対決2
扉を閉めたあとも、三人は椅子に座ろうとしなかった。
「甘い匂いがするね」
不躾に家の中を見回すルベンに、クレアは不快そうに両腕を組んだ。
「村娘を騙すなんて、騎士団長も卑怯な真似をするじゃない」
「いまの俺は騎士団長ではなく、ルベンというひとりの男だからね。きみと会うためなら手段は選ばないさ」
ルベンは甘く微笑んだ。クレアと婚約していた時と変わらない表情だ。
変わったのは、少し伸びた髪と目の下の隈だろうか。
それが本来の好青年とした顔に影を落としていて、変な魅力につながっているのだろう。
村娘たちが色めくはずだった。
「何も話すことなんてない。出て行って」
わざわざこんなことを言うのにも気分が滅入る。
レイがそばにいてくれるのが唯一の救いだ。
レイがいなければ、怒りに身を任せて何をしでかすかわからない。
「はは、取り付く島もないな」
ルベンは困ったように微笑んで、それから真剣な面持ちでクレアと向き直った。
「きみをたくさん傷つけたことを謝りたい。そしてあの時、きみをライザから守ってやれなかったことも……本当にすまなかった」
「必要ないわ。それに、あなたの自己満足につき合うつもりもない。帰って」
「クレア。俺はもうライザと関係を持っていない。彼女が勝手に俺と婚約していたと発表したせいで、一時は本当に婚約をするなんて話もあったが、俺はそれを断ったんだ。彼女との関係は終わったんだよ」
「だから何? あなたのこともライザのことも、どうでもいいって言ってるの」
ルベンは切なそうにクレアを見つめた。その表情ひとつひとつに苛立ちが募る。
こちらがどれだけ拒絶しようと、ルベンは自己満足をやめるつもりはないらしい。
「この一年、きみを失った俺は地獄を彷徨っていたんだ。きみが俺に微笑みかけてくれないと思えば、息もできなかった。もう二度とあんなことはしない。もう一度俺にチャンスをくれないか? きみをいまでも愛しているんだ」
そう言って、ルベンは右手を差し出した。
あぁ、好きだった。信じていた。
しかしその恋はすでに灰となって、埃のようにわずらわしく舞い上がる。
クレアはその埃ごと焼き払うつもりで、蛇のようにうねる炎をルベンにぶつけた。
騎士団長を名乗るだけあって、ルベンは素早く剣を抜いて炎を打ち消した。
「クレア……」
「相変わらず女を騙すのがお上手ね。寄りをもどして、もう一度聖女としてこき使ってやろうって?」
クレアが挑発するように鼻で笑うが、ルベンはそれに乗ってこない。
あくまで誠実な姿勢を崩さないつもりだった。
「違う。もちろん聖女として復帰してほしい。その時は全力で俺が支える。もう二度とモリブデンの好きにさせないと約束しよう」
クレアはあまりにも遅すぎる約束に、呆れたように頭を振った。
守りたい人も守れなかった。そう言って、泣きながらクレアに寄り添ってくれた天使の姿を思い出す。
「だったら剣を首に突き立ててみなさいよ。」
「な、何を言うんだ! きみは俺に死ねと言うのか?」
「死ねとは言っていない。突き立てろと言ったのよ」
ルベンは目を見開いて息を呑んだ。
「私の天使はそう言ってやってみせたわ。私の信用を勝ちとりたいばかりにね」
「死だけがきみの信用を得られる方法ではない。それでは脅しと同じだ!」
「あなたの場合、そこまでしないと信用できないってことよ」
クレアは疲れたようにため息をついた。
「あなたも世間知らずなところがあるみたいだから教えてあげる。ライザと婚約破棄したあと、貴族令嬢の何人かに手を出したそうじゃない。人気の聖女との婚約を破棄したことで、国民のあなたへの注目度はかなり高いのよ」
「違う、それは全部嘘だ!」
ルベンは必死に否定したが、クレアの冷たいまなざしから逃れるように視線を彷徨わせた。
「きみと出会えなくて、寂しかったんだ。けれどそれぞれ一回きりだ! もう二度と会わないから」
「また私を言い訳にするのね。いい加減にしてよ。信用しろってほうが無理があるわ。そんなに聖女の力が欲しいの? だったら六人の聖女全員娶ったらいかがかしら。六人もいれば薬だって作りたい放題でしょう」
「力なんて欲しくない。欲しいのはきみだけだ!」
昔なら騙されていただろう情熱的な台詞も、いまはただ不愉快でしかない。
「何を話しても無駄よ。私はレイとの未来だけを考えているの。お互いにもう忘れたほうがいいわ」
これ以上不毛なやりとりを続けるほど、クレアの気は長くない。
ルベンは聞き捨てならない、とばかりに眉をひそめた。
「レイ?」
「私の恋人」
その瞬間、ルベンはクレアの隣に佇むレイを鋭くにらんだ。
「なるほど。美しいな」
「そうですか。クレア以外に言われても何も響きませんが」
いままで沈黙を保っていたレイは、ルベンのどこか皮肉めいた賛辞に、にこりと笑顔を貼りつけて返した。
「まるで女のようだな」
「女性と見れば節操なく手を出す騎士団長殿を男性とするならば、女性と見られても結構ですよ。恋に性別を持ち出すなんてみっともないと思いませんか」
ルベンが剣の柄を強くにぎるのと同時に、レイの鉱石術の気配も強まった。
剣では勝てないとわかっていても、得意の鉱石術では負けるつもりはないのだろう。
レイは毅然とした態度でルベンを見返している。




