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擦れ違い1

 恋人になったからと言って何かが劇的に変化するわけでもない。が、ひとつ大きく変化したのは、クレアからレイに触れる回数が増えたことだろうか。

 頭を撫でると複雑そうな顔をするので、頬に触れたり、指で軽く突いたりすると、嬉しそうに笑ってくれる。

 レイから手をつながれると心臓がどきどきする。

 そうやって緩やかに、穏やかに心を満たしていた。

 唇に触れたのはあの日以来で、それでもゆっくりと自分たちらしい速度で触れ合えるのはとても心地が良かった。


「ローズ。なんだか前よりも穏やかね」


 クレアはいつものように自警団の事務所に出向き、そこで雑用や事務仕事のようなものをこなしていると、同僚の女性にそう声をかけられた。

 近頃、そうやって声をかけられる頻度が多くなったような気がする。

 レイとの関係が変化したから、とは言えず「この村にも慣れてきたのかもね」と曖昧に言った。


「じゃあきょうは帰るわね」

「お疲れ様。ノアくんによろしくね」


 クレアは軽く手を振り返しながら「これはバレてるな」と思った。それはそれで、なんだかむずがゆい気持ちになる。

 クレアは気持ちを切り替えて、レイを迎えに薬屋へと向かった。

 薬屋の出店には店主のお爺さんが立っていた。


「ローズ。きょうは早かったな」

「えぇ、魔獣討伐もなかったからね。ノアはもう帰ったの?」

「帰っちゃいねぇよ。ただきょうは暇だから早くにあがっていいって言ったら、急いで道具屋のほうに行ったぞ。ローズが来る前にもどるとは言っていたがな」

「ありがとう。そっちに迎えに行くわ」


 もしかしたらまた新しいお菓子でも作るつもりなのかもしれない。近頃はクレアの好物を発見すると言ってお菓子作りに余念がない。


「太らないようにしなきゃ……」


 魔獣討伐のおかげで運動不足には陥らないが、以前よりもしっかり食べて肉づきもよくなった。

 そしてレイのお菓子は美味しい。とてもその誘惑には抗えないのだ。

 運動量を多くしようと考えていると、遠目に道具屋が見えてきた。

 そして店の前に求めていた銀髪が見えた。


「レイ」


 誰にも聞こえないようにそっと囁く。

 それだけで羽が生えたように足取りが軽くなった。

 声をかけようと口を開いたが、レイは村の女の子と何やら熱心に話しているようだった。

 レイは村人に可愛がられているので、特に変な光景ではないはずなのに、クレアは目が離せない。

 なぜなら、クレアから告白を受けたあの日のように、レイの頬が染まっている。

 嫌な汗が噴出し、背中を流れる。

 酔いから醒めた気分だ。

 レイと女の子の姿に、ルベンとライザが重なって戦慄とする。

 私の知らないところで、本当は……。

 レイはクレアに気づくことはなく、幸せそうな横顔をして女の子と一緒に店に入って行った。

 クレアは踵を返して、急いで丘の上にある家まで駆けのぼる。

 扉の鍵を乱暴に開いて自分の部屋に飛びこみ、道具袋を用意した。

 無心で荷物を詰めこんでいると、背後で「ただいま」と明るい声が響いた。

 クレアが道具袋と剣を手にとって玄関へ向かうと、返事がないことを不審に思っていたらしいレイが安心したように微笑んだ。


「よかった。クレアが先に帰るのが見えたって聞いたので、急いで帰ってきました」


 レイはクレアが何も言わないことと、その手の荷物を見て怪訝な顔をした。


「どこかに行くのですか? それに顔色が悪いですよ」


 頬に伸ばされた手を、クレアは反射的に叩き落とした。

 レイが息を呑む。

 クレアの体の内側で、じりじりと心が焦げる音がする。

 人を信用なんてするからだ、ともうひとりのクレアが嘲笑する。


「あなたはここにいなさい。私はここを出る」


 恐ろしく低い声が出た。まるで手負いの獣だ。一年前、王都から逃れて死に物狂いで剣をにぎっていたあの頃にもどったかのようだ。


「だったら僕も行きます」

「来ないで!」


 クレアは激しく拒絶した。しかしレイは冷静だった。

 いますぐ逃げ出そうとするクレアを刺激しないように、レイは慎重に一歩を踏み出した。


「何かあったのですか」

「黙って」

「いいえ、黙りません」


 ぐっと右手首をつかまれた。思いの外強い力に怯んで、クレアは振り払うことができなかった。


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