告白2
私の馬鹿! 大馬鹿!
クレアは平静を装いながら、自分自身を激しく罵倒した。
想いを伝えると決意したというのに、逆に遠まわしでずるい質問をしてしまった。
トラウマというものは非常に厄介なものだ、とクレアはようやく理解した。人間は、どうしても逃げ場を用意する生き物なのだろう。
「好きな子、ですか」
「もちろん恋愛感情という意味で」
内心は混乱を極めているのに、クレアの口は勝手に動いている。
「この村でいろんな人に出会ったでしょう。あなたの感情も成長してきたように思うし、その……好きな子ができたら私に一言相談してほしいなって。私はあなたの保護者みたいなものだから」
クレアは冷や汗がとまらなかった。
これで姉のように思われていたら傷つくくせに、何を言っているのだろうか。
そんな関係を望んでいるわけではないのに。
ティーカップをにぎる手が震えて、皿とこすれてかちかちと音が鳴っている。
レイはクレアの震える手元から視線を上げて、クレアをまっすぐに見つめた。
「僕はクレアが好きですよ。もちろん恋愛感情という意味で」
思考の糸が絡まってしまったクレアに対して、レイはいつものように直球だった。
クレアはそのことばの意味を反芻して、髪色に負けないくらい顔を染めた。
「か、からかわないの!」
「からかっていませんよ。クレアは僕の初恋なのです。恋を知ったのはあなたのおかげなのですよ」
紅茶に落とした砂糖のように、じゅわっと甘ったるく微笑むレイに、クレアの心臓は早鐘を打った。
「それは、あの当時私しか女の子を知らなかったから……」
「ここで暮らすようになって、外には素敵な女性がたくさんいることを知りましたが、僕を幸福にしてくれるのはクレアだけでした。あれ? もしかして僕、振られてます? 僕は失恋しているのですか!?」
レイは動揺したように身を乗り出した。
クレアはすぐに違うと否定したが、声がかすれて届かなかったようだ。
レイは悲しげに眉を垂れて、頭を振った。
「初恋は実らないと小説で読みました。では二度惚れたならばどうです? 僕は一度ではあきらめない男です。僕はあなたに振り向いてもらうための努力を惜しまない! 何度だって言います。僕はクレアが好きです」
レイは思いの丈をぶつけながら、ティーカップをにぎるクレアの手に自分の手を添えた。レイの手はしっとりと汗ばみ、かすかに震えている。
私と同じだ……。
レイはいつも余裕なのだと思った。けれど本当はクレアと同じで、恐怖を笑顔で隠していただけだったのかもしれない。
レイも私と同じ。そう思うと、自然と肩の力が抜けた。
「好き」
あふれる感情に押し出されるようにして、自然と口にしていた。
涙が頬を流れて、せっかくの告白は少し鼻声だ。
レイはこぼれ落ちそうなほど目を見開いている。
「好き。私もレイが大好き」
「クレア……」
「やっと、やっと言えたっ」
とてつもない達成感を覚えて、クレアは涙ながらに微笑んだ。
胸の奥底に閉じこめていた気持ちを、ようやく外に出してあげられたのだ。
心臓がばくばくと鳴り響いて、いまにも胸を突き破ってしまいそうだ。
天使は見たことがないほど顔を真っ赤に染めて、宝石のような青い瞳を揺らしている。
クレアは少しだけ心が落ち着いて、くすっと笑った。
「珍しいわね。いつも余裕そうな顔をしているのに」
「そ、それは! 僕から伝えるのは大丈夫だけれど、クレアから告白されるのは破壊力がありすぎるから! ほ、本当なのですか? 僕は喜んでいい?」
顔を覆い隠そうとするレイの両手を、クレアは身を乗り出して強引に引き剥がした。
すると、潤んだ青い瞳が困ったようにクレアを見上げていた。
「レイ、可愛い」
「うぅ、クレアに何を言われても嬉しい……これは、夢じゃないですよね?」
混乱しているレイの頬を両手で包んで、クレアはそのなめらかな肌の感触を楽しんだ。しっとりとして気持ちが良くて、レイの感情を表すようにとても熱かった。
「どうしたら信じてくれるのかしら。首を刺せばいい?」
レイは途端に険しい顔をして、
「冗談でもそんなこと言わないでください!」
「覚えてる? あなたが実践したのよ」
レイは、はっと我に返ってばつが悪そうに視線をそらした。
「そうでした……あの時はそれが最善策だと本気で信じていたのです。いまは反省していますから、クレアもそんなことは言わないで」
自分が行ったことの異常さを、レイは理解しているようだった。
クレアに信用してほしいからと命を散らそうとは考えないだろう。
「クレアのおかげで僕の感情も成長していたのですね。それに伴ってあなたのことがもっと好きになっていく」
レイからの反撃に、クレアは赤くなった自分の顔をテーブルに沈めたい衝動に駆られたが、なんとか青い瞳を見返した。
「私だって誰も信用するつもりはなかったし、恋なんて縁のないものだと思っていたのに、あなたが全部壊してしまったわ」
「じゃあ、責任をとらないといけませんね」
「え!? せ、責任って?」
「結婚を前提に、お付き合いしましょう」
眩暈を覚えたクレアはレイの顔から両手を離して、ぽすんと椅子に座り直した。
今度こそ気を失うかと思った。思考はふわふわと浮かれてしまって当てにならない。
レイは椅子から立ち上がると、すっかり思考停止しているクレアを背後から抱きしめた。
「クレア」
「ひぇ!?」
耳元で囁かれて、思わず変な声が出てしまった。
それを恥ずかしいと思う暇もない。全身を血が駆けめぐって、心臓はずっと暴れている。
名前を呼ばれただけで、また涙がこみ上げた。
クレアは深呼吸すると自らも立ち上がって、レイを抱きしめ返す。
今度はレイが照れくさそうにはにかんだ。
まっすぐでかっこよくて、可愛い私の天使。
こんなレイの表情が見られるのは世界中でたったひとり、クレアだけの特権なのだ。
そう思うと優越感と多幸感で胸がいっぱいになった。
腕の中の熱が心地良くて、ほうっと熱い吐息がもれる。
女神フォルトゥナがしきりに愛を求めるのも仕方がないのかもしれない。
「レイ……私ね」
「はい」
「本当はずっと、あなたとこうしてみたかった」
クレアはレイの銀糸に頬をすり寄せた。
彼に触れていいと思うと、喜びがあふれて頬を濡らす。
「僕もです」
背中に回された腕にぎゅうっと抱きしめられて、その腕の強さに胸が高鳴った。髪ごと背中を撫でられて、とても気持ちが良い。
「僕、クレアと一緒にいるだけで幸せだったのに、それ以上の幸せが見つかるなんて思いませんでした」
なんて可愛いことを言ってくれるのだろう。
お互いの目尻に涙が浮かんでいることに気がついて、ふたりしてくすくすと笑い合う。
ふたりは鼻先をこすり合わせて、そっと唇を重ねた。
触れるだけの優しいキスに、クレアは泣き叫びたいほどの幸福感に包まれた。




