身が淡く発光する。鉱石術が発動しているようだ。
冷気が漂い、ルベンの体に霜がつき始めた。
レイは静かに、けれど激しい怒りを見せていた。
「恥ずかしい人だ。あなたは彼女の傷の深さをまるで理解していない。そもそも僕はあなたのことを心底理解できない。愛した人を貶しながら別の女性と関係を持って、表でクレアに愛を囁く……これが世に言う『くず野郎』というやつですよね」
「き、貴様っ! このルベンを侮辱するか!」
「えぇ、そうです。なぜならあなたはクレアを辱めたから。僕にとってあなたは悪だ。僕はあなたを絶対に許さない」
クレアはレイの真剣な横顔を見つめた。
レイはいつだってクレアの心を守り続けてくれた。いまもルベンと対峙して、クレアのために戦ってくれる。
クレアはレイの肩に顔を埋めて、その温もりをたっぷりと受け取ってから、レイの隣に並んだ。
もう大丈夫、ありがとう。と感謝をこめて美しい羽に触れると、羽は光の粒子となってクレアの長い髪を揺らして消えた。
クレアがレイの手をにぎると、レイは少し驚いたようにクレアを見て、それから嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう、レイ。こんな人、放っておいて行きましょう」
「はい!」
クレアは剣を拾うと、レイを連れてルベンのそばを通りすぎた。
「ま、待ってくれ!」
眼中にないと言わんばかりのクレアの態度に、ルベンは焦ったように叫んだ。
クレアは深いため息をついて、「何?」と背を向けたまま尋ねた。
「世界を救うためには聖女の力が必要なんだ! 世界の荒廃を、魔獣の増加を食い止めることができるのは聖女だけだ!」
「何の根拠があってそんなことを言ってるのよ」
「それは……祈りという特別な力を持っているのも、魔獣を滅することができるのも聖女だけだろう? 俺のもとにもどってきてくれ、とはいまは言わない。けれど聖女に復帰してもらえないか。世界を救うために」
やはり立ち止まらなければよかった。ルベンの言い分に、無駄に苛立ちを覚えただけだ。
「世界のため、ね。私ひとりもどったところで何も変わらないわよ」
「世界が終わってもいいというのかい? 俺は容認できない。きみとの未来のためにも、聖女としてもどって来てほしい! 俺も全力できみを支えると誓う! きみの力を利用させたりしない」
「その誓いはあまりにも遅すぎたわね」
クレアのつぶやきに、ルベンは言葉をつまらせた。
「憤怒の魔女は世界を呪った。いまさら世界に救われてほしいなんて思わない」
「やめないかクレア! きみらしくない! きみはいつだって聖女の務めに真摯だった。健気だった。そんなきみだから愛した」
私らしいとはなんだろう。この人は何を見てくれていたのだろう。
ルベンがことばを重ねるたびに、不思議とクレアの怒りが冷めていく。ルベンという男が色あせて、恨みの対象から外れた。もはや興味すらない。
「私もあなたのことを理解していなかったように、あなたも私のことを理解していない」
クレアはレイの手を強くにぎって、視線だけで振り返った。
「紅茶とクッキーと天使がいれば何もいらない。私の世界ってとても狭いの」
挑発するように笑うと、ルベンの目が見開かれた。
端正な顔は嫉妬にゆがんで、その矛先はレイに向けられた。




